第三十話 海を越えて
出航の日。
港には朝早くから多くの人々が集まっていた。
船員たちが忙しそうに荷物を積み込み、乗客たちもそれぞれ乗船の準備を進めている。
セレナと弓使いの彼女も、予約していた船の前に立っていた。
「思っていたより大きな船ですね」
セレナは船を見上げた。
「商船だからね。人だけじゃなく、たくさんの荷物も運ぶのよ」
「これなら海を渡るのも安心です」
「そうだといいけれど。海は荒れることもあるから、油断は禁物よ」
「分かりました」
二人は船員に乗船券を見せ、船へと乗り込んだ。
船内には客室や食堂があり、甲板に出れば広い海を見渡すことができる。
「私たちの部屋はこっちみたいね」
彼女が船員から受け取った部屋の案内を確認する。
二人の部屋は同じ区画に用意されていた。
荷物を置き、必要な物を整理していると、出航を知らせる鐘の音が鳴り響いた。
「そろそろ出るみたいですね」
「ええ。甲板から見てみましょう」
二人は荷物を置いて甲板へ向かった。
*
港では、船員たちが綱を解き、船を岸壁から離していく。
ゆっくりと船が動き始めると、見慣れた港町の景色が少しずつ遠ざかっていった。
セレナは手すりに手をかけ、チャイムの街並みを眺めていた。
「ここでの生活も、これで終わりですね」
「そうね。思えば、随分長くいた気がするわ」
「最初は魔物討伐軍に入ることになるとは思っていませんでした」
「私もよ。まさか、あなたと一緒に旅をすることになるなんてね」
彼女はセレナの方を見て、少し笑った。
「俺も、師匠と出会えてよかったと思っています」
「ふふ。そう言ってもらえると光栄だわ」
船は港を離れ、広い海へと進んでいく。
やがて陸地は遠くなり、水平線の向こうへと消えていった。
セレナはしばらく海を眺めていたが、ふと思い出したように口を開いた。
「師匠は、海を渡るのは初めてですか?」
「いいえ。私は中央大陸からここへ来たから」
「そうなんですか!」
「だから船の旅はこれで2回目」
「あなたは大丈夫?船酔いしなければいいけれど」
「大丈夫です!酔ったことないんで!」
「それならいいけれど」
彼女はそう言いながら、セレナの顔を見た。
「もし気分が悪くなったら、無理しないようにね。船の上では、陸と同じようには動けないから」
「はい!」
*
昼過ぎ。
船は安定した速度で海を進んでいた。
セレナは甲板の隅で剣を手入れしていた。
船が揺れるため、剣の稽古は控えることにしたが、道具の手入れなら問題ない。
そこへ彼女がやってきた。
「剣の手入れ?」
「はい。長い船旅になりますから、今のうちに整えておこうと思って……」
「いい心がけね」
彼女はセレナの隣に腰を下ろした。
「ところで、サイレンに着いたらどうするつもり?」
「まずは王城ですよね。師匠についていきますよ」
「そうね。でも、いきなり王城へ行っても、話を聞けるとは限らないわ」
「……そうなんですか?」
「まずは街で情報を集めましょう。魔王との戦いを知っている人もいるはずだから」
「はい…」
セレナは剣を鞘に収めた。
「ん?どうかした?」
「え~と⋯師匠は、勇者に会えたら何を話すんですか?」
彼女は少し考えた。
「そうね……。まずは、あの時のお礼を言いたいわ」
彼女は遠くを見つめた。
「ずっと伝えたかった言葉だから」
セレナはそれ以上尋ねなかった。
彼女にとって、その勇者がどれほど大切な存在なのかは分からない。
けれど、彼女がその人に会いたいと願っているのは伝わってきた。
「……きっと会えますよ⋯⋯」
セレナが言った。
「そうね⋯⋯ん?やっぱり何か変よ?」
「それにしても、少し揺れますね……目が回ってきました…」
彼女は呆れた顔で、甲板に出て外の空気を吸うように促した。
*
それから数日が過ぎた。
船旅は順調に進み、海も比較的穏やかだった。
セレナは船内で剣の手入れをしたり、これまで教わった魔法を復習したりして過ごしていた。
彼女も時折、魔法の扱い方を確認してあげていた。
セレナの魔法はまだ不安定だったが、長い練習のおかげで体全体に魔力の流れが馴染んできているのがわかった。
それでも、彼自身が強力な魔法を自在に使えるようになるには、まだまだ時間が必要だった。
「さて、今日の練習はここまでにしましょう」
「ありがとうございました!」
「どういたしまして」
彼女は道具を片付け、甲板へ向かった。
セレナもその後を追う。
船の進む先には、遠くに大陸の影が見え始めていた。
「あれは中央大陸ですか?」
「そうみたいね」
「いよいよですね」
「ええ。もうすぐサイレンよ」
彼女は遠くの陸地を見つめた。
勇者が最後に戦った場所。
そして、彼女がずっと探し続けてきた人の足取りが途切れた場所。
そこに何が待っているのかは、まだ分からない。
船は波をかき分けながら、ゆっくりと中央大陸へ近づいていった。




