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仮面勇者  作者: Toooji
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第十九話 師匠と呼ぶ日


翌朝、セレナは朝食を終えると、昨日と同じ草地へ向かった。


昨日は、何度試しても小石の上に光を灯すことができなかった。


それでも、魔法の練習を続けたいという気持ちは変わらない。


むしろ、失敗したからこそ、もう一度試してみたかった。


草地に着くと、彼女はすでに待っていた。


木の根元に腰を下ろし、矢筒の中身を確かめている。


「おはようございます!」


「おはようございます、セレナさん。今日も早いですね」


「昨日の練習を、はやくもう一度やってみたくて」


「そうですか。では、さっそく始めましょうか」


彼女は立ち上がり、足元に小石を置いた。


昨日と同じ練習だ。


小石の上に、小さな光を灯す。


それだけのことなのに、セレナにとっては簡単ではなかった。


「まずは、昨日と同じように魔力を集めてみてください」


「分かりました」


セレナは右手を前に出した。


身体の内側に意識を向ける。


魔力を感じ取り、少しずつ手のひらへ集めていく。


昨日よりも、落ち着いている気がした。


指先に淡い光が灯る。


「いいですね。そのまま、急がずに」


彼女の声を聞きながら、セレナは小石へ意識を向けた。


手元に集まった魔力を、小石の上へと導く。


一瞬、指先の光が揺らいだ。


しかし、今度は消えなかった。


小石の真上に、豆粒ほどの光が浮かんだ。


「……できた!」


セレナは思わず声を上げた。


光はすぐに消えてしまったものの、確かに小石の上に現れた。


初めて、自分の思い描いた場所に魔法を生み出せたのだ。


「やりましたね」


彼女も嬉しそうに頷いた。


「ほんの一瞬でしたけど……」


「一瞬でも、できたことに変わりはありません。昨日はできなかったことが、今日はできた。それは大きな進歩ですよ」


その言葉に、セレナは何度も頷いた。


今まで、魔法の練習をしていても、うまくいかないことばかりだった。


失敗するたびに、自分には才能がないのだと思ってしまう。


けれど、昨日と今日では違った。


その事実が、何よりも嬉しかった。


「ありがとうございます!」


「まだ、これからですよ。今度は、光を少し長く保つ練習をしてみましょう」


「はい!」


セレナは再び小石に向き直った。


*


練習を始めてしばらくすると、彼女はセレナに小石をいくつか並べるよう頼んだ。


「今度は、石を順番に照らしてみましょう」


「順番に、ですか?」


「はい。一つ目に光を灯したら、その光を消さずに、二つ目へ移してみてください」


一つに光を灯すだけでも難しいのに、それを別の場所へ移すのだ。


彼は最初の小石に意識を集中した。


淡い光が浮かぶ。


そこまでは、先ほどと同じだった。


次に、二つ目の小石へ魔力を動かそうとする。


すると、一つ目の光が揺らぎ、消えてしまった。


「あっ……」


「今は、二つの場所を同時に意識しようとしていましたね」


彼女が言った。


「まずは、最初の光を保つこと。そのうえで、次の場所へ魔力を動かすんです」


「今のあなたにできる範囲で、少しずつ試してみましょう」


セレナは頷き、もう一度挑戦した。


しかし、何度やっても二つ目の光を灯すことができない。


一つ目を保とうとすれば二つ目へ魔力が届かず、二つ目へ意識を向ければ一つ目が消えてしまう。


やがて、セレナは困ったように首を傾げた。


「うまくいきません……」


「ええ。今の段階では、少し難しかったようですね」


彼女は小石を拾い、元の場所へ戻した。


「今日は、一つの光を安定させるところまでにしましょう。できることを確実に増やしていけばいいんです」


「分かりました」


セレナは素直に頷いた。


以前の彼なら、できないことがあると、何度でも無理に挑戦しようとしていたかもしれない。


けれど、彼女の教えを聞いていると、ただ繰り返せばいいわけではないのだと分かる。


