第十四話 傭兵の日々
討伐隊に加わってから、セレナの生活は忙しくなった。
朝は日が昇る前に起き、兵士たちと一緒に食事を取る。
その日の討伐予定を確認し、街道や森の周辺を巡回する。
魔物を見つければ討伐し、危険が去れば素材を回収する。
ひとりで旅をしていたころとは違い、すべてを自分だけで判断する必要はなかった。
「セレナ、そっちの道はどうだった?」
「足跡はありましたが、かなり古いものです。少なくとも、今日のうちにこちらへ来ることはないと思います」
「よし。なら、予定どおり西側を調べよう」
ヒイラギはセレナの報告を聞くと、すぐに隊員たちへ指示を出した。
セレナは戦うだけでなく、周囲を観察することにも長けていた。
魔物が残した痕跡や、草木の倒れ方、地面に残るわずかな臭い。
そうしたものを見て、魔物がどちらへ移動したのかを推測する。
討伐隊の兵士たちも、次第に彼の判断を信頼するようになっていった。
もっとも、すべてが順調だったわけではない。
「おい、セレナ! 荷物を積む順番が違うぞ!」
「えっ?」
「重いものを先に置けって、さっき教えただろう!」
「すみません……」
戦闘では頼りになるセレナも、野営の準備や荷物の整理には不慣れだった。
ある日の夕方など、食事当番を任された彼が鍋を焦がしてしまい、兵士たちに大笑いされたこともあった。
「剣の腕はたつのには、料理は駄目なのか!」
「申し訳ありません。火加減を間違えました」
「いや、謝るなって。焦げたところを避ければ食える!」
そう言って、年上の兵士が鍋をかき混ぜる。
セレナは申し訳なさそうに立っていたが、やがて周囲の笑い声につられて、小さく笑った。
こうして誰かと食卓を囲むのは、思っていたよりも悪くなかった。
*
数日後、討伐隊は森の近くに現れた大型の魔獣を追っていた。
岩のように硬い皮膚を持つ獣で、正面からの攻撃は通りにくい。
兵士たちが左右から注意を引きつけ、ヒイラギが正面で指示を出していた。
「無理に正面から攻めるな! 脚を狙え!」
しかし、魔獣は体をひねり、近づいた兵士をはね飛ばそうとした。
セレナは横から駆け込んだ。
剣で脚の関節を狙い、魔獣の体勢を崩す。
「今だ!」
ヒイラギの合図と同時に、兵士たちが一斉に攻撃を仕掛けた。
魔獣は大きくよろめき、ついに地面へ倒れ込んだ。
戦いが終わると、はね飛ばされた兵士のもとへセレナが駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「いてて……骨は折れてない。たぶんな」
「無理に立たないでください」
セレナは男の腕を支え、ほかの兵士たちへ応援を求めた。
ヒイラギはその様子を見ながら、満足そうに頷いた。
「お前は、よく周りを見ているな」
「仲間が怪我をしたら心配で……」
「そうか」
ヒイラギは短く答えた。
その横顔にほんの一瞬、微笑みが浮かんだ。
「ん?何か?」
「いや。なんでもない」
ヒイラギは笑って、セレナの肩を軽く叩いた。
「よくやった。今夜は少しばかり豪勢にいこう」
「豪勢、ですか?」
「魔獣の素材が高く売れそうだからな。たまにはいいだろう」
兵士たちから歓声が上がった。
その夜、討伐隊の陣地にはいつもより多くの笑い声が響いた。
*
それから、さらに日々が過ぎていった。
セレナは傭兵として仕事をこなしながら、魔法使いの情報を集め続けていた。
討伐軍の中には魔法を使える者もいたが、彼らの技術はセレナが求めるものとは違っていた。
それでも、まったく無駄ではない。
道具を使って魔力を蓄える方法。
傷を塞ぐための簡単な術。
小さな知識をひとつずつ拾い集めるたび、セレナは自分の知らない世界がどれほど広いのかを思い知らされた。
「焦るな、セレナ」
ある夜、焚き火を囲んでいると、ヒイラギが言った。
「何かを学ぶには時間がかかる。剣だって、最初から今の腕だったわけじゃないだろう?」
「……そうですね」
「それに、お前はまだ若い。これからいくらでも学べるさ」
セレナは火を見つめた。
魔法を使いこなせるようになりたい。
誰かを助けられる力が欲しい。
その願いは、旅に出たときから変わっていない。
「ありがとうございます、ヒイラギさん」
「よせよ。俺は大したことは言っていない」
ヒイラギは照れくさそうに頭を掻いた。
セレナは、そんな彼の姿を見て笑った。
旅に出てから、季節が少しずつ移り変わっていた。
そして、チャイムの街には、仮面をつけた弓使いが現れ始めていた。




