第四話 魔法使いの噂
夜の町は、昼間とは違った顔を見せていた。
通りに並ぶ店の明かりは少しずつ消え、酒場からは酔客たちの笑い声が聞こえてくる。
昼間は荷車や商人で賑わっていた大通りも、今では帰路を急ぐ人々がまばらに歩くばかりだった。
黒い外套をまとった少年は、通りの端を歩いていた。
顔を覆うのは、古びた鉄の仮面。
背中には一本の剣。
町の人々は、そんな少年をちらりと見ることはあっても、わざわざ声をかけようとはしなかった。
セレナは、今夜の宿を探していた。
昼間に魔獣の素材を売ったおかげで旅費には余裕ができた。
もっとも、これから先に何が起こるか分からない以上、無駄遣いをするつもりはない。
安く泊まれる宿を探しながら、彼は昼間に見かけた魔法道具の店を思い出していた。
魔法の杖。
魔力を蓄えるという水晶。
使い方の分からない、不思議な形をした道具。
どれも興味深かった。
しかし、眺めているだけでは何も分からない。
自分には魔法の才能がない。
それでも、魔法を使えるようになりたいという気持ちは、旅に出る前から少しも変わっていなかった。
「……まずは、師匠を探さないとな」
仮面の下で小さく呟く。
彼は魔法の師匠を探すと決めて王都を出た。
だが、肝心の情報がほとんど何もない。
年老いた変わり者の魔法使い。
それが、旅立つ前に耳にした話のすべてだった。
名前も、住んでいる場所も分からない。
そもそも、本当にそんな人物がいるのかどうかさえ怪しかった。
「……前途多難だな」
そう言いながらも、少年の足取りは止まらなかった。
*
翌朝。
セレナは、宿の主人から教えてもらった食堂で朝食を取っていた。
硬めのパンと野菜のスープ。
豪華ではないが、腹を満たすには十分だった。
食堂の中では、商人や職人らしき男たちが、仕事の話をしながら食事をしている。
セレナはしばらく彼らの話に耳を傾けていたが、魔法や魔術師に関する話題は聞こえてこなかった。
やがて食事を終えると、代金を支払い、店主に声をかけた。
「少し、聞きたいことがあるんだが」
「ん? 何だい?」
「この町に、魔法を教えている人間はいるだろうか」
店主は顎に手を当てた。
「魔法使いなら、町の外れに薬を調合している爺さんがいるな。治療薬や虫除けの薬を作っている。
だが、魔法を教えているかどうかは知らんぞ」
「そうか……。では、変わり者の魔法使いの話を聞いたことはないか?」
「変わり者?」
店主は首を傾げた。
「魔法使いなんて、みんな変わっているようなもんだろう」
周囲の客から笑い声が上がった。
セレナは困ったように仮面を傾けた。
「……確かに、そうかもしれないな」
「何だ、魔法使いになりたいのか?」
「いや。魔法を教えてくれる方を探している」
「教えるねえ……」
店主はしばらく考え込んでいたが、やがて何かを思い出したように顔を上げた。
「そういや、ずっと昔にそんな話を聞いたことがあるな」
「え!?」
思わず身を乗り出した。
「森の奥に、世間から離れて暮らしている魔法使いがいるって話だ。何でも、普通の魔法使いには理解できないような術を使うらしい」
「どこの森だ?」
「さあな。俺が聞いたのは、ここより東の方だったと思うが……。ずいぶん昔の話だし、今もいるかどうかは分からんぞ」
確かな情報とは言えなかった。
それでも、何も知らずに探し回るよりはましだった。
「ありがとう。助かった」
セレナは礼を言い、食堂を後にした。
*
町を出る前に、彼はもう一度、魔法道具の店へ立ち寄った。
店の主人は、昨日と同じようにカウンターの向こうで品物を整理していた。
「いらっしゃい。何か買うのかい?」
「いや、少し聞きたいことがあって」
「見るだけでも構わんよ。壊さなければな」
冗談めかした言葉に、セレナは小さく頷いた。
「この辺りに、魔法を教えている人はいないだろうか」
店主は手を止めた。
「魔法を習いたいのか?」
「ああ。できれば、色々種類の魔法を使える方から学びたい」
「ずいぶん大きく出たな」
店主は笑ったが、すぐに真面目な顔になった。
「この町で教えを受けるなら、神殿の治療術師か、薬師くらいだ。攻撃魔法を専門にする賢者となると、そう簡単には見つからん」
「そうか……」
「だが、西へ向かうならチャイムまで行ってみるといい。あそこは昔と違って、魔族と人族が一緒に暮らしている。魔法を使う連中も、この町よりは多いはずだ」
「やはりチャイムか……」
目的地の名を、セレナは心の中で繰り返した。
「チャイムなら見つかりますか?」
「さあな。期待しすぎるなよ」
「分かりました!」
そう答えながらも、仮面の奥の目は少しだけ輝いていた。
店主は棚から小さな袋を取り出し、カウンターに置いた。
「これは魔力を蓄える石の欠片だ。大した値打ちはないが、魔法に興味があるなら持っておいてもいい」
「……いいのですか?」
「売り物にならんほど小さいんだ。代金はいらんよ」
セレナは両手で袋を受け取った。
「ありがとう。大切にする」
「魔法使いになったら、うちを贔屓にしてくれよ」
少年は深く頭を下げ、店を出た。
町の門を抜けると、道は西へと続いていた。
魔法の師匠がどこにいるのかは、まだ分からない。
本当に存在するのかどうかさえ、怪しいままだ。
それでも、進むべき方向は見えてきた。
セレナは黒い外套を翻し、西へ向かって歩き出した。




