閉ざされた道
「世界樹の地下に行くのに、町の中に入口があるなんてな。」
古い図面を片手に、ターケシは目の前の壁を見上げた。
「……って、やっぱりただの壁じゃない。」
建物と建物の間にある、細い路地の突き当たり。
そこを塞いでいるのは、古びた石積みの壁だった。
煉瓦のように同じ形のものを規則正しく並べた壁ではない。
大小さまざまな石を削り、形を合わせながら積み重ねてある。長い年月を経て表面は黒ずみ、石と石の隙間には苔が入り込んでいるところもあった。
当然ながら、扉らしきものはない。
階段もない。
古い図面を知らなければ、ここに地下への入口があったかもしれない、などとは思わないだろう。
「図面では、ここなんだよな?」
「間違いないわ。」
ユヅカも図面と壁を見比べる。
「……それはそうと。」
三人を眺める。
「……何だ?」
ターケシが尋ねる。
「うーん。」
ユヅカは父親を上から下まで見る。
革鎧。
ワイバーンの鱗で作られた大盾。
背負った巨大な骨大刀。
その隣では、シフォンもよく似た茶色の革鎧を身につけている。胸当てに肩当て、籠手。腰には二本の剣。
ロザリアは二人よりも軽装だった。
身体の動きを妨げない細身の鎧に、右肩だけを守る金属製の肩当て。腰には細身の剣を佩き、盾も携えている。
図書館で本に囲まれていた三人とは、まるで印象が違った。
「本当に冒険者なんだ……。」
「今さらか?」
「だって、こういう格好してるところ初めて見たもの。」
シフォンが自分の姿を見下ろした。
「変ですか?」
ユヅカは首を振った。
「ううん、カッコいいわ!」
「本当ですか!」
シフォンの尻尾が大きく揺れる。
「ロザリアさんもカッコいい。」
「ありがとうございます。」
そして、もう一度父親を見る。
「でも、お父さんは不審さが増したわね。」
「なぜだ。」
「その大きな盾と骨みたいな剣。」
「冒険者の装備だ。」
「お父さんだけ、これから魔王でも倒しに行きそう。というか、魔王軍の一員ね。」
「今日は、地下を調べに行くだけだが。」
「その見た目で言われても説得力ないわよ。」
父子のやり取りの横で、ロザリアが壁を見つめていた。
やがて近づき、石の表面に触れる。
少し離れる。
今度は左右の壁を見る。
「どうした?」
「ここ。」
ロザリアが壁の一角を指した。
「ここだけ、少し違います。」
「違う?」
一見しただけでは分からない。
だが、指摘されてから見ると確かに違和感がある。
周囲の古い壁は、大小の石が不規則に組み合わされている。
ところがロザリアが示した一角だけは、比較的似た大きさの小さな石が多く、積み方もわずかに整っている。
「後から積んだ跡か?」
「そこまでは断定できないですわ。」
ロザリアが石の継ぎ目を指でなぞる。
「歴史ある城壁では、建築当初と修築された場所は石材や積み方が違うことがあります。」
もう一度、壁全体を見る。
「これも同じなら、ここだけ後から作られた壁かもしれませんわ。」
シフォンが壁を見上げた。
「元々あった入口を塞いだってことなんですか?」
「その可能性がある、ということですわ。」
ターケシは古い図面へ目を落とした。
現在地。
壁の向こうへ伸びる細い線。
その先から、地下へ降りていく階段。
位置は合っている。
「壊してみるか。」
あっさりと言うターケシに、ユヅカがツッコむ。
「簡単に言うけど、ダイナマイトとかがあるわけないわよね?」
ロザリアが剣を抜いた。
「私がやりますわ。」
「できるんですか!?」
「壁の厚さによりますけれど。」
切っ先が、周囲とは積み方の違う部分との境目を示す。
「切るなら、ここです。」
「ここ……?」
「見ててください!」
シフォンが堂々と胸を張る。
ロザリアが数歩下がった。
剣を構える。
呼吸を整える。
「ハリントン流奥義、四の太刀及び五の太刀――」
踏み込む。
「『水星』『天王星』!」
縦と、横。
二閃。
鋭い斬撃が十字を描いた。
石の粉が舞い、乾いた音とともに細かな欠片が地面へ落ちる。
ロザリアは剣を止めた。
十字に走った斬撃の跡を確認する。
「切った感じからは、それほど厚みを感じませんでしたわ。」
「ということは?」
「さらに押せば、崩せそうですわ。」
そう言って、今度は左手に盾を構えた。
足を開く。
腰を落とす。
盾を石積みの中央へ押し当てた。
「ハリントン流――」
一歩。
身体ごと、盾へ力を乗せる。
「『満月』!」
ドンッ!!
鈍い音が路地に響いた。
石積みが軋む。
十字に断たれた中央部分が奥へずれた。
次の瞬間。
ガラッ。
一つの石が向こう側へ落ちる。
続いて二つ。
三つ。
ガラガラガラッ!!
積み上げられていた石が奥側へ崩れ落ちた。
「おお。」
壁の中央に、小さな穴が開いている。
暗い。
その向こうに空間がある。
「……。」
ユヅカだけが、壁を見ていなかった。
ロザリアを見ていた。
目が輝いている。
「ロザリア……お姉様!」
「な、何ですの?」
駆け寄る。
ほとんど抱きつかんばかりの勢いだった。
「お姉様と呼ばせてください!」
「……はい?」
「今のすごい! 『水星』と『天王星』ですよね!? それに最後の盾の技!」
「え、ええ。『満月』ですわ。」
「満月!」
ユヅカが嬉しそうに繰り返す。
「剣道とは全然違う! どうやって斬ってるんですか? 足は? 最初の縦斬りから横斬りに移るとき、握りは変えてるんですか?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいな。」
珍しくロザリアが押されている。
「お父さん、見た!?」
「ああ。」
「すごいよ!」
「そうだな。」
「反応薄くない!?」
「俺は前にも見てるから。」
「ずるい!」
「何がだ。」
シフォンが開いた穴から中を覗き込む。
「ご主人様。これ、まだ通れませんよ。」
「そうだな。」
ターケシは大盾を置いた。
「広げるか。」
「はい!」
二人が穴の前にしゃがみ込む。
すでに中央が抜けた石積みは、先ほどまでとは違っていた。
穴の縁には不安定になった石が残り、ところどころ隙間が開いている。
ターケシが一つを両手でつかんだ。
「これからだな。」
力を込める。
石が抜けた。
シフォンも隣の小さな石を引き抜く。
「取れました!」
「下から適当に抜くなよ。上が崩れるぞ。」
「はい。」
一つずつ。
崩れ方を確かめながら、邪魔な石を取り除いていく。
やがて、人一人が屈んで通れるほどの穴が開いた。
向こう側には、崩れた石が散らばっている。
そのさらに奥。
暗闇の中へ。
古い石段が、下へ続いていた。
ターケシはその先を見つめる。
何百年もの間、石積みの向こうに閉ざされていた道。
世界樹の地下へ続く入口が、そこにあった。




