第十二話 青白い光の噂
その日の午後、セレナは街へ戻ると、道具屋で食料と水袋を買い足した。
森へ向かう準備を進めながら、もう一度、店主に地図を見せてもらう。
森の入り口までは街道が続いている。
しかし、その先は細い道がいくつか分かれているだけで、詳しい地形は描かれていなかった。
「奥へ行くなら、道に迷わないよう気をつけろよ」
店主はそう念を押した。
「はい。まずは入り口付近を調べるつもりです」
「それなら、日が暮れる前に戻ってこられるだろう。無理はするなよ」
セレナは礼を言い、店を出た。
明日の朝、森へ向かうことにした。
魔法を使う者が本当にいるのなら、何か手がかりが見つかるかもしれない。
何も見つからなかったとしても、森を知ることは無駄にはならないだろう。
*
翌朝。
セレナは日の出とともに宿屋を出発した。
街を抜け、北西へ向かう街道を歩く。
しばらくすると、周囲の建物が少なくなり、畑や牧草地が目立つようになった。
さらに進むと、道の向こうに木々の連なりが見えてきた。
それが、チャイム近郊の森だった。
永遠の森のような広大な森ではない。
街からもそれほど離れておらず、周辺には薬草採りや狩人が使う道が通っている。
セレナは森の入り口で足を止めた。
木々の間から、湿った土と草の匂いが漂ってくる。
鳥の鳴き声が聞こえ、枝葉の隙間から朝日が差し込んでいた。
一見すると、どこにでもある普通の森だ。
「……さて」
セレナは地図を確かめ、街道から大きく外れないように歩き始めた。
森の中には、薬草採りが踏み固めた細い道があった。
ところどころに人の足跡が残り、折れた枝や刈り取られた草も見つかる。
人が出入りしていることは間違いない。
だが、魔法使いがいるという確かな証拠はなかった。
セレナは時折立ち止まり、周囲の気配を探った。
魔力の流れを感じ取ろうとしてみる。
けれど、木々や土の中にある自然な魔力と、誰かが使った魔法の痕跡を見分けるのは難しかった。
「やっぱり、簡単には分からないか……」
小さく呟き、再び歩き出す。
しばらく進むと、道の脇に薬草が群生している場所を見つけた。
昨日の女性が話していた場所かもしれない。
セレナは薬草を傷つけないように気をつけながら、その周囲を調べた。
すると、近くの木の幹に、小さな傷があることに気づいた。
何かが刺さったような跡だった。
「これは……」
傷の周囲には、黒く焦げた部分が残っていた。
セレナは木の根元を調べた。
矢そのものは見つからなかったが、地面には小さな紙片が落ちていた。
拾い上げてみると、紙には細い線と円を組み合わせた模様が描かれている。
ただの文字ではない。
魔法陣に似ているが、セレナが知っているものとは形が違った。
「矢に巻きつけていた紙……なのか?」
紙片は古びていたが、模様はかろうじて読み取れた。
セレナはしばらく眺めたあと、慎重に折り畳んで革袋へしまった。
魔法の仕組みが分かるわけではない。
それでも、何もないと思っていた場所に、確かな痕跡が残されていた。
そのことが嬉しかった。
森を出る頃には、太陽がかなり高くなっていた。
セレナは街道脇の岩に腰を下ろし、持ってきた水を飲んだ。
半日も歩いていないのに、思った以上に疲れていた。
魔法を使う者を探すという目的だけなら、今日の成果は小さい。
それでも、手がかりは得られた。
セレナは革袋から紙片を取り出し、もう一度模様を眺めた。
魔法を使うには、才能だけでなく、知識も必要なのだろう。
自分が知っていることは、まだほんのわずかだ。
だからこそ、学びたい。
以前、熱を出した子供を前にしたとき、自分の魔法がほとんど役に立たなかったことを思い出す。
あのとき感じた悔しさは、今も胸に残っていた。
「いつか、もっと……」
言葉を切り、セレナは紙片をしまった。
今はまだ、できることを増やしていくしかない。
街へ戻ったら、魔法道具店の店主にこの模様を見せてみよう。
何か分かるかもしれない。
そう考え、彼は立ち上がった。
*
チャイムへ戻ると、街は午後の賑わいに包まれていた。
セレナはまず魔法道具店へ向かい、見つけた紙片を店主に見せた。
店主は紙片を受け取り、しばらく角度を変えながら眺めた。
「ふむ……」
「何か分かりますか?」
「いや、これだけでは何とも言えんな。魔法陣の一部にも見えるが、道具に刻むための記号かもしれない」
「矢に巻きつけて使っていたようです」
「矢に?」
店主は目を細めた。
「なるほど。魔力を直接扱うのではなく、何かの道具を通して魔法を発動させているのかもしれん」
「そういう使い方があるのですか?」
「仕組み次第ではな。だが、これは私が普段扱っているものとは違う。知っている者がいるとすれば、魔法陣や術式を専門に研究している者だろう」
「そのような方をご存じありませんか?」
店主はしばらく考え込んだ。
「この街では聞いたことがないな。少なくとも、私が知る範囲では」
セレナは少し肩を落とした。
しかし、店主はすぐに言葉を続けた。
「ただ、チャイムにいないからといって、この大陸にいないとは限らん。魔法を研究する者は、街から離れた場所で暮らすこともある。人付き合いが苦手だったり、研究に没頭したかったりするからな」
「森に住んでいる方もいる、ということですね」
「そういうことだ」
店主は紙片を返した。
「いつか、これが何なのか分かる日が来るかもしれん」
「はい。」
セレナは紙片を革袋へしまった。
*
その夜、宿屋の部屋で、セレナは地図を広げた。
チャイムの北西にある森。
そこで見つけた紙片に刻まれた模様。
まだ、魔法使いの居場所は分からない。
しかし、今回の調査で、自分が学びたい魔法がどのようなものなのか、少しだけ考えが変わった。
魔法は、火や水を生み出すだけのものではない。
道具に仕組みを刻み、矢に力を宿し、目に見えない働きを生み出すこともできる。
自分には、まだ知らないことが多すぎる。
だからこそ、誰かに教わりたい。
セレナは地図を畳み、窓の外を見た。
明日は、別の場所で話を聞いてみよう。
森の調査は、準備を整えてからもう一度行えばいい。
焦る必要はない。
旅はまだ、始まったばかりなのだから。
そう自分に言い聞かせ、セレナは灯りを消した。




