第十七話 弟子入りの願い
弓使いの旅人と出会ってから数日後、セレナは討伐隊の任務で街道沿いの集落を訪れていた。
集落の近くに魔物が現れたという報告があり、討伐隊は周辺の安全を確かめるために派遣されたのだ。
セレナは仲間たちと手分けして周囲を調べていたが、森の入口付近で、何かが光るのを見つけた。
青白い光だった。
以前、見つけた紙片を思い出し、彼は足を止めた。
しかし、光はすぐに消えてしまった。
「……今のは?」
警戒しながら近づくと、森の奥から小さな物音が聞こえた。
セレナが剣を抜くより早く、一本の矢が飛んだ。
矢は彼の頭上を通り過ぎ、茂みの向こうへ突き刺さった。
次の瞬間、そこから魔物が飛び出した。
狼に似た魔獣だったが、先ほどまで姿を隠していたらしい。
矢が刺さった場所から、白い光が広がっている。
魔獣は苦しそうに身をよじり、動きを鈍らせた。
「今です!」
聞き覚えのある声が響いた。
セレナはすぐに踏み込み、魔獣の攻撃を避けながら剣を振るった。
魔獣は数度よろめき、やがて地面へ倒れた。
剣を収めて振り返ると、木々の間から彼女が姿を現した。
「あなたは!」
「無事でしたか?」
「はい。助かりました。今の光は……あなたの魔法ですか?」
「ええ。矢に魔法を込めておいたんです」
彼女は矢を回収し、先端に巻かれた紙を確かめた。
紙には、細かな模様が描かれている。
セレナは思わず身を乗り出した。
「それは、魔法の道具ですか?」
「道具というより、魔法を使うための補助ですね。あらかじめ術を込めておけば、矢を放つだけで発動させられます」
「そんなことができるんですか……!」
セレナの声が弾んだ。
「ほかにも、違う魔法を込められるんですか?」
「できますよ。火を起こしたり、相手の動きを止めたり、光を放って目をくらませたり。使い方次第ですね」
彼女は何気なく答えたが、セレナは目を輝かせていた。
「すごい……」
その様子に、彼女は少し戸惑った。
先日会ったとき、彼は魔法がほとんど使えないと言っていた。
だから、ここまで強い関心を示すとは思っていなかったのだ。
「あなたは、本当に魔法が好きなんですね」
「はい。ずっと、使いこなせるようになりたいと思っていました」
セレナは自分の手を見つめた。
「でも、僕には才能がないのかもしれません。簡単な魔法でも、思うように使えないことが多いんです」
「魔法は理解して、どう扱うかだと思いますよ。」
彼女はそう言って、矢を矢筒へ戻した。
「魔法は、ただ力を出せばいいというものではありません。何をしたいのか、どこへ力を流すのか。それを考えることが大切です」
「どこへ、力を流す……」
セレナは、その言葉を口の中で繰り返した。
彼女は周囲を確認してから、少し離れた場所にある枯れ枝へ向き直った。
「たとえば、こうです」
彼女が指先を動かすと、地面に落ちていた小さな水滴がふわりと浮かび上がった。
水滴は空中で丸く形を保ち、彼女の指先に合わせてゆっくりと動く。
やがて、細い糸のように伸びた水が枯れ枝を包み込み、その表面を濡らした。
「大きな力は必要ありません。必要な場所に、必要なだけ使えばいいんです」
セレナは息を呑んだ。
派手な魔法ではない。
けれど、力の動きがはっきりと見えた。
水が枝を包むまでの流れ。
魔力が途切れることなく、形を保っている様子。
自分が知っている魔法とは、まるで違っていた。
「……もう一度、見せてもらえませんか?」
「え?」
「今の魔法です。もう一度、お願いします」
彼女は驚いたように瞬きをしたあと、苦笑した。
「構いませんけど……そんなに面白いものですか?」
「はい!」
あまりに真剣な返事に、彼女は思わず笑ってしまった。
*
その日の任務を終えたあと、セレナは彼女を討伐隊の陣地へと招待した。
