↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮面勇者  作者: Toooji
PR
19/34

第十八話 初めての魔法修行


翌朝、セレナはいつもより早く目を覚ました。


窓の外はまだ薄暗く、街の通りにも人影はほとんどない。


普段なら、討伐隊の任務が始まるまで、もう少し眠っている時間だった。


しかし、今日ばかりはそうもいかなかった。


「……よし」


セレナは寝台から起き上がると、身支度を整えた。


昨日、彼女は約束してくれた。


自分にできる範囲で、魔法を教えてくれると。


それを思い出すだけで、胸の奥が落ち着かなくなる。


幼いころから、魔法には憧れていた。


けれど、いくら練習しても、思うようには使えなかった。


簡単な回復魔法なら、どうにか扱える。

それでも、傷を塞ぐ程度のことしかできず、複雑な術を使おうとすると、魔力が乱れてしまう。


自分には魔法の才能がないのかもしれない。


そんな思いを抱きながらも、諦めることはできなかった。


だからこそ、彼女の魔法を見たとき、セレナは強く惹かれたのだ。


派手な術ではなくても、魔力を思いどおりに動かし、必要な場所へ必要なだけ届ける。


自分が知りたかったのは、そういう魔法だった。


セレナは剣を腰に差し、外套を羽織った。


そして、顔に古びた仮面をつける。


「行ってきます」


誰もいない部屋に小さく告げると、彼は宿を出た。


*


討伐隊の陣地へ向かう途中、セレナは街の広場で足を止めた。


露店の準備をする商人たちの姿が見える。


人間も魔族も、朝の仕事に追われていた。


その中に、見覚えのある外套を見つけた。


背には弓。

腰には矢筒。


仮面をつけた彼女が、露店の主人と何か話している。


「おはようございます!」


思わず声を掛けると、彼女は振り返った。


「おはようございます、セレナさん」


「昨日の約束ですが……」


「魔法の練習ですね。覚えていますよ」


彼女は小さく笑った。


「そんなに急がなくても、約束を忘れたりしません」


「す、すみません。どうしても気になってしまって」


「ふふ。では、少し早いですが、始めましょうか」


彼女は露店の主人に礼を言ってから、セレナを街の外へ誘った。


「まずは、魔法を使うところを見せてもらえますか?」


「分かりました」


セレナは頷いた。


昨日、彼女は自分が普段使っている魔法を見たいと言っていた。


どこまで使えるのかを確かめてから、教える内容を決めるのだろう。


そう考えながら、セレナは彼女の後について歩いた。


*


街から少し離れた場所に、小さな草地があった。


周囲には木々が生えているものの、見通しはよく、魔法の練習をするには都合がよさそうだった。


彼女は草地の中央で足を止めた。


「では、ここでお願いします」


「はい」


セレナは右手を前に出した。


まずは、いつも使っている回復魔法を試すことにした。


手のひらに意識を集中させる。


身体の内側にある魔力を感じ取り、それを指先へと導いていく。


淡い光が生まれた。


しかし、その光は安定せず、揺らめきながら消えてしまった。


「……すみません。もう一度やります」


「ええ。焦らずに」


セレナは再び手を伸ばした。


今度は、先ほどよりもゆっくりと魔力を集める。


指先に小さな光が灯ったものの、しばらくすると、やはり消えてしまった。


三度目も同じだった。


セレナは手を下ろした。


「……いつも、こうなんです」


「なるほど」


彼女は腕を組み、少し考え込んだ。


「魔力を集めること自体は、できているようですね」


「そうでしょうか?」


「ええ。ただ、集めた魔力をどう動かすのか、そこがうまくいっていないように見えます」


彼女はセレナの手元を指さした。


「魔法を使おうとするとき、何を考えていますか?」


「えっと……魔力を集めて、光を出すことを考えています」


「光を出すことだけですか?」


「はい」


「では、どんな光を出したいのかは?」


セレナは言葉に詰まった。


どんな光を出したいのか。


そう聞かれると、考えたことがなかった。


魔法を使うには、魔力を集めて、術を発動させればいい。


ずっと、そう考えていた。


「……あまり、考えていませんでした」


「そうですか」


彼女は責めることなく頷いた。


「なら、そこから始めましょう」


彼女は足元に落ちていた小石を拾い、少し離れた地面に置いた。


「この石の上に、小さな光を灯してみてください」


「石の上に、ですか?」


「はい。手元ではなく、そこに」


セレナは小石を見つめた。


これまでの練習では、自分の手から光を出すことばかり考えていた。


光をどこに生み出すのか。


そのことを意識したことはなかった。


セレナはゆっくりと息を吸った。


小石の上に、小さな光を灯す。


その光景を頭の中に思い浮かべた。


魔力を集める。


そして、指先から放つのではなく、石の上へと導く。


しかし、魔力を動かそうとした瞬間、意識が乱れた。


集めていた魔力が散り、何も起こらなかった。


「……駄目でした」


「今のは、惜しかったと思いますよ」


「えっ?」


「途中までは、魔力を動かせていました。最後に、急いでしまったのでしょう」


彼女は小石のそばにしゃがみ込んだ。


「魔法は、思い描いたとおりに動かそうとすることも大切です。でも、思い描くことに気を取られすぎても、うまくいきません」


「気を取られすぎる……」


「まずは、魔力が自分の中にあることを感じてください。それから、少しずつ動かしてみるんです」


彼女は立ち上がった。


「一度でできるとは思わなくていいですよ。何度でも試してみましょう」


セレナは彼女を見つめた。


仮面のため、表情は分からない。


けれど、その声には焦りも、失望もなかった。


「……はい!」