何ができて、何ができないのか。


その違いを理解することも、魔法を学ぶうえでは大切なのだ。


「……魔法って、奥が深いですね」


「そうですね。私も、まだ勉強中ですから」


彼女はそう言って、空を見上げた。


「同じ魔法でも、使う人によって得意なことは違います。私の場合は、矢に魔法を込めたり、離れた場所に術を届けたりすることが得意なんです」


「それも、練習して身につけたんですか?」


「ええ。最初からできたわけではありませんよ」


セレナは、彼女の言葉をじっと聞いていた。


魔法を自在に扱う彼女にも、失敗を繰り返した時期があった。


そのことが、少しだけ嬉しかった。


自分も、努力を続ければ、今より先へ進めるかもしれない。


そんな希望が生まれていた。


*


昼近くになると、二人は草地を離れ、街へ戻ることにした。


途中、街道脇の小さな露店で、セレナは焼きたてのパンを買った。


「よかったら、どうぞ」


「私にも?」


「はい。今日は教えてもらってばかりですから」


彼女は少し考えてから、パンを受け取った。


「ありがとうございます。では、遠慮なく」


二人は街道脇の木陰に腰を下ろし、パンを食べ始めた。


しばらくは、穏やかな時間が流れた。


やがて、セレナは昼間の練習を思い返しながら口を開いた。


「ところで、魔法を教えるときは、いつもあんなふうに考えているんですか?」


「あんなふうに、というと?」


「どこで失敗したのか、どうすればうまくいくのかを、すぐに見つけていましたよね」


彼女は少し困ったように笑った。


「すぐに分かるわけではありませんよ。ただ、魔法を使う人の様子をよく見るようにしているんです」


「様子を?」


「魔力の集め方や、集中の仕方。どこで力が乱れたのか。そういうものを見ていけば、原因が分かることもあります」


セレナは感心したように頷いた。


「すごいですね……」


「そんなに大したことではありません。私も、教えてもらったことを思い出しながら話しているだけです」


その言葉に、セレナは顔を上げた。


「教えてくれた人がいるんですか?」


「ええ。私にも、魔法を教えてくれた先生がいます」


彼女は懐かしむように、遠くへ視線を向けた。


「とても変わった人でしたけど、魔法については本当に詳しい方でした」


「そうなんですか……。いつか、その方にも会ってみたいです」


「ふふ。どうでしょうね。簡単に会える方ではありませんから」


彼女はそれ以上、詳しく話そうとはしなかった。


セレナも、無理に尋ねることはしなかった。


彼女にも、自分と同じように、まだ話していない旅の事情があるのだろう。


それでも、彼女が学んできたことを、少しずつ教えてくれるのは嬉しかった。


「……ありがとうございます」


「また、お礼ですか?」


「はい。教えてもらえることが、本当に嬉しいんです」


彼女は一瞬だけ黙り、それから小さく笑った。


「そう言ってもらえるなら、私も頑張らないといけませんね」


*


その日の午後、セレナは討伐隊の任務に参加した。


街道を巡回し、魔物が残した痕跡がないかを調べる。


途中、倒木の陰に小さな魔物の足跡を見つけたが、周囲に危険な気配はなかった。


仲間たちと確認を済ませ、陣地へ戻るころには、日が傾き始めていた。


「セレナ、今日はずいぶん静かだったな」


荷物を片付けていると、同じ隊の兵士が声を掛けてきた。


「そうですか?」


「ああ。いつもなら、任務の合間にも何か考え込んでいるだろう。今日は、ずっと機嫌がよさそうだったぞ」


セレナは少しだけ困った。


自分では、いつもどおりにしていたつもりだった。


「……魔法の練習が、少しうまくいったんです」


「へえ。あの弓使いに教わっているやつか?」


「はい」


「そりゃよかったな。お前、ずっと魔法を覚えたいって言っていたもんな」


兵士は笑いながら、セレナの肩を叩いた。


「せっかく教えてくれる人が見つかったんだ。しっかり学べよ」


「そうします」


セレナは頷いた。


その言葉を聞いて、ふと、あることを思いついた。


彼女は、自分よりも魔法に詳しい。


いつも落ち着いていて、こちらが困っていると、何をすればいいのかを一緒に考えてくれる。


