第二十五話 かつての仲間
翌朝。
魔物討伐軍の拠点では、いつもどおり兵士たちが出発の準備を進めていた。
昨日の調査で見つかった布の切れ端と革紐は、ヒイラギの指示で保管されていた。
街道沿いの見回りも増やされ、近隣の村には引き続き警戒するよう伝えられている。
セレナは剣の具合を確かめながら、昨日のことを思い返していた。
岩場に残されていた大きな爪痕。
そして、古びた布の切れ端。
あれが何を意味するのか。
「考え事か?」
不意に声をかけられ、セレナは顔を上げた。
そこにはヒイラギが立っていた。
「昨日の調査のことを考えていました。あの爪痕は、普通の獣が残したものではなさそうでした」
「そうだな。だが、今はまだ判断できん。分からないものを決めつけても仕方がない」
ヒイラギはそう言って、セレナの剣に目を向けた。
「それより、今日は訓練に参加するのか?」
「はい。出発まで少し時間がありますので」
「なら、しっかり体を動かしておけ。実戦で動けなくては意味がないからな」
「分かっています」
セレナがうなずくと、ヒイラギは満足そうに頷いて歩き去った。
*
昼前。
拠点に一人の兵士が戻ってきた。
周辺の村を巡回していた部隊の一人らしい。
彼はヒイラギの姿を見つけると、まっすぐに近づいていった。
「ヒイラギさん、ご報告があります」
「どうした?」
「先ほど、昔の仲間から連絡がありました。近いうちに、こちらへ顔を出したいとのことです」
ヒイラギは少しだけ目を細めた。
「そうか。あいつらが……」
「はい。あなたに会いたいそうです」
「分かった。来たら知らせてくれ」
兵士は一礼して去っていった。
そのやりとりを、少し離れた場所でセレナは聞いていた。
「昔の仲間、ですか?」
「ああ。昔、俺と一緒に戦っていた連中だ」
ヒイラギは特に隠す様子もなく答えた。
「今は別々の場所で暮らしているが、時々こうして連絡を取り合っている」
「そうだったんですね」
「お前には、まだ詳しく話してなかったか」
ヒイラギは腕を組み、少し遠くを見るような目をした。
「俺は昔、反乱軍の頭領をやっていた」
セレナは静かに彼を見つめた。
「頭領……」
「ああ。魔王に抵抗するために集まった連中を率いていた。今の討伐軍とは違って、まともな装備も食料も足りないような集まりだったがな」
ヒイラギは自分の左腕に目を落とした。
肘から先のない腕。
その身体には、古い傷がいくつも刻まれている。
「俺の家族は、魔王に殺された。だから魔王を倒すために戦った。理由はそれだけだ」
淡々とした口調だった。
しかし、その言葉の奥にあるものは、セレナにも感じ取れた。
「仲間たちと何度も戦った。失ったものも多い。それでも、最後までついてきてくれた連中だ」
「その方たちが、今もヒイラギさんを慕っているんですね」
「どうだろうな。昔の呼び方が抜けていないだけかもしれん」
ヒイラギは少しだけ笑った。
「今でも、あいつらは俺を頭領と呼ぶ。もうそんな立場ではないんだがな」
短く答えたあと、ヒイラギは空を見上げた。
「昔の仲間というのは、不思議なものだ。何年離れていても、顔を合わせれば昨日の続きのように話せる」
「いいですね」
「お前にも、そういう仲間ができるといいな」
セレナは少し考えた。
旅に出てから、いろいろな人と出会った。
討伐軍の兵士たちも、少しずつ自分を仲間として受け入れてくれている。
そして、隣にいる仮面の女性。
「……そうですね」
セレナは小さくうなずいた。
*
夕方。
訓練を終えたセレナは、拠点の外れで剣を拭いていた。
そこへ、弓を背負った彼女がやってきた。
「今日はずいぶん長く訓練していたわね」
「少し体を動かしておきたかったんです」
「何か気になることでもあった?」
「ヒイラギさんから昔の話を聞きいたんです」
「昔の話?」
「ヒイラギさんは、以前、反乱軍の頭領だったそうです。魔王に家族を殺されて、それで戦うようになったと」
彼女は少しだけ黙った。
「昔の仲間も、今でもヒイラギさんのことを頭領と呼んでいるそうです」
「長く一緒に戦った仲間なら、そう簡単には呼び方も変わらないでしょうね」
彼女は遠くに見える拠点の建物へ目を向けた。
「私にも、昔のことを知っている人はいるけれど……」
そこまで言って、彼女は言葉を止めた。
「師匠?」
「何でもないわ。あなたは剣の手入れを続けて」
セレナはそれ以上尋ねなかった。
自分にも知らないことがたくさんある。
それでも、無理に聞き出す必要はないと思った。
「ところで、明日も訓練するつもり?」
「もちろんです」
「なら、剣だけじゃなくて、体の使い方も意識して。力任せに振っても意味はないわよ」
「分かっています」
「本当に?」
「……気をつけます」
彼女は小さく笑った。
「よろしい」
夕暮れの風が、二人の外套を揺らした。
遠い過去に何があったのか。
まだ知らないことは多い。
けれど、今こうして同じ場所で過ごす時間も、いつか二人にとって大切な記憶になるのかもしれない。
セレナは剣を鞘に収め、彼女と並んで拠点へ戻っていった。
夕焼けが二人の影を長く伸ばしていた。




