第十六話 仮面の下の顔
それから数日、仮面の女はチャイムの街と討伐隊の陣地を行き来していた。
セレナが街へ来た時は、彼女は街の外へ出ていた。
セレナが討伐隊の任務で遠出をすると、彼女はその日に陣地を訪ねてきた。
まるで、どちらかが動くたびに、もう片方が反対の方向へ進んでしまうようなすれ違いだ。
「……どうして、こうなるのでしょう」
ある日の夕方、彼女は街の宿でひとり溜息をついた。
ヒイラギも何度か会う機会を作ろうとしてくれたが、任務の都合もあって、なかなかうまくいかない。
それでも、彼女は諦めなかった。
彼女にとって、セレナはただの仮面の剣士ではない。
探している人物につながるかもしれない、数少ない手がかりだった。
*
ようやく二人が顔を合わせたのは、街の近くにある小さな水場だった。
セレナは任務を終え、ひとりで水袋を満たしに来ていた。
水場のそばには木々が茂り、街の喧騒もほとんど聞こえない。
水袋の口を閉じたところで、背後から声がした。
「あなたが、セレナさんですか?」
振り返ると、仮面をつけた弓使いが立っていた。
背には弓。
腰には矢筒。
外套の隙間から見える装備は、旅慣れた者のものだった。
「そうですが……あなたは?」
「訳あって、名前は名乗れませんが。ヒイラギさんから、あなたのことを聞きました」
「ああ、あなたが……」
セレナは相手の姿を改めて見た。
自分と同じように、彼女も仮面をつけている。
顔は分からないが、声は落ち着いていて、こちらを注意深く観察しているようだった。
「僕に何か用でしょうか?」
「ひとつ、確かめたいことがあります」
彼女は一歩近づいた。
「あなたは、昔、ある勇者と会ったことはありますか?」
「勇者……?」
セレナは首を傾げた。
「どのような方でしょう」
「あなたと同じ仮面をつけた人です。普通の人間とは違う姿をしていて……でも、とても強くて優しい人でした」
その言葉に、セレナは少しだけ考えた。
仮面をつけた勇者。
普通とは違う姿。
心当たりがあるかと聞かれれば、答えに困る。
彼自身、この古びた仮面がいったいどのような経緯で手元に来たのか、すべてを知っているわけではないのだから。
「すみません。僕には、よく分かりません」
「……そうですか」
彼女の声に、落胆が混じった。
それでも、彼女はまだ諦めきれなかった。
「あなたの顔を、見せてもらえませんか?」
「顔、ですか?」
「お願いします。どうしても、確かめたいのです」
セレナは困惑した。
初対面の相手に顔を見せてほしいと言われるのは、奇妙な話だ。
けれど、彼女の声には真剣さがあった。
「……分かりました」
セレナは仮面に手を掛けた。
ゆっくりと外し、素顔を見せる。
銀色の髪。
まだ少年らしさの残る、穏やかな顔立ち。
仮面の下にあったのは、彼女が探していた者とは似ても似つかない、普通の若者の顔だった。
彼女はしばらく、言葉を失った。
「……違う」
その声は、ほとんど呟きだった。
「やっぱり、ムダ足でしたか……」
彼女は目を伏せた。
ここまで追いかけてきた。
もしかしたら、今度こそ会えるかもしれないと期待していた。
けれど、目の前にいるのは、探している勇者ではなかった。
「すみません。人違いでした」
「いや。なんか期待に添えなくてすみませんでした……」
セレナは仮面を手に持ったまま、心配そうに尋ねた。
「その勇者を、ずっと探しているのですか?」
彼女は答えず、しばらく水面を見つめていた。
やがて、ゆっくりと頷く。
「……昔、私を助けてくれた人なんです」
「そうですか」
セレナは、それ以上聞かなかった。
彼自身にも、うまく言葉にできない思いがあった。
「見つかるといいですね」
その言葉に、彼女は顔を上げた。
仮面越しに、セレナの視線がこちらを向いている。
同情でも、慰めでもない。
ただ、本当にそう願ってくれているような声だった。
「……ありがとうございます」
彼女は小さく頭を下げた。
それから、ふと彼の手元に目を留めた。
「ところで、あなたは魔法を使うのですか?」
「少しだけです。簡単な回復魔法くらいしか使えません」
「そうですか」
カナデは少し考えたあと、彼の手にある仮面を見た。
「あなたが探しているのは、魔法を教えてくれる方でしたね?」
セレナは驚いて顔を上げた。
「どうして、それを?」
「ヒイラギさんから聞きました。あなたは魔法を学ぶために旅をしている、と」
「はい。けれど、なかなか見つからなくて……」
「そうですか」
彼女は弓の位置を直した。
「なら、いつか成長した、あなたの魔法を見せてくださいね」
そう言って、彼女は水場から離れようとした。
その背中を見送りながら、セレナは胸の中に小さな引っ掛かりを覚えていた。
弓使いの旅人、魔法使いの情報を持っていないだろうか?彼女も魔法を使うのだろうか?
もう少し知りたいと思った。
何かが繋がろうとしていることを、セレナ自身もまだ理解していなかった。




