秘密は長く続かない③
その日の夜。俺は珍しく自分から紬へ電話を掛けることにした。
『も、もしもし?』
呼び出し音が三回ほど鳴ったのちに聞こえた紬の声は心なしか慌てていた。
『なに驚いてるんだ』
『だ、だって。遥人から掛けてくることなんてなかったから』
『それもそうか。実は伝えておきたいことがあってな』
『昼間送ってきたメッセージのこと?』
『ああ。あいつらには俺たちが幼馴染だって教えた』
『そっか。遥人ってそういうとこ変に律儀だよね』
どうやら夕月たちがどんな反応を見せたのか興味はないようだ。その点では俺は小心者なのかもしれない。
『ほかにどんなこと話したの』
『おまえが炭酸飲めないことくらいだな』
『他人の苦手なもの言いふらすなんて。こんど遥人の苦手なものを暴露してあげるから』
『俺、そんなに苦手なものないぞ?』
苦手と言えば極端に騒がしい場所、たとえばライブ会場のような場所だ。食べ物は特に好き嫌いはない。そもそも紬は俺の苦手なものを知らないはずだから他言できないはずだが……
『私、遥人の嫌いなもの知らなかった』
『だろうな。ま、それはそれとしだ』
『?』
『少しずつ距離を縮める感じなら良いんじゃないのか』
『なんの話?』
『おまえ、教室でもいまみたいな感じでいたいんだろ? 席も近いし、自然と仲良くなりましたって感じなら怪しまれないと思うぞ』
いきなり距離を縮めすぎるのは面倒なことになりかねない。だからといつまでも他人行儀なのもよくない。
幸い、教室での席は隣同士だ。会話が増えて親しくなるのも自然な流れだ。そうすれば自然体でいたいと言う紬の希望は叶うし、彼女との間に勝手に作った溝を埋める機会にもなる。そう思って話したつもりだったのだが、紬は俺の言葉に不満を感じたらしく『そう言うとなんだよね』と漏らした。
『遥人ってわかってるようでわかってないよね』
『なんのことだ』
『なんでも。小さい時から肝心なことわかってなかったよね』
まったくもって心当たりがない。だがそれを言えば機嫌を悪くするんだろうな。さすがにそれくらいはわかる。なので非を認めつつ、今日のHRで朝比奈がしていた話題へ話を逸らした。
『今度の文化祭だけどさ、ステージイベントには出ないのか』
『ステージイベント?』
『軽音部や外でバンドやってる奴らが出るイベントだな』
『ライブってこと? もう歌わないって決めたから。実は軽音部の人から入部しないかって誘われたけど断ったんだ』
初耳だ。というか転入から数日で声を掛けられるなんてさすが元ボーカリスト。しかしせっかくの誘いを断るとはよほど歌うのが嫌いなのだろう。この話もあまり広げるべきじゃないか。
『歌が嫌いな訳じゃないよ。ただ歌うのが嫌なだけ。だから歌わないって決めたの』
『悪い。紬の言ってる意味がよくわからん。嫌なのに嫌いじゃないってどういう意味だ』
『フフ。難しいよね。詩を書いてる時のくせが出ちゃった。私ね【Re:Light】では作詞もしてたんだ』
自慢する訳ではないが俺が驚く様子を期待したような口調。こういうとこも昔と変わってないんだな。思わずクスッと笑ってしまった。
『どうしたの?』
『いやなんでも。そろそろ切るぞ』
『う、うん。おやすみ』
『また学校でな』
電話を切ったあと、もう少し話しても良かったなと珍しく後悔した。
紬が【Re:Light】で作詞を担当していたことは知っていた。あいつが作る詩は比喩が少なく感情に白黒を付けない、夕月曰く『自分の気持ちを代弁してくれる』らしい。俺は音楽のことなどよくわからないが彼女がそう表現する意味はなんとなくわかる。だから本人にどういう気持ちで詩を書いているのか聞きたくなった。要は俺が知らない夜凪紬の姿を知りたくなったのだ。
「こりゃ、溝がどうこうとかじゃないな」
ベッドへ仰向けに寝転がり天井を見つめながら自嘲する。そしてスマホに保存している【Re:Light】の曲を聴きながら寝落ちするのだった。