道中も、彼は魔法について質問し続けた。
魔法を使うとき、どのくらい集中するのか。
魔法の種類によって、力の流し方は変わるのか。
彼女は答えられる範囲で説明したが、次々と質問が飛んでくるので、しまいには苦笑いを浮かべた。
「セレナさん、少し落ち着いてください」
「す、すみません。つい……」
「熱心なのは悪いことではありませんけど」
彼女は少し考えた。
「私も、すべてを知っているわけではありません。私が使える魔法にも限りがありますし……」
「それでも、お願いします!」
セレナは立ち止まった。
彼女も足を止め、彼を振り返る。
セレナは深く頭を下げた。
「僕に、魔法を教えてください」
「……私に?」
「はい。あなたの魔法を見て、分かったんです。僕が知りたかったのは、こういう魔法なんだと思います」
彼女はすぐには答えなかった。
彼女はある男を探している。
その目的は、まだ果たされていない。
それなのに、ここで誰かに魔法を教えることになれば、時間も必要になるだろう。
「私は、ある人を探しています。そのために旅をしているんです」
「はい。先日、聞きました」
「だから、いつまでもここにいられるとは限りません」
「それでも構いません。教えてもらえる間だけでも、学びたいんです」
セレナは顔を上げた。
仮面の奥の目は、真剣そのものだった。
カナデはその視線を受け止め、やがて小さく息を吐いた。
「……分かりました。ここに滞在する間だけでよければ、教えます」
「本当ですか!」
「ただし、私も旅の途中です。いつでも教えられるとは限りません。それでもいいですね?」
「もちろんです!」
セレナは嬉しそうに頷いた。
彼女は、その様子を見て少しだけ表情を和らげた。
「それなら、まずはあなたが普段使っている魔法を見せてください。どこまでできるのか、確かめてみます」
「はい!」
*
陣地へ戻ると、ヒイラギが二人を出迎えた。
「おや。今日は一緒だったのか」
「はい。任務の途中で魔物に遭遇して、助けてもらいました」
「なるほどな」
ヒイラギは彼女へ視線を向けた。
「それで、セレナに会いたがっていた理由は解決したのか?」
彼女は少しだけ目を伏せた。
「……残念ながら、探している人とは違いました」
「そうか」
ヒイラギは、それ以上聞かなかった。
彼女が何を探しているのか、詳しい事情はまだ知らない。
けれど、彼女が簡単には諦められないものを追っていることだけは、伝わってきた。
「なら、しばらくはこの辺りにいるつもりか?」
「はい。もう少し、手がかりを探そうと思っています」
「そうか。なら、困ったことがあれば言ってくれ。俺たちも、できる範囲で協力しよう」
「ありがとうございます」
彼女は頭を下げた。
その横で、セレナはどこか落ち着かない様子だった。
ヒイラギがそれに気づき、口元を緩める。
「なんだ、セレナ。ずいぶん嬉しそうだな」
「そ、そんなことは……」
「魔法を教えてもらえることになったんだろう?」
「……えっ!分かりますか?」
「はは、しっかり学べよ。せっかくの機会なんだからな」
「はい!」
セレナは力強く返事をした。
こうして、彼の旅に新しい目的が加わった。
魔法を学ぶこと。
そして、彼女が探している勇者について、いつか力になれることがあれば力を貸したいと思った。
一方の彼女もまた、チャイムに残ることを決めた。
探している勇者の手がかりは、まだ見つかっていない。
けれど、この街で得られる情報が、いつか次の道を示してくれるかもしれない。
二人はまだ知らない。
それぞれが追い求めているものが、やがて同じ大陸へとつながっていくことを。
そして、その旅が海を越えることになるのも、もう少し先の話だった。




