第十一話 森を知る者
翌朝、セレナは宿屋で簡単な朝食を済ませると、街の北側へ向かった。
昨日、魔法道具店で聞いた話が気になっていた。
チャイムの近郊には、魔法に詳しい者がいるかもしれない。
まずは、その手がかりを確かめてみるつもりだった。
街の北側には、旅人や荷運びの者が使う道具を扱う店が並んでいる。
セレナはそのうちの一軒に入り、店主に尋ねた。
「すみません、この街に魔法を研究している方はいませんか?」
「魔法を研究している奴か?」
店主は棚から縄を取り出しながら、首を傾げた。
「魔法道具の職人もいるし治療師もいる。だが研究となると……」
「いろいろな魔法を使う魔法使いを探しているんですが…」
店主は縄を棚へ戻し、カウンターに肘をついた。
「役にたつかは分からんが、この街の北西に小さな森があるんだ」
「森ですか?」
「ああ。何年か前、その森の近くで変わった魔法を使う旅人が目撃されたことがある。詳しいことは知らんが、青白い光が木々の間に浮かんでいたそうだ」
セレナの目が輝いた。
「その方が、今も森にいる可能性は?」
「さあな。旅人だったという話だから、もう別の土地へ移っているかもしれん」
店主は少し考えてから、棚の下から古い地図を取り出した。
「森の場所ならこの地図に載っている。ただし、奥まで詳しく描かれているわけじゃない。道を外れれば迷うこともあるだろう」
セレナは地図を受け取り、描かれた森の位置を確かめた。
チャイムの街から北西へ向かえば、徒歩で半日もかからない距離らしい。
「ありがとうございます、参考になりました」
「待ちな。森へ行くつもりなら、先に森を知っている者を訪ねた方がいい」
「森を知っている方?」
「北門の外に、薬草採りの婆さんが住んでいる。長年この辺りの森に通っている人だ。どこが危険で、どこなら人が入れるのか、よく知っているはずだ」
「ぜひ、お話を伺いたいです」
セレナは礼を言い、店を出た。
*
北門を抜け、街道をしばらく歩くと、道の脇に小さな畑が見えてきた。
畑の周囲には低い柵が巡らされ、家の前には薬草を干すための棚が置かれている。
その脇で、腰の曲がった老婆が薬草を仕分けていた。
「おはようございます」
セレナが声をかけると、老婆は顔を上げた。
「おや、旅の人かい?」
「はい。突然すみません。この近くの森について、お話を伺いたくて」
老婆はセレナの仮面を眺め、それから彼の腰にある剣へ目を移した。
「森へ入るつもりかい?」
「まだ決めたわけではありません。森の中で、魔法を使う方が目撃されたと聞いたんです」
「魔法を使う人ねえ……」
老婆は薬草を籠へ入れ、ゆっくりと腰を伸ばした。
「そんな話があったのは確かだよ。もっとも、私が直接見たわけじゃないけれどね」
「どのような魔法だったのでしょうか?」
「夜、森の奥に青白い光が浮かんでいたそうだよ。火のように揺れるわけでもなく、しばらく同じ場所に留まっていたんだとか」
セレナは真剣に耳を傾けた。
「その光が見えた場所は分かりますか?」
「大体の方角ならね。でも、正確な場所までは分からない。森の奥は昔から人があまり近づかないからね~」
「危険な魔獣がいるのでしょうか?」
「それもあるだろうね。ただ、魔獣だけが理由じゃない」
老婆は森の方角を見つめた。
「この辺りには、森の奥へ入った者が道に迷ったという話がいくつもある。木々が似ているからだと言う者もいれば、不思議な魔法が働いているのだと言う者もいる」
「実際に、魔法が使われている可能性があると?」
「さあね。私には分からないよ。ただ、分からないものを分からぬまま行くのには感心しないね」
セレナは少し恥ずかしそうに頷いた。
「おっしゃるとおりです」
老婆は彼の返事を聞くと、家の前に置かれた椅子を指した。
「立ち話も何だ。お茶くらいなら出せるよ」
「ありがとうございます」
セレナは勧められるまま椅子に座った。
老婆が持ってきた茶は、薬草の香りが強かった。
一口飲むと、少し苦いが、喉の奥がすっとする。
「この森には、エルフが住んでいるという話も聞いたことがあります」
