↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮面勇者  作者: Toooji
PR
24/39

第二十三話 頭領と勇者


朝の訓練場には、剣を打ち合わせる音が響いていた。


訓練場の片隅で、魔法の訓練をひと段落させたセレナは一息ついた。


「さて、今日は魔法の訓練だけじゃないわよね?」


彼女が弓を手に取りながら声をかけた。


「討伐任務ですね」


「ええ。先日の街道とは別の場所らしいわ。今回は少し遠くまで行くみたい」


二人は装備を整え、討伐軍の仲間たちと合流した。


*


今回の目的地は、街道から外れた岩場だった。


近隣の村から、夜になると獣のような声が聞こえるという報告があったらしい。


「最近は、森の中だけじゃなく、こんな場所にも魔物が出るんだな」


先を歩く兵士がぼやいた。


「だから俺たちが調べるんだろ。何もいなけりゃ、それでいい」


別の兵士が笑いながら返す。


セレナは周囲を警戒しながら、彼らの後ろを歩いていた。


やがて岩場の奥で、地面を引っかいたような跡が見つかった。


彼女がしゃがみ込み、指先で土の状態を確かめる。


「新しいわね。けれど、これだけでは何の跡かまでは分からない」


「魔物が通った可能性はありますか?」


「あるわ。注意したほうがいいわね」


そのとき、岩陰から低い唸り声が聞こえた。


兵士たちが一斉に武器を構える。


姿を現したのは、灰色の毛に覆われた狼型の魔物二匹だった。


「来るぞ!」


先頭の兵士が叫ぶ。


一匹が飛びかかってきた。


セレナは剣で爪を受け止め、勢いを逃がすように横へ踏み込む。


もう一匹が側面へ回ろうとしたところへ、彼女の矢が飛んだ。


矢に仕込まれた魔法陣が光り、魔物の足元で小さな火花が弾ける。


動きが鈍った隙を逃さず、兵士たちが取り囲んだ。


短い戦闘の末、二匹の魔物は倒された。


「よし、周囲を確認しろ! ほかにも潜んでいるかもしれん!」


指揮役の声に従い、兵士たちは岩場を調べ始めた。


セレナは剣についた土を払い、彼女のそばへ戻る。


「師匠、今の魔法は……」


「説明は帰ってから。今は周囲の警戒が先よ」


「はい」


彼はすぐに表情を引き締めた。


今は魔法を覚えることが目的ではない。


戦場では、目の前の状況を判断することも大切なのだ。


幸い、それ以上魔物が現れることはなかった。


討伐軍は周辺に危険がないことを確かめると、帰路についた。


*


夕刻、討伐軍の拠点に戻ったセレナたちは、報告を済ませるため指揮官のもとへ向かった。


ヒイラギは机の前に座り、報告書に目を通していた。


灰色の髪。片目を失い、左腕は肘から先がない。身体には無数の傷が刻まれている。


大柄なその姿には、長い戦いを生き抜いてきた者だけが持つ重みがあった。


「岩場に狼型の魔物が二匹か。周辺の村にも警戒を呼びかけておこう」


ヒイラギは報告書を閉じた。


「それと、頭領。昔の仲間から連絡が届いています」


傍らにいた年配の兵士が告げる。


その呼び方を聞いたヒイラギは、ほんのわずかに目を細めた。


「……そうか。あいつらも元気にやっているらしいな」


「相変わらず、頭領のことを気にかけているようです」


「余計なお世話だと言っておけ」


ぶっきらぼうな返事だったが、声にはどこか懐かしさが混じっていた。


セレナたちは、そのやり取りを黙って聞いていた。


「頭領と呼ばれていましたね」


拠点を出たあと、彼は彼女に小さな声で尋ねた。


「昔、反乱軍を率いていた頃の呼び名らしいわ」


彼女はそう答えた。


「ヒイラギさんは、昔からこの国にいるんですか?」


「私も周りの方から聞いただけだから……」


彼女は少し考えてから続けた。


「ただ、ヒイラギさんは昔、魔王に家族を奪われたそうよ。それが反乱軍を率いるきっかけになったと聞いたわ」


セレナは足を止めた。


魔王という存在が、どれほど多くの人生を狂わせてきたのか。


「……そうだったんですね」


それ以上、彼は尋ねなかった。


*


夜。


拠点の食堂では、兵士たちが夕食を囲んでいた。


セレナも師匠と共に食事を終えかけた頃、少し離れた席からヒイラギの声が聞こえてきた。


「そういえば、昔の話を聞きたいと言っていた者がいたな」


ヒイラギは向かいに座る兵士に目を向けた。


「勇者のことですか?」


「そうだ」


