地下探索
石積みの向こうは、暗闇だった。
外から差し込む光も、数段降りればほとんど届かなくなる。
ターケシは持ってきた松明に火をつけた。
ぼっ。
炎が燃え上がり、古い石壁が橙色の光の中に浮かび上がる。
「ロザリア。魔法は温存しておけ。」
「分かっていますわ。」
この先、いつ戦闘になるか分からない。
明かりを得るだけなら、松明で十分だった。
ターケシが先頭に立つ。
左手に松明。
大盾はすぐ使えるように構え、骨大刀を背負ったまま、一段ずつ石段を降りていく。
その後ろにシフォン。
ユヅカ。
最後尾をロザリアが警戒する。
コツ。
コツ。
靴音が、地下へ続く石段に響いた。
壁は古い。
ところどころ石の角が欠け、細かな砂や石片が階段の上に落ちている。
「気をつけろ。」
ターケシが足を止めた。
松明を低くして、足元を照らす。
「足元にも、罠にもな。」
「罠?」
ユヅカが聞き返す。
「ああ。侵入者を防ぐための場所なら、何が仕掛けてあってもおかしくない。」
ターケシは松明を床へ近づけた。
石の継ぎ目を確かめる。
「落とし穴。踏んだら矢が飛んでくる仕掛け。石が落ちてくる罠。そういうのだ。」
「そんなの、本当にあるの?」
「ある。」
あっさり答える。
「だから、変な床や石を見つけても踏むな。壁に何かあっても勝手に触るな。」
「……分かった。」
ターケシは今度は松明を掲げた。
天井を照らす。
「それとは別に、ここが最後にいつ使われたのかも分からん。罠がなくても、老朽化で天井が落ちることはある。」
ところどころに亀裂が走り、石の角が欠けている。
「落石や崩落にも気をつけろ。壁や柱にも不用意に触るなよ。何が崩れるか分からん。」
「はい。」
シフォンの返事も、いつもより小さい。
灰色の耳がぴんと立っている。
「何か聞こえるか?」
「今のところは何も。」
鼻を動かす。
「匂いも……土と石と、古い水みたいな匂いです。」
「そうか。」
再び歩き出す。
しばらくして、シフォンが口を開いた。
「今さらですけど。」
「ん?」
「本当にこんなところにフィリアさんがいるんでしょうか……?」
誰もすぐには答えなかった。
古い御伽噺。
死者と魂についての記録。
何百年も前の図面。
そして、リュシアンが残した曖昧な言葉。
それらをつなぎ合わせて、ここまで来た。
確かな証拠があるわけではない。
ターケシは前を向いたまま答えた。
「行ってみないと分からんだろう。」
「……そうですね。」
「違ってたら戻ればいい。」
松明を掲げる。
その先には、まだ石段が続いている。
「冒険者なんて、そんなもんだ。」
ターケシは歩きながら続けた。
「前回の廃鉱山の時は、ゴブリンが出て、オークが出て。」
「いましたね。」
シフォンが頷く。
「果ては大ミミズに大蜘蛛まで。」
「大蜘蛛……?」
ユヅカの声が少しだけ引きつった。
「でかかったぞ。」
「どれくらい?」
「人間よりでかい。」
「聞かなきゃよかった。」
さすがに、入口まで封鎖されていた世界樹の、それもエルフの王宮の地下に、ゴブリンやオークが住み着いているとは思えない。
だが、何があるのか分からないという意味では同じだった。
何百年も前の図面に残されていた、使われなくなった地下施設。
誰が最後に足を踏み入れたのかも分からない。
ターケシは松明の向こうに広がる暗闇を見つめた。
「財宝を守るドラゴンがいても、おかしいとは思わないな。」
「ドラゴン!?」
ユヅカが父親を見る。
「いるの!?」
「知らん。」
「いるみたいに言わないでよ!」
「だから、何がいるか分からんと言ってる。」
「ドラゴンがいたらどうするんですか?」
シフォンが尋ねる。
ターケシは少し考えた。
「逃げる。」
「ですよね。」
「戦わないの?」
ユヅカが意外そうに聞く。
「何で戦うんだ。」
「いや、その格好なら魔王軍のドラゴンくらい……。」
「俺を何だと思ってる。」
そんな話をしながらも、ターケシの足取りは慎重だった。
松明の光を足元へ向ける。
一段。
また一段。
やがて、長い石段が終わった。
その先には、まっすぐな通路が続いている。
ターケシは足を止めた。
「……ここから違うな。」
松明を掲げる。
階段までは、明らかに石造りだった。
だが、その先は違う。
壁も。
天井も。
床も。
すべてが、石とも金属ともつかない硬い物質で覆われている。
色は暗い灰色。
表面には継ぎ目らしき線が走っているが、石を積み上げたようには見えない。
そして、そのところどころが薄緑色にぼんやりと光っていた。
