第八話 魔法の使い道
夕方、セレナは街道沿いの町へ到着した。
チャイムへ向かう旅人が立ち寄る町らしく、門の周辺には荷車が何台も並んでいた。
人族だけではない。
角を持つ魔族の商人や、背の高い魔族の護衛もいる。
彼らは人族と同じように店の主人と話し、荷物を運び、時には冗談を言い合っていた。
セレナは、その光景を少しの間眺めていた。
王都では、魔族の姿を見る機会はほとんどなかった。
もちろん、書物で知識を得ることはできる。
それでも、実際に目にするのは初めてだった。
「……本当に、一緒に暮らしているんだな」
呟きながら、町の中へ入っていく。
人族と魔族。
かつて争っていた者同士が、同じ場所で暮らしている。
簡単なことではなかったはずだ。
それでも、こうして町が成り立っている。
その事実が、セレナには不思議で、少しだけ眩しく思えた。
*
まずは、角虫の素材を売らなければならない。
荷車の男から聞いた解体屋を訪ねると、店の主人は素材を一つずつ確認した。
「角に甲殻か。状態も悪くない。これなら買い取れるぞ」
提示された金額は、思っていたよりも良かった。
セレナは代金を受け取り、礼を言った。
これで、当面の旅費には困らないだろう。
その後、町の通りを歩いていると、道の端に人だかりができているのが見えた。
何事かと思って近づくと、広場の隅で一人の男が倒れていた。
そのそばには、若い女性が膝をついている。
「誰か、手を貸してください!」
女性は周囲に助けを求めていた。
倒れている男の腕には、深い傷があった。
近くには割れた荷物が散乱し、男の顔は青ざめている。
「どうした?」
セレナが尋ねると、女性が振り向いた。
「荷物を運んでいたら、荷車から落ちてしまったんです。腕を強く打ったうえに、破片で切ってしまって……」
傷口から血が流れている。
周囲の人々は心配そうに見守っていたが、誰もどうすればいいのか分からない様子だった。
セレナは男のそばに膝をついた。
「少し、見せてくれ」
「君は医者か?」
男が苦しそうに尋ねる。
「いや、治療の魔法を少し使えるだけだ」
セレナは傷口を確認した。
深い傷だが、致命傷ではない。
ただし、出血を止めなければ危険だった。
彼は傷口の周囲に手をかざし、魔力を集中させた。
淡い光が指先に集まる。
以前、村で子供を助けようとしたときと同じように、魔力がすぐに散ってしまいそうになる。
焦るな。
セレナは息を整え、意識を集中した。
傷口を塞ぐ。
流れる血を止める。
それだけを考え、魔力を流し続けた。
しばらくすると、出血が少しずつ弱まった。
完全に傷が消えたわけではない。
それでも、血は止まり始めていた。
「……よし」
セレナは額の汗を拭った。
「傷は残っている。できるだけ早く、医者か治療術師に診てもらってくれ」
女性は何度も頷いた。
「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」
周囲からも安堵の声が上がる。
倒れていた男は、ゆっくりと体を起こした。
「助かった……ありがとうございます」
「無理に動かない方がいい」
セレナは男を支え、近くの建物の日陰へ移した。
やがて町の治療術師が呼ばれ、男は運ばれていった。
*
「君は、魔法をどこで習ったんだ?」
騒ぎが落ち着いた後、広場に残っていた老人が尋ねた。
「まだ、ほとんど習っていないんです」
「ほとんど?」
「教えてくれる魔法の師匠を探しているところなんだ」
老人は興味深そうに仮面を眺めた。
「それで、今の魔法が使えるのか」
「簡単な治癒魔法だけです。しかも、まだ上手く使えこなせていません」
「だが、あの男の血は止まったぞ」
老人は、治療術師が去っていった方を見た。
「魔法は、強ければいいというものでもないだろう」
「……そうかもしれないが」
セレナは、少し考え込んだ。
自分は、もっと強い魔法を使えるようになりたいと思っていた。
火を放つ魔法。
雷を操る魔法。
遠くの敵を一撃で倒す魔法。
そうした力に憧れていたのは、間違いない。
けれど、今日使った治癒魔法も、決して無意味ではなかった。
剣では救えないものがある。
魔法なら救えるものもある。
そのことを、改めて実感した。
「ありがとう。少し、考えが変わった気がする」
「わしは何も教えてはいないがな」
老人は笑った。
セレナも、小さく笑い返した。
*
その夜。
宿の部屋で、セレナは今日の出来事を思い返していた。
魔獣との戦いでは、剣が役に立った。
怪我人を助けるときには、魔法が役に立った。
どちらか一方だけでは、できることに限界がある。
「……剣も魔法も、もっと上手く使えるようになりたいな」
そう呟き、彼は荷物から小さな魔力石を取り出した。
店主からもらった、石の欠片。
今の自分には、これをどう使えばいいのかも分からない。
それでも、いつか理解できる日が来るかもしれない。
石の欠片と仮面を枕元に置いた。
明日はいよいよ、チャイムへ向かう最後の道のりだ。
魔法の師匠について、何か手がかりが見つかるだろうか。
期待と不安を胸に抱きながら、少年は眠りについた。




