それでも笑える場所②
なにがどうなればこの状況が生まれるのだ。
「えっと、急にごめんね」
学校からほど近いファミレスのボックス席。向かい側に座る紬は申し訳なさそうな顔をしている。彼女の隣にはネイビーのスーツを着こなした見慣れぬ女性。二十代後半と言ったところだろうか。もちろん紬の母親ではない。
「実は紹介したい人がいるんだ」
紬の言う「紹介したい人」は彼女のことだろう。わざわざ時間を作って欲しいとまで言うくらいだ。紬の中では優先順位が高い人物なのだろうが、思い当たるような相手が浮かばない。
「藤城遥人くん……ですよね?」
女性が口を開いた。俺がどんな人間なのか吟味するような視線を向けるその人は俺の返答を待たずに自己紹介を始める。
「榊梨央と言います。ラピスアーツ――夜凪紬が所属していた音楽事務所の者です」
「紬のマネージャーってことですか?」
「正確には“元”マネージャーですけどね」
わざわざ元と言うってことは紬が芸能界へ復帰するって話ではなさそうだ。ならばなぜこの人はいるんだ。
東京ならともかく俺たちが住んでるのは九州の地方都市。ちょっと遊びに来ましたって感覚で訪れる場所じゃない。
「担当しているユニットがこっちで仕事があったので」
「それは【Re:Light】じゃないんですか?」
「あの子たちは今頃ライブハウスでリハをしてますよ。いまでも古巣でライブするのが彼女たちなので」
「そう、なんですか」
少し寂しい――いや、腹立たしい思いがした。紬が抜けても【Re:Light】は動いている。当たり前のことかもしれない。だがそう思うとなぜこの人は紬に会いに来たのだろう。
「私、飲み物取って来るね」
空気を察したのか紬はそう言うと席を立ち、ドリンクバーがある一角へ消えて行った。気を遣わせてしまったと反省していると「紬が言っていた通りね」と榊さんがクスクスと笑った。
「藤城くんって考え過ぎる癖がありますよね。そして他人の感情に敏感。なのに自分の感情には鈍感。違いますか?」
「最後のはわかりませんが……大体あってると思います」
「心配しなくても紬を復帰させようなんて思ってません。あの子が選んだ道を邪魔する資格なんてあたしにはありませんから」
静かにコーヒーの入ったカップに口を付ける榊さんの目は寂しそうだった。紬がバンドを辞めたことを悔いているようにも見えた。
「紬が【Re:Light】を辞めたのはたぶん、あたしのせいなんです」
「え?」
「ウチの事務所は業界でも特に小さな会社です。その中でも【Re:Light】は有望なユニットです。だから少し力が入れ過ぎたんです」
「束縛し過ぎたってことですか」
「その言葉がすぐに出ると言うことは聞いてるみたいですね。はい。あたしはあの子たちに光り輝く世界を見せたかった。だからプライベートにかなり干渉しました」
「結果、紬は不満を募らせた?」
「あの子には歌以外に目に見える武器がありませんでした。なにか秀でたものが他になければ生き残れない。だからユニットの顔になって欲しくて特に厳しく接してました」
「すべて紬のためってことですか」
「親心と言えば聞こえが良いかもしれません。ですが実際は――」
紬から多少は聞いていたから深堀するつもりはなかった。だが俯く榊さんを見ていると紬にはきつく当たっていたんだなと察した。
「でも良かったです。いまの紬はすごく楽しそうなので。藤城くんのおかげでしょうか」
「俺は別になにもしてません。それに、たぶんそれは間違ってますよ」
「どういうことですか」
「たしかに紬はいろいろ束縛されていたと言ってました。でも貴女のことは一度も悪く言ってません。だからそれは考え過ぎだと思います」
なに知った口をと言われるかも知れない。けれど紬と接する中でこの人のことも仕事のことも悪く言ったことは無い。少なくともあいつが【Re:Light】を辞めた理由はこの人じゃない。俺はそう確信していた。
「藤城くんってお人好しって言われませんか? あの子の幼馴染なら強く責めても良いと思いますよ」
「生憎そんな趣味はありません。それに一方の主張だけ聞いて判断するなんて出来ませんよ。つかなんで幼馴染って知ってるんですか」
「紬から一通りのことは聞いてますよ。まぁ、あまり変なことを言うとあの子から怒られそうですが」
あいつは一体なにを話したんだ。公衆に見せられないような醜態を晒した覚えはないがあとで問い詰めてみるか。
「あたしはもうあの子のマネージャーではありません。ただの他人です。だからこんなお願いをする資格は無いかもしれません。それでも一つだけお願いしても良いですか」
「俺に出来ることなら」
「紬のことをよろしくお願いします」
やっぱりな。この榊って人は紬を本当に大切に育てようとしていたんだ。芸能界で生き残れるようにリスクヘッジをしていただけなんだ。そういう人の頼みなら断る理由はない。
いや、頼まれなくてもそのつもりだ。だから頷く代わりに「わかってます」と応じ、その言葉に榊さんは安堵したように笑った。