彼はもう一度、小石へと向き直った。


*


それから、しばらく練習を続けた。


魔力を集める。

小石を見つめる。

魔力を動かす。


何度も繰り返したが、光はなかなか現れなかった。


途中で魔力が散ってしまうこともあれば、手のひらに集まったまま動かなくなることもあった。


それでも、セレナは諦めなかった。


彼女も急かすことなく、失敗するたびに、どこで魔力の流れが途切れたのかを一緒に考えてくれた。


やがて、セレナの額に汗が浮かび始めた。


「少し休みましょうか」


「いえ、まだ大丈夫です!」


「セレナさん」


彼女の声が、少しだけ厳しくなった。


「魔法の練習は、根性だけでするものではありませんよ」


「疲れて集中できなくなれば、魔力の流れも乱れます。そこでムリをすれば魔力に変な癖がつくこともあるのです。休むことも、練習のうちですよ」


セレナは肩を落とした。


せっかく教えてもらえるのだから、一刻も早く上達したかった。


しかし、彼女の言うことも分かる。


「分かりました。少し休みます」


二人は草地の端にある木陰へ移動した。


セレナが水袋を取り出すと、彼女も自分の水袋を手に取った。


「あなたは、どうしてそこまで魔法を学びたいのですか?」


不意に尋ねられ、セレナは水袋を持つ手を止めた。


「どうして、ですか?」


「ええ。昨日から見ていて、ずいぶん熱心だと思ったので」


彼女は木の幹に背を預けた。


「魔法が使えるようになれば便利ですし、身を守ることにも役立ちます。でも、あなたはそれだけではないように見えます」


セレナはしばらく黙っていた。


魔法を学びたい理由。


それは、ずっと心の中にあった。


「……誰かの役に立ちたいんです」


やがて、彼は静かに答えた。


「剣があれば、魔物を倒すことはできます。でも、剣だけでは助けられない人もいます」


以前、熱を出した子どもを助けようとしたときのことを思い出す。


自分は回復魔法を使おうとした。


けれど、思うように扱えず、結局できたのは、濡らした布を額に当てることくらいだった。


それでも、あの子は笑ってくれた。


だからこそ、もっと多くのことができるようになりたかった。


「魔法が使えれば、今まで助けられなかった人も助けられるかもしれません。だから、学びたいんです」


彼女は何も言わず、彼の話を聞いていた。


やがて、小さく頷いた。


「そういう理由なら、私も教えがいがありますね」


「本当ですか?」


「ええ。ただし、魔法を学べば何でもできるようになるわけではありません。できることと、できないことを知るのも大切です」


「はい」


セレナは深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


彼女は少し照れたように視線を逸らした。


「まだ、何も教えられていませんけどね」


*


その日の午後、セレナは討伐隊の任務に戻った。


魔法の練習で成果を出すことはできなかったが、彼の気持ちは少しも沈んでいなかった。


むしろ、今まで漠然としていた魔法の仕組みが、ほんの少しだけ見えてきた気がした。


魔力を集めるだけでは足りない。


何をしたいのかを考え、魔力をどこへ流すのかを意識する。


それが、彼女から教わった最初のことだった。


任務を終えて陣地へ戻ると、ヒイラギがセレナを見つけて声を掛けた。


「おう、セレナ。今日はずいぶん機嫌がよさそうだな」


「そうですか?」


「朝から魔法の練習をしていたんだろう?」


「はい。まだ全然うまくいきませんけど、いろいろと勉強になりました」


「そうか。焦らずに頑張れよ」


ヒイラギは笑いながら、セレナの肩を軽く叩いた。


「剣の腕だけでも十分に頼りになるが、魔法まで使えるようになったら、もっと強くなれるかもしれんな」


「そうなれるように、頑張ります」


セレナは力強く答えた。


その後、夕食を終えた彼は、ひとりで部屋に戻った。


机の上に小さな石を置き、昼間の練習を思い返す。


魔力を集める。


石の上に光を灯す。


セレナは右手を伸ばした。


しかし、しばらく試しても、光は現れなかった。


「……今日は、ここまでかな」


彼は手を下ろした。


悔しさはあった。


けれど、不思議と諦める気持ちにはならなかった。


明日も練習すればいい。


明後日も、その次の日も。


いつか、自分の思い描いたとおりに魔法を使えるようになるまで。


セレナは小石を机の端へ置き、窓の外を見つめた。


遠くには、チャイムの街の灯りが見える。


この街には、まだ知らないことがたくさんある。


彼女が探している勇者についても、自分が探していた魔法の師匠についても、手がかりは十分ではない。


それでも、今日という一日で、旅は少しだけ前に進んだ気がした。


セレナは仮面に手を触れた。


その下にある素顔も、本当の名前も、まだ誰にも明かすつもりはない。


今はただ、学べることを学び、自分にできることを増やしていこう。


そう心に決めて、彼は明日に備えて眠りについた。


*


そのころ、街の別の宿では、彼女が机に地図を広げていた。


チャイム周辺の道や集落、魔物が現れた場所などが書き込まれている。


これまで集めた情報を見直しても、探している勇者へ直接つながる手がかりは、まだ見つからなかった。


彼女は小さく息を吐き、地図を畳んだ。


焦っても仕方がない。


ここで得られる情報を集めながら、セレナとの約束も果たしていこう。


彼が魔法を学びたいと願う気持ちは、よく分かった。


自分もまた、強くなりたいと思って魔法を学んできたのだから。


彼女は弓を手に取り、矢筒の中身を確かめた。


明日もまた、手がかりを探しに行こう。


そう決めて、彼女は灯りを消した。


二人の目的は、まだ違っている。


けれど、同じ街で過ごす日々の中で、少しずつ互いを知り始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。