第二十六話 変わらない呼び名
翌日の昼過ぎ。
魔物討伐軍の拠点に、数人の男たちが訪れた。
いずれも旅慣れた様子で、身につけている装備には古い傷が目立つ。
兵士たちと軽く言葉を交わしながら、迷うことなく建物の奥へと進んでいった。
「頭領!」
そのうちの一人が、ヒイラギの姿を見つけて声を上げた。
ヒイラギは書類から顔を上げる。
「久しぶりだな」
「お元気そうで何よりです」
「わざわざここまで来るとは、何かあったのか?」
「いえ、特別な用事というわけではありません。ただ、近くまで来たもので」
男は笑いながら答えた。
「それに、たまには頭領の顔を見ておこうと思いましてね」
「俺の顔など見ても面白くないだろう」
「そんなことはありませんよ」
男たちは懐かしそうに笑った。
その様子を、少し離れた場所でセレナは眺めていた。
彼らはヒイラギに対して、今の上官と部下というより、昔からの仲間として接しているようだった。
「昔と変わらんな」
「頭領こそ、相変わらずですね」
「そうか?」
「ええ。昔から、必要なことしか話さないところも」
「余計なことまで話す必要はないからな」
ヒイラギは短く答えた。
男たちはまた笑った。
*
しばらくして、ヒイラギはセレナたちを呼んだ。
「紹介しておこう。こいつらは、昔、俺と一緒に戦っていた仲間だ」
「セレナです。よろしくお願いします」
セレナは頭を下げた。
隣の彼女も、軽く会釈する。
「こちらは俺の部下だ、今は傭兵として討伐軍に加わっている」
「ほう。若いのに頭領のところで働いているのか」
男の一人がセレナを見た。
「頭領が認めたのなら、腕前も相当なものなんだろうな」
「まだまだですよ」
セレナが答えると、男は楽しそうに笑った。
「謙遜するところは、昔の頭領にそっくりだ」
「俺は謙遜などしていない」
「そうでしたね。頭領は昔から、たいしたことがないと言いながら、誰よりも先頭に出てましたね」
「必要だから前に出ていただけだ」
「その結果、何度も酷い目にあってましたけどね」
ヒイラギは返事をせず、少しだけ顔をしかめた。
その様子を見て、セレナは思わず小さく笑った。
普段のヒイラギからは想像しにくい一面だった。
*
その後、彼らは拠点の食堂で食事をすることになった。
昔の戦いの話は尽きないようだった。
「西の山脈で砦を構えていた頃が懐かしいですね」
「あの頃は食料を確保するだけでも大変だった」
「そうそう。ノームたちの洞窟の近くでしたね」
「お前は食料を探しに出ても、帰ってくるのが遅かったな~」
「いやあ、あれは道に迷ったんですよ」
「三度も同じ場所で迷う奴があるか」
男たちは声を上げて笑った。
セレナは彼らの話に耳を傾けていた。
西の大山脈。
ヒイラギがかつて反乱軍を率いていた場所だ。
そこでは、魔王に抵抗するために多くの者が集まり、苦しい生活を送りながら戦っていたのだろう。
「頭領は、その頃から強かったんですか?」
セレナが尋ねると、男の一人が首を横に振った。
「強かったというより、頑丈だったな。傷を負っても前に出るし、どれだけ疲れていても仲間の様子を見に行く」
「おかげで、こちらは何度も助けられました」
別の男が続けた。
「それに、頭領にも頼もしい仲間ができましたからね」
その言葉に、ヒイラギは黙って食事を続けていた。
「仲間、ですか?」
「ああ。俺たちとは別に、魔王と戦うために協力してくれた男がいたんだ」
男は懐かしそうに目を細めた。
「仮面をつけて、正体も素性もよく分からない男でしたが、剣の腕は凄まじかった。あいつがいなければ、俺たちは魔王の城にたどり着くこともできなかったでしょう」
セレナは、思わずヒイラギを見た。
ヒイラギは何も言わなかった。
ただ、手にしていた食器を静かに置いた。
「……あの男には、借りがある」
低い声だった。
「そうですね。いつか、もう一度会えるといいのですが」
男はそう言って、少し寂しそうに笑った。
*
食事を終えた男たちは、しばらく拠点に滞在することになった。
セレナは彼らと別れ、彼女とともに外へ出た。
「ヒイラギさんにも、いろいろな過去があるんですね」
「そうね。あの人が話したがらないだけで、きっと私たちが知らないことはたくさんあるのでしょう」
「魔王と戦った仲間がいたという話も気になります」
「無理に聞くことはないわ。話したくなれば、いつか話してくれるでしょう」
彼女はそう言って、弓の肩紐を直した。
セレナはうなずいた。
「そうですね」
「それより、今日の訓練で剣の振り方が少し乱れていたわよ」
「えっ?」
「疲れているのに無理をしたでしょう」
「少しだけです」
「少しでも無理は無理。魔法の練習も剣の訓練も、体が動かなければ意味がないわ」
「分かりました。気をつけます」
「よろしい」
彼女は満足そうにうなずいた。
セレナは苦笑しながら、拠点の建物を振り返った。
中からは、昔の仲間たちの笑い声が聞こえていた。
かつて共に戦った者たち。
離れた場所で暮らしていても、再会すれば変わらずに笑い合える。
その姿は、セレナの心に温かなものを残した。
そんなことを考えながら、彼女と並んで歩いていた。