そして、彼女から教わる時間が、今では何よりも楽しみになっていた。


ならば、彼女のことを、ただ「あなた」と呼び続けるのも、どこか落ち着かない。


セレナは、次に会ったらどう呼ぼうかと考えながら、片付けを終えた。


*


翌朝。


セレナは再び、街の外にある草地へ向かった。


彼女は昨日と同じ場所で待っていた。


「おはようございます」


「おはようございます、セレナさん。今日も練習ですか?」


「はい。昨日の続きを教えてください」


「もちろんです。では、まずは昨日できたことを、もう一度やってみましょう」


彼女は小石を一つ、地面に置いた。


セレナは右手を前に出し、魔力を集め始めた。


昨日よりも、流れが分かる。


魔力を指先へ導き、小石の上へと運ぶ。


淡い光が浮かび上がった。


昨日よりも、わずかに長く保つことができた。


「いいですね。少しずつ安定してきていますよ」


「本当ですか?」


「ええ。焦らず、この調子で続けましょう」


彼女が頷く。


セレナも嬉しそうに頷き返した。


「ありがとうございます、師匠!」


言った瞬間、セレナは動きを止めた。


彼女もまた、きょとんとした様子で彼を見ていた。


「……師匠?」


「あっ……!」


セレナは慌てて姿勢を正した。


「す、すみません! その、魔法を教えてもらっているので、つい……」


彼女はしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。


「別に、謝らなくてもいいですよ」


「いいんですか?」


「ええ。ただ、そんなに立派な先生ではありませんから」


「そんなことありません!」


セレナは思わず声を大きくした。


「師匠は、僕が分からないことを一緒に考えてくれますし、できたことはちゃんと褒めてくれます。僕にとっては、とても頼りになる先生です」


彼女は返事をしなかった。


けれど、仮面の奥で少し困っているような気配が伝わってきた。


「……そうですか」


やがて、彼女は小さく頷いた。


「では、好きに呼んでください」


「はい、師匠!」


今度は、セレナも迷わず答えた。


彼女は呆れたように肩をすくめたが、その声には笑いが混じっていた。


「返事だけは、一人前ですね」


「魔法も一人前になれるように頑張ります!」


「期待していますよ」


*


その日から、セレナは彼女を「師匠」と呼ぶようになった。


最初のうちは、呼ぶたびに少しだけ緊張していた。


けれど、何度も口にするうちに、その呼び方は自然なものになっていった。


彼女も、最初こそ戸惑っていたものの、やがて特に気にすることはなくなった。


魔法の練習は、相変わらず失敗の連続だった。


小さな光を灯せるようになっても、安定させるには時間がかかった。


回復魔法も、以前より上手になったわけではない。


それでも、セレナは毎日、少しずつ学んでいった。


魔力を感じること。


力を流す方向を意識すること。


無理に大きな魔法を使おうとせず、できることから確実に身につけること。


師匠の教えは、どれも派手なものではなかった。


けれど、セレナにとっては、どれも新しい発見だった。


そして、彼女もまた、セレナの熱心さに応えるように、少しずつ教える内容を増やしていった。


二人はまだ、互いに知らないことがたくさんある。


彼女が何を探しているのかも、セレナがどのような過去を持っているのかも、すべてを話したわけではない。


それでも、魔法を学ぶ時間を重ねるうちに、二人の間には、確かな信頼が生まれ始めていた。


セレナは、いつか師匠の力になりたいと思うようになった。


彼女が探している勇者について、自分にできることがあるのなら、力を貸したい。


その思いは、まだ言葉にはしていなかった。


けれど、いつかその機会が訪れたなら、迷わず手を差し伸べよう。


そう心に決めながら、セレナは翌日の練習に備えた。


チャイムでの日々は、まだ続いていく。


そして二人がこの街を離れる日も、少しずつ近づいていた。


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