第十五話 仮面を追う者
チャイムの街は、今日も賑わっていた。
人間の商人が魔族の職人と値段を交渉し、露店では旅人向けの食料や道具が売られている。
街の広場では、子どもたちが追いかけっこをしていた。
その人混みの中を、ひとりの旅人が歩いていた。
頭から外套をかぶり、顔には仮面。
背には弓を背負い、腰には矢筒を提げている。
旅人は広場の片隅で足を止め、露店の主人へ声を掛けた。
「少し、尋ねたいことがあるのですが」
「はいよ。何をお探しで?」
「この街の近くで、魔物討伐をしている傭兵団はありますか?」
「傭兵団では無いが、この国の魔物討伐隊なら、街の外に陣地を構えているはずだ。ヒイラギって指揮官が率いている隊だな」
「ヒイラギ……」
旅人はその名を小さく繰り返した。
「その隊に、仮面をつけた剣士がいると聞いたのですが」
「ああ、いるらしいな。若いのに腕が立つって評判だ。詳しいことは知らないが」
「そうですか。ありがとうございます」
旅人は礼を言い、広場を離れた。
仮面の奥で、旅人は考え込んでいた。
仮面をつけた剣士。
魔物を相手にしても怯まず、ひとりで旅をしている男。
それだけなら、珍しい話ではない。
けれど、旅人が追い求めている人物もまた、仮面にまつわる噂を残していた。
かつて、村を救った男。
幼いころの記憶は曖昧になっている部分もある。
それでも、あのとき見た姿だけは忘れられなかった。
旅人は、もう一度その男に会いたかった。
どうしても確かめたいことがある。
そのために、各地で噂を集めてきた。
そして今、チャイムにひとつの手がかりが見つかった。
「……違っていたら、それまで」
自分に言い聞かせるように呟き、旅人は街の門へ向かった。
*
討伐隊の陣地は、街から少し離れた平地にあった。
旅人は門番に事情を説明し、ヒイラギとの面会を求めた。
「ヒイラギ隊長に何の用だ?」
「仮面の剣士について、少し話を聞きたいのです」
門番は怪訝そうに旅人を見たが、やがてひとりが陣地の奥へ走っていった。
しばらくすると、ヒイラギが姿を現した。
「俺に用があるそうだな」
「はい。こちらの討伐隊に、仮面をつけた剣士がいると聞きました」
「セレナのことか?」
その名前を聞いた瞬間、旅人の肩がわずかに動いた。
「……セレナ、というのですか」
「そうだ。腕の立つ傭兵だが、それがどうした?」
「その方に会わせていただけませんか?」
ヒイラギは少し考えた。
旅人の声は女性だった。そして、ただの好奇心とは違う切実さがあった。
だが、素性も目的も分からない相手を、すぐに仲間へ引き合わせるわけにもいかない。
「理由を聞かせてもらおう」
「……人を探しています。その人に似た特徴を持つ者がいると聞いたので」
「その人というのは?」
旅人は答えに迷った。
本当のことを話しても、信じてもらえるとは限らない。
しかし、信用を得るためには仕方がない。
「以前、私の村を助けていただいたお礼がしたくて……」
「そうか、あいつならありえるな。」
ヒイラギはそれ以上追及しなかった。
「セレナは、今は別の場所へ出ている。戻ってきたら話はしてみよう。
ただし、本人が会うかどうかは分からんぞ」
「それで構いません。ありがとうございます」
旅人は深く頭を下げた。
「名前は? 誰が来たと言えばいい?」
「……それは……事情がありまして……」
名を尋ねられた旅人は、ほんの少しだけ間を置いて答えた。
ヒイラギは事情があると悟り、小さくうなずいた。
「分かったよ。」
*
その日の夕方、セレナは討伐隊の仲間とともに陣地へ戻ってきた。
だが、仮面の女はすでに陣地を離れていた。
ヒイラギに、しばらく待つよう勧められたものの、街に戻り聞き込みを続けることにしたのだ。
「……仮面の剣士」
街道を歩きながら、彼女は考えていた。
ヒイラギの話では、彼はまだ若いらしい。
それでも、剣の腕は確かだという。
もし、本当にあの人なら。
胸の奥に、期待が膨らむ。
けれど、期待するのが怖くもあった。
これまでにも、似たような噂を追いかけては、何度も違うと分かった。
そのたび自分が探している人は、もういないのではないかという思いが、心の奥に積もっていった。
「今度こそ……」
小さく呟き、歩き続けた。
そのころ、セレナは陣地の焚き火を囲み、仲間たちと夕食を取っていた。
「そういえば、今日はお前を訪ねてきた旅人がいたぞ」
ヒイラギの言葉に、セレナは顔を上げた。
「僕をですか?」
「仮面をつけた弓使いの女だった。お前に会いたいと言っていた」
「弓使い……?」
「名前は名乗らなかったが、恩人を探しているらしい」
セレナは首を傾げた。
自分に会いたいという人間には、あまり心当たりがない。
「何か、僕が関わった村の人でしょうか」
「さあな。明日、街へ行くなら探してみるといい」
「分かりました」
翌朝、セレナは街へ向かった。
しかし、彼女はすでに街の外へ出ていた。
彼女は街道の先で、討伐隊が見廻りに向かうのを見つけ、声を掛けたが仮面の男セレナはその隊には居なかった。
結局その日、二人は互いの存在を知りながら出会うことはできなかった。




