第六話 森の向こうに
それから数日。
セレナは、街道を西へと進み続けた。
町や村を訪ねては、変わり者の魔法使いの噂を聞く。
しかし、返ってくる答えは似たようなものばかりだった。
神殿にいる治療術師。
薬を作る薬師。
旅の一座に加わっている魔法使い。
どれも、彼が探している人物とは違う。
「森の奥に住む変わり者の魔法使い、か……」
野営の準備をしながら、セレナは呟いた。
聞き込みを続けるうちに、彼は一つのことに気づいていた。
西へ向かうほど、魔法に関する話が増えている。
とくに、チャイムへ近づくにつれて、その傾向は顕著になった。
人族だけでなく、魔族も暮らす土地。
かつて魔王の国と呼ばれた場所。
今では種族の違いを越えて、人々が生活を営んでいるという。
もちろん、すべてが平和というわけではないらしい。
長い間続いた争いの傷跡は、まだ各地に残っている。
それでも、そこには王都とは違う何かがある。
セレナはそう感じていた。
彼は火を小さくし、干し肉を口に運んだ。
夜の森からは、虫の声が聞こえてくる。
時折、遠くで獣が鳴く。
危険のない場所ではない。
だが、魔獣の気配は感じられなかった。
セレナは外套を引き寄せ、横になった。
明日もまた、歩かなければならない。
*
翌日の昼過ぎ。
街道の先に、石造りの橋が見えてきた。
橋の下を流れる川は広く、流れも速い。
橋のたもとには小さな休憩所があり、数人の旅人が腰を下ろしていた。
セレナは水筒に水を補給し、近くにいた老人へ声をかけた。
「すみません。チャイムまでは、あとどれくらいでしょうか?」
老人は少年の仮面を眺めてから、川の向こうを指さした。
「この街道をそのまま進めば、あと二日ほどだな。途中に小さな町がある。そこで一泊すれば、無理なく着けるだろう」
「ありがとうございます」
「チャイムへ行くのか?」
「ええ。魔法について学びたいことがあって」
老人は少し驚いたように眉を上げた。
「魔法か。なら、あの国は悪くないかもしれんな」
「あの国には、魔法使いが多いんですか?」
「人族だけの土地とは違うからな。魔族の中には、我々とは違うやり方で魔法を使う者もいると聞く」
老人は川の向こうを眺めた。
「もっとも、強い魔法を使える者が、必ずしも人に教えるのが上手いとは限らんが」
「……それは、そうですね」
セレナは苦笑した。
どれほど優れた魔法使いでも、弟子を取る気がなければ意味がない。
そして、彼が探しているのは、まさにそんな人物かもしれなかった。
「そういえば、少し妙な話を聞いたことがあるんだが」
老人が、声を落とした。
「チャイムへ向かう途中、街道から外れた森に入っていく魔法使いを見たという者がいてな。
ずいぶん前の話だが、森の中で不思議な光を見た者もいるらしい」
セレナの表情が変わった。
「その魔法使いは、どんな人物だったんですか?」
「そこまでは知らん。老人だったとも、若かったとも聞く。話す者によって違うんだ」
「……そうですか」
期待したほどの情報ではなかった。
それでも、森の中で不思議な魔法が使われているという話は、彼の興味を引いた。
「その森は、どこにあるんでしょうか?」
「街道を西へ進むと、北側に森がある。そこから先は、詳しい者でなければ道が分からんだろうな」
老人は念を押すように言った。
「むやみに入るのは勧めんぞ。魔獣も出るし、道に迷えば戻れなくなる」
「分かりました。気をつけます」
セレナは礼を言い、橋を渡り始めた。
背後から、老人の声が追いかけてくる。
「本当に探している相手がいるなら、まずはチャイムで情報を集めることだ。森へ行くのは、その後でも遅くない」
セレナは振り返り、軽く手を上げた。
「そうします」
*
その夜。
セレナは街道沿いの宿に泊まっていた。
部屋は狭く、寝台も固い。
だが、屋根の下で眠れるだけでもありがたかった。
彼は荷物を整理し、剣の手入れを済ませた。
それから、古びた鉄の仮面を外し、枕元に置く。
銀色の髪が肩に落ちた。
鏡の代わりに使っている、小さな金属板を覗き込む。
そこには、まだ少年らしさの残る顔が映っていた。
「……本当に、見つかるのかな」
誰に聞かせるでもなく、呟いた。
魔法を教えてくれる師匠。
自分の知らない魔法を知り、自分の知らない世界を見せてくれる人。
そんな人物に出会えるのだろうか。
そもそも、自分に魔法の才能があるのかどうかさえ分からない。
剣ならば教えてくれる人がいた。
けれど、魔法については何も知らない。
だからこそ、知りたい。
使えないから諦めるのではなく、使えるようになるために学びたい。
セレナ仮面を手に取り、額に当てた。
冷たい鉄の感触が伝わってくる。
「……明日も頑張ろう」
仮面を身につけ、外套を枕元に置く。
窓の向こうには、星空が広がっていた。
西へ進めば、チャイムがある。
その先に何が待っているのかは、まだ分からない。
けれど、旅を始めたときにはなかった手がかりが、少しずつ集まり始めていた。
セレナは目を閉じた。
明日もまた、彼は歩き続ける。
自分の知らない世界を知るために。




