第二十九話 船出の準備
チャイムの港町は、多くの人々で賑わっていた。
大きな帆を張った商船が何隻も停泊し、船員たちが荷物を運び込んでいる。
港には魚や香辛料の匂いが漂い、商人たちの威勢のいい声が響いていた。
「ようやく着きましたね」
セレナは、目の前に広がる光景を眺めていた。
「うん。ここから海を渡る船が出ているのね」
彼女は港に並ぶ船を見回した。
「サイレン行きの船を探しましょう。まずは船着き場で聞いてみるわ」
二人は港の案内所へ向かった。
*
「サイレン行きの船ですか?」
窓口にいた男は、二人の姿を見てから手元の帳簿を確認した。
「定期的に出ている商船があります。ただ、次の出航までは少し日がありますね」
「どれくらいですか?」
「天候のもよりますが二日後です。乗船するなら手続きは済ませておいた方がいいですよ」
「分かりました。二人分お願いします」
彼女が答えると、男は必要な手続きを説明した。
二人は乗船の予約を済ませ、港を後にした。
「二日後ですか」
「ええ。思ったより早く船が見つかってよかったわ」
「もっと待つことになると思っていました」
「船は天候にも左右されるから、予定どおり出られるとは限らないけれどね」
「そうですね」
セレナは海の方を振り返った。
港の向こうには、どこまでも続く青い海が広がっている。
その先にあるのが中央大陸。
「いよいよですね」
「そうね」
彼女も海を見つめた。
*
二人は港町で宿を取り、出航までに必要な物を買い揃えることにした。
船旅では、陸の旅とは違って自由に食料や道具を調達することができない。
必要な物をあらかじめ準備しておく必要があった。
「食料はこれくらいでいいかしら」
彼女が袋の中身を確認する。
「水も多めに用意しておきましょう」
「そうね。あとは船の上で使う着替えと、薬も必要ね」
セレナは店先に並んだ品物を眺めながら、必要な物を一つずつ確認していった。
「師匠、船の上でも剣の稽古はできるでしょうか?」
「船の広さにもよるわね。揺れる場所で無理に剣を振るのは危ないから、船員さんに聞いてみましょう」
「分かりました」
「それに、船の上では魔法の練習もほどほどに。火の魔法なんて使ったら大変なことになるわよ」
「そ、それは分かっています」
セレナが少し慌てた様子で答えると、彼女は小さく笑った。
「冗談よ。でも、気をつけてね」
「はい」
必要な物を買い終える頃には、日が傾き始めていた。
*
宿に戻った二人は、買い揃えた荷物を整理していた。
「これで準備はだいたい終わりですね」
「そうね。あとは出航を待つだけ」
セレナは窓の外に目を向けた。
夕日に照らされた港では、船員たちが忙しそうに働いている。
「中央大陸に着いたら、まずはサイレンへ向かうんですよね?」
「ええ。王城での魔王戦について、何か知っている人がいないか探してみるつもりよ」
「勇者のことを知っている人が見つかるといいですね」
「そうね……」
彼女は少しだけ視線を落とした。
長い間追い続けてきた人。
幼い頃、自分を救ってくれた勇者。
もう一度会える保証はない。
それでも、ここまで来た以上、確かめずにはいられなかった。
彼女は窓の外へ視線を戻した。
海の向こうには、まだ見ぬ大陸がある。
そこには、彼女が探し続けてきた答えがあるのだろうか。
出航の日は、もうすぐだった。




