第二十四話 遠くから届く声
翌朝、討伐軍の拠点はいつもより慌ただしかった。
近隣の村から、新たな魔物の目撃情報が届いたらしい。
兵士たちは地図を広げ、巡回する場所や隊の編成について話し合っていた。
セレナは装備を確かめながら、少し離れたところで話す兵士たちに目を向けた。
「また魔物か。最近は落ち着く暇もないな」
「それだけ、この辺りに魔物が増えているってことだろう」
「まったく。畑を荒らされる前に見つけないとな」
そんな会話を聞きながら、セレナは剣の柄を握り直した。
この土地で暮らす人々にとって、魔物の出現は決して珍しいことではない。けれど、慣れてしまってよいものでもなかった。
「セレナ、準備はできた?」
声をかけてきたのは、弓を背負った彼女だった。
「はい。今日はどちらへ?」
「街道沿いの集落よ。昨夜、荷馬車の御者が魔物らしきものを見かけたそうなの」
「分かりました」
二人は討伐軍の一隊に加わり、拠点を出発した。
*
目的の集落へ向かう街道は、なだらかな丘と岩場の間を縫うように続いていた。
秋の風が草を揺らし、遠くでは荷馬車がゆっくりと進んでいる。
道中、セレナは先を歩く兵士と話をしていた。
「この辺りは、以前から魔物が出るんですか?」
「時々な。だが、最近は街道に近い場所まで下りてくることが増えた。村人も不安がっている」
「原因は分かっているんでしょうか」
「今のところは何とも言えん。縄張りを追われたのかもしれないし、別の理由があるのかもしれない」
兵士は肩をすくめた。
「俺たちにできるのは、被害が出る前に見つけて対処することさ」
セレナはうなずいた。
分からないことが多くても、目の前の人々を守るために動く。
その姿勢は、ヒイラギが語っていた勇者に通じるものがあった。
おそらく、ヒイラギから討伐軍の兵士たちにも受け継がれているのだろう。
しばらく歩くと、街道脇に小さな荷馬車が止まっていた。
車輪の片方が泥にはまり、御者らしき男が困った顔で車体を押している。
「どうしました?」
兵士が声をかけると、男はほっとしたように振り返った。
「いやあ、車輪がはまってしまって、どうにも動かなくて」
討伐軍の兵士たちが協力し、荷馬車を押し上げた。
セレナも後ろから力を貸す。
やがて車輪が泥から抜け、荷馬車は再び街道へ戻った。
「助かりました。これで先へ進めます」
男は何度も頭を下げた。
「ところで、昨夜この辺りで魔物を見かけたと聞いたのですが」
兵士が尋ねると、男は少し考えた。
「あぁ、聞いております。大きな影が動いていたとか。獣のような声も聞こえたそうですよ」
「どの辺か分かりますか?」
「そこまでは……。ただ、近くに村があるので心配ですね」
兵士たちは顔を見合わせた。
「念のため、周囲を調べる必要がありそうだな」
一行は荷馬車の男に先へ進むよう伝え、街道脇の岩場を調べることにした。
*
岩場には、いくつかの足跡が残されていた。
セレナは剣を抜き、周囲を警戒しながら進んだ。
彼女は地面に残された跡を確認し、少し離れた岩陰を指さした。
「この先に何かいるかもしれない。音を立てずに進みましょう」
兵士たちは静かにうなずいた。
岩陰の向こうから、かすかな物音が聞こえる。
全員が身構えたが、現れたのは魔物ではなかった。
一匹の小さな野ウサギが、岩の隙間から飛び出して逃げていったのだ。
「……なんだ、ただのウサギか」
兵士の一人が息を吐いた。
しかし、彼女は警戒を解かなかった。
「待って。足跡はまだ続いているわ」
彼女の言葉どおり、獣の足跡とは別に、大きな爪痕も岩の表面に残されていた。
セレナが近づいて確かめる。
「新しいですね」
「ええ。けれど、これだけでは何の魔物かまでは判断できない」
一行は周辺を慎重に調べた。
やがて岩の陰から、古びた布の切れ端が見つかった。近くには、革紐のようなものも落ちている。
「誰かがここを通ったのでしょうか」
「その可能性はあるわ。ただし、これが魔物と関係しているかどうかは分からない」
彼女は布を拾い上げ、汚れや破れ方を確かめた。
「持ち帰って報告しましょう。村の人が落としたものかもしれないし、荷馬車から落ちたものかもしれないから」
「分かりました」
セレナは周囲をもう一度見渡した。
結局、その場では魔物を見つけられなかった。
しかし、足跡と爪痕が残されていた以上、何もいなかったとは言い切れない。
討伐軍は周辺をさらに調べたあと、集落へ向かった。
村人たちに注意を促し、街道を通る者にも警戒するよう伝える。
それが終わる頃には、空はすっかり夕方の色に変わっていた。
*
拠点に戻ると、セレナたちは見つけた布の切れ端や爪痕について報告した。
ヒイラギは報告を聞き終えると、しばらく考え込んだ。
「街道を通る者には、引き続き警戒するよう伝えておこう。村にも見回りを出す」
ヒイラギはそれ以上、何も語らなかった。
その表情からは、何を考えているのか読み取れない。
ただ、報告書へ目を戻す前に、ほんのわずか視線を落としたことをセレナは見逃さなかった。




