それでも笑える場所①
九月の終わり。文化祭の準備が始まったことがきっかけで紬がクラスへ一気に溶け込み、俺たち以外のやつらと一緒にいる姿を頻繁に見かけるようになった。
「別に良いことじゃん。アタシたち以外にも友達が増えて嬉しいよ」
「そうだぞ。それともアレか。妬いてるのか」
昼休み、クラスの女子と談笑している紬を眺めているとバカップルが茶々を入れてきた。
「そんなに独り占めしたいなら早く捕まえるんだな」
「その予定はない」
「その前に“ムギ推し”のアタシを倒すことだね」
「ラスボスかよ……ったく、別にそんなつもりはねぇよ。あんな顔は久しぶりに見たなって」
紬のことは小学生のころまでしか知らない。上京以降のことはメディアに露出している姿しか知らないが昔のあいつとは違う気がした。
「なんかさ、テレビのあいつは無理に笑ってるって言うか、素を見せてないなって」
「なんだ。急に幼馴染アピールしやがって」
「どう受け取ればそうなるんだ。とにかくまぁ、久しぶりだなって」
「確かにアタシもあんなに笑ってる紬をライブじゃ見たことないかも」
夕月曰く、紬はリーダー的ポジションでライブではMCも担当していたそうだ。だが他のメンバーと比べると地味で目立たない、どうしてMC担当なんだろうと疑問に感じることもあったらしい。
「アタシたちを楽しませるために少し無理してたのかな。いまの紬を見てるとそんな気がする」
「どうなんだろうな。ま、馴染めてるのは良いことだよな」
幼馴染だからと紬の交友関係に口を挟むつもりはない。むしろ普通の高校生らしい生活を堪能してほしいとすら思うくらいだ。
「遥人ってさ、紬のことちゃんと見てるんだね」
「そうか?」
「そうだよ。幼馴染だからやっぱ気になる?」
「どういう意味かは知らんが転校生だし、ちゃんと馴染めてるのかって心配にはなるな」
高校生になっての転校だ。小学校とかと比べ、友人関係も構築された中へ入り込むは難しいはずだ。なのに紬は転入から一ヶ月も過ぎないうちに既存の輪に入り込んでいる。それは俺としても嬉しいことであり、紬が一人の夜凪紬として受け入れられているんだなと思う瞬間でもあった。
「おまえってさ、なんか夜凪さんの保護者みたいだな」
「そりゃどうも。ところで、夕月はバスケ部だろ。部で模擬店とか出さないのか」
「ウチ? ウチは激辛ロシアンたこ焼きを出すよ」
「なんだそれ」
「先輩が考えたロシアンたこ焼きにアタシ発案激辛ソースをトッピングしたやつ。ちなみにロシアンの“当たり”はニンニク一片だよ」
激辛ソースの時点でアウトな気がするがロシアンの当たりがニンニク一片とは。大量のワサビとかはよく聞くがニンニクは初めて聞く気がする。
「当たりを引いた人には口臭ケアグッズを進呈するよ」
「そりゃ随分親切だな。つか生徒会がよく許可出したな」
「ロシアン系は定番だよ」
「ニンニクの方だ。学校中がニンニク臭くなるんじゃないか」
想像しただけで鼻をつまみたくなるようなメニューをよく閃いたものだ。対してうちのクラスは喫茶店、それもメイドも執事もいない普通の喫茶店だ。普段着ている制服を衣装にすることで衣装代を削減し、その分をフードメニューに充てる作戦だ。
「頼むから教室までニンニク持ち込むのはやめてくれよ」
「そこはお客さん次第じゃない?」
「とにかく、夕月は部の方もあるんだろ。ならシフト作り直す必要があるな」
「おまえって実行委員だっけ?」
「俺を推薦したのは何処のどいつだ?」
クラス出し物の実行委員決めが進まない中で俺を推薦したのを忘れたとは言わせない。浩一としては冗談半分だったようだが他に立候補が無く、拒否権行使も空しく文化祭実行員が誕生したのだ。
「受けたからにはちゃんとやるけどさ、勝手に人を推薦したおまえには馬車馬の如く働いてもらうからな」
「それは困るな。ユーと校内を巡る時間が無くなる」
「そうか。なら二人のシフトが微妙に被らないよう組むか」
当日のシフト組みは実行委員の特権だ。無論、他のシフトは公平を期すがこの二人は例外だ。当然ながら浩一と夕月それぞれが文句を言って来るがそれは無視。何気なく紬の方を見ると偶然にも彼女も俺に視線を向けていた。
「おやおや。視線が合うなんて赤い糸で結ばれてますなぁ」
「おまえらホントにシフトわけるぞ」
ったく、俺と紬が幼馴染と知ってから冷やかしが増す浩一には一度お灸が必要だな。ま、この程度は想定の範囲内だから気にはしてないが、さっきからやたらと紬がこちらを見ている。
(ん? あ、なんかメッセージ来てる)
マナーモードにしていたから気付かなかったが紬からメッセージが来ているじゃないか。というか同じクラスで席も隣なのだから直接言えば良いと思うのだが。
(えっと――放課後時間作って――か)
え、なにこれ。意味わからん。時間作れってどういうこと?
(あいつなに考えてんだ)
メッセージの意図を暴くべく、紬を見るが当の本人は俺がメッセージに気付いて満足なのか既に視線は別のところへ向いていた。
「お? 夜凪さんから放課後のお誘いか?」
「盗み見なんて行儀悪いぞ。なに考えてんだあいつは」
「それは放課後のお楽しみってやつだな」
面白いものが見られるとでも思っているのだろう。からかうように俺の方を小突く浩一はそのまま夕月を連れて教室を出て行く。
どうやら今日はこのまま紬に振り回されるのかもしれない。そんなことを思いながら改めて紬に視線を向けるがやはり気付いてはくれなかった。