壁の一部。
天井の継ぎ目。
床の端。
淡い光が灰色の通路に滲み、暗闇の中に壁や床の輪郭だけを浮かび上がらせている。
明かりと呼ぶには弱い。
松明がなければ、少し先を見ることさえ難しいだろう。
「……光ってる。」
ユヅカが呟いた。
「何なの、これ。」
「分からん。」
ターケシは松明を壁へ近づけた。
光っている部分が燃えているわけではない。
熱も感じない。
「魔法でしょうか。」
ロザリアが目を細める。
「かもしれんな。」
それ以上は分からない。
ターケシはしゃがみ込み、今度は床へ松明を近づけた。
平らだった。
入口の石段のような凹凸も、石と石との隙間もほとんどない。
「何でできてるんだ、これ。」
「分かりませんわ。」
ロザリアも壁を眺める。
ユヅカがそっと近づいた。
「石……じゃないの?」
「さあな。」
ターケシは立ち上がった。
「少なくとも、俺の知ってる石には見えん。」
試しに靴底で床を軽く叩く。
コン。
硬い音が返ってきた。
金属にも聞こえる。
だが、金属とも少し違う。
何百年もの間、地下に閉ざされていたはずなのに、表面にはひどく崩れた様子もない。
「世界樹の地下って、こうなってるんですね……。」
シフォンが呟く。
「いや。」
ターケシは松明を前へ向けた。
「今のところ、俺たちにも分からん。」
橙色の炎の向こう。
薄緑色の光が、ところどころ闇の中に浮かんでいる。
そのさらに先まで、灰色の通路は続いていた。
「行くぞ。」
四人は再び歩き出した。
靴音が変わる。
コッ。
コッ。
先ほどまでの石段とは違う、硬く乾いた音が通路の奥へ響いていった。
しばらく進んだ、その時だった。
キィ……。
どこかで、何かが軋んだ。
四人の足が止まる。
キィィ……。
「……今、何か聞こえませんでしたか?」
シフォンだった。
灰色の耳が、暗闇へ向かってぴんと立っている。
ターケシも足を止め、松明を掲げた。
炎の向こうには、何も見えない。
「何の音だ?」
「分かりません。でも、向こうから……。」
シフォンが通路の先を指す。
ターケシは大盾を前へ出した。
「死者を葬っていた場所だからな。」
「はい?」
「スケルトンとかかな。」
「ス、スケルトン!?」
ユヅカが父親を見る。
ターケシたちにとっては、それほど珍しい敵ではない。
だが、ユヅカにとっては違う。
元の世界でも、この世界でも、普通に暮らしてきた人間が、動く骸骨と遭遇する機会などない。
「いるの!? 本当に!?」
「いるぞ。」
「普通に言わないでよ!」
「魔物だからな。」
「そういう問題!?」
「ご主人様。」
シフォンが二人の会話を遮った。
耳を澄ませている。
「違うと思います。」
「何がだ?」
「骨が動く音じゃありません。」
キィ……。
キィィ……。
確かに聞こえる。
何かが擦れるような音。
硬いもの同士が触れ合っている。
「もっと……金属みたいな――」
ガバッ!!
シフォンの言葉を遮るように、通路前方の天井が開いた。
「!」
何かが落ちてくる。
ガシャン!!
金属音。
ターケシが即座に大盾を構えた。
「下がれ!」
松明の炎が大きく揺れる。
その向こう。
薄緑色の光が漂う通路の中央に、何かがいた。
人。
一瞬、そう見えた。
だが。
違う。
上半身は人間を模している。
頭。
胴体。
二本の腕。
だが、その身体には肌も服もない。
鈍く光る金属の板と関節。
そして、下半身。
「……車輪?」
ユヅカが呟いた。
脚がない。
腰から下には、人間の脚の代わりに、左右一対の大きな車輪が取り付けられている。
まるで車椅子の車輪を、そのまま人型の胴体へ取り付けたような姿だった。
キィ……。
車輪がわずかに動いた。
一目で分かる。
生き物ではない。
「に、人形……?」
シフォンが呟く。
ユヅカは目を見開いた。
「まさか……。」
金属の人型を見つめる。
「自動機械!?」
「おーとまた?」
シフォンが聞き返す。
だが、ユヅカは答えなかった。
自動で動く機械。
人間の命令によって、自ら動作する機械。
そんなものは元の世界でさえ、人間と同じように自律して動くものが当たり前に存在していたわけではない。
まして、ここは異世界だった。
魔法があり。
エルフがいて。
世界樹がある。
それでも。
何百年も前から閉ざされていた地下で、突然それが現れるなど想像していなかった。
キィィ……。
機械人形の車輪が回った。
その頭部が動く。
ギギ……。
ゆっくりと。
四人の方を向いた。