その名を聞き、セレナは自然と耳を傾けた。


ヒイラギはしばらく黙っていたが、やがて静かに口を開いた。


「俺があの男と出会ったのはチャイムの王城じゃない。西の大山脈だ」


*


西の大山脈。


チャイムよりさらに西へ進んだ先にそびえる、険しい山々。


その中腹には魔王に抗う反乱軍が潜伏する砦があった。


当時、ヒイラギはその反乱軍を率いていた。


魔王に家族を虐殺され、故郷の仲間たちも失った。


残された者たちを守り、魔族領を解放する。


それが、彼の戦う理由だった。


そんな砦に、ひとりの奇妙な旅人が現れた。


鉄の仮面をつけ、黒い外套をまとった男。


人間なのか魔族なのか、それとも別の何かなのか。


初めて目にした時には分からなかった。


しかし、その男は反乱軍の兵士たちに敵意を向けることなく、魔王に抗う者たちの話に耳を傾けた。


やがて、男はヒイラギたちと行動を共にするようになった。


勇者。


のちにそう呼ばれることになる男だった。


「……あの男は、妙な男だった」


現在のヒイラギは、遠い昔を思い返すように語った。


「仮面のせいで最初は警戒したが、戦いになれば誰よりも先に飛び出していく。自分の身が危ないことなど、まるで気にしていなかった」


「強かったんですか?」


兵士の問いに、ヒイラギは即座に答えた。


「強いなんて言葉では足りん」


それから、少しだけ口元を緩めた。


「だが、あの男は強さを誇るために戦っていたわけじゃない。目の前で誰かが危険にさらされれば、考えるより先に体が動く。そういう男だった」


ヒイラギは杯を手に取ったが、飲まずに卓上へ戻した。


「チャイム奪還戦でも、そうだった」


反乱軍がチャイムを取り戻すために進軍したとき、あいつは先陣を切った。


王城へ至る道を塞ぐ魔物を次々と倒し、俺たちが進める道を切り開いた。


反乱軍が王城へ入ったあとも、あいつは城外に残った。


そこへ魔王に操られた大型魔獣が現れたんだ。


あの男はその大型魔獣を倒し、城外の仲間たちを守った。


しかし、王城で魔王と対峙した俺たちは敗北した。


反乱軍は撤退を余儀なくされ、戦場は混乱に包まれた。


そのとき、あの男が逃げ遅れた仲間たちを助けながら、たくさんの馬たちを連れて現れ、撤退を手伝ってくれたんだ。


「あいつは仲間が逃げ切れたか、馬は無事か。そんなことばかり気にしていた」


ヒイラギは、昔を懐かしむように目を伏せた。


食堂には、しばらく静かな空気が流れた。


「……その後、どうなったんですか?」


若い兵士が尋ねた。


ヒイラギは目を閉じ、ほんの一瞬だけ黙った。


「戦場は中央大陸の王都に移り、激戦のあと、あの男が魔王を討伐した。だが、意識は戻らなかった」


誰も口を挟まなかった。


「それでも、あいつが魔王を倒したことは変わらん。俺たちは、眠ったままのあの男を胴上げして喜んだ。あのときばかりは、誰もが子供みたいにはしゃいでいたな」


ヒイラギは、わずかに笑った。


「それから俺たちは、仲間たちと共にこの国へ帰ってきた」


その表情には、誇らしさと、言葉にしきれない思いが浮かんでいた。


「俺にとって、あの男は勇者なんかじゃない。苦しい時代を共に戦った仲間だ」


*


食堂を出たセレナは、夜空を見上げた。


勇者。


その名は、あちこちで噂になっている。


魔物を倒した英雄。人々を救った謎の人物。


噂によって語られる姿は少しずつ違う。


けれど、ヒイラギの話から伝わってきたのは、もっと単純なことだった。


共に戦った仲間。


自分の身を顧みず、目の前の人を守ろうとする男。


「……すごい人ですよね」


隣に立った彼女が、静かに答えた。


「ええ。だからこそ、探している人もいるのでしょうね」


セレナは彼女の横顔を見た。


彼女が探している人物。


その人は勇者なのだろうか。


「師匠」


「なに?」


「いつか、俺もそんなふうに誰かを助けられるようになりたいです」


彼女は少し驚いたように彼を見つめ、それから穏やかにうなずいた。


「なれるわよ。あなたが諦めなければね」


セレナは仮面の奥で笑った。


魔法の練習は、まだまだ先が長そうだ。


勇者の正体も、遠い過去の出来事も、真実が見つかるとは限らない。


それでも、少しずつ前へ進んでいく。


その先に何が待っているのか、今はまだ誰にも分からなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。