セレナが尋ねると、老婆は首を傾げた。
「エルフかい。永遠の森の方ならそういう話もあるだろうね」
「永遠の森……?」
「中央大陸王都の北に広がる大きな森さ。ここからは海を越えた先の話だよ。この辺りの森とは別の場所さ」
セレナは頷いた。
自分が今いるのは西の大陸だ。
永遠の森は遠い。
「この近くの森にも、エルフがいるのでしょうか?」
「私は見たことがないね。本当にいるかどうかも知らない。ただ、森の奥で不思議な光を見たという話と、森に住むエルフの話が、いつの間にか混ざってしまったのかもしれないよ」
セレナは考え込んだ。
人々の噂は、必ずしも正確ではない。
別々の出来事が結びつき、いつの間にか一つの話になってしまうこともあるのだろう。
「森へ行くなら、まずは入り口付近から確かめてみることだね。奥へ入るのは、それからでも遅くないよ」
「分かりました。ありがとうございます」
セレナは深く頭を下げた。
*
老婆の家をあとにした後、セレナは街へ戻る道を歩いていた。
森へ行く前に、必要なものを揃えなければならない。
食料と水。
森の地形を記した地図。
考えることは多かった。
けれど、不思議と気持ちは弾んでいた。
自分の探す魔法使いが、すぐ近くにいるかもしれない。
そう思うだけで、足取りが軽くなる。
やがて街道の脇に、小さな荷車が停まっているのが見えた。
車輪の片方が外れかけており、荷台には薬草の籠がいくつも積まれている。
そばでは、若い女性が困った顔で車輪を調べていた。
「どうかしましたか?」
声をかけると、女性は顔を上げた。
「車輪の留め具が外れてしまって……。街まで戻りたいのですが、このままでは荷物を運べそうになくて」
セレナは荷車のそばにしゃがみ込んだ。
留め具そのものは壊れていない。ただ、軸から外れかけているようだった。
「少し持ち上げます。留め具を押し戻せますか?」
「はい、やってみます」
セレナが荷台を持ち上げ、女性が留め具を押し込む。
何度か位置を調整すると、車輪は元どおりに固定された。
「これで大丈夫だと思います」
「助かりました。ありがとうございます」
女性は安堵したように笑った。
「近くで薬草を採っているんですが、今日は少し欲張ってしまいました」
「森の近くですか?」
「はい。奥には入りませんけれど、入り口付近なら薬草がよく育つ場所があるんです」
セレナは少し考えた。
「森の中で、魔法を使う人を見かけたことはありますか?」
「魔法を使う人、ですか?」
女性は首を傾げた。
「見たわけではありませんが、以前、森の入り口近くで不思議な矢を見たことがありますよ」
「矢?」
「木の幹に刺さっていたんです。普通の矢ではなくて、矢尻の近くに小さな紙が巻きつけられていました。紙には、見たことのない模様が描かれていました」
セレナは興味を引かれた。
「その紙は今も残っていますか?」
「もうなくなっていました。矢も古くなっていたので、誰かが使ったあとだったのかもしれません」
「矢の周りには何か変わったことはありませんでしたか?」
「木の幹が少し黒く焦げていました。何かの魔法が働いたのかもしれませんね」
セレナは、その話を頭の中で繰り返した。
魔法の模様が描かれた紙。
魔法を使う者が、矢を利用していたのだろうか。
自分が知っている魔法とは、違う使い方かもしれない。
女性は荷車の持ち手を握り直した。
「最近、森の周りで、あなたの様に仮面をつけた旅人を見かけたという話もありますよ。私も一度、遠くに人影を見ました。顔は分かりませんでしたけれど」
セレナは自分の仮面に触れた。
仮面をつけた旅人。
魔法の矢。
そして、森の奥に現れる青白い光。
今は、まだ分からないことばかりだった。
「いろいろと教えてくださって、ありがとうございました」
「いえ。こちらこそ、荷車を直していただいて助かりました」
女性は荷車を押し始めた。
セレナはその後ろ姿を見送り、街へ戻る道を歩き出した。
自分の知らない魔法は、まだまだたくさんある。
そう思うと、胸の奥が熱くなった。




