五人家族
その後、ユヅカはいったん自分の部屋へ戻ることになった。
明日は朝から大図書館で調べものをする。
だが、その前に、今日の晩御飯だった。
「晩御飯です!」
食堂の席に着いたシフォンが、嬉しそうに言った。
「晩御飯だな。」
「さっきまで晩御飯の相談をしていたのですから、当然ですわ。」
ロザリアが何食わぬ顔で言った。
シフォンは、運ばれてきた料理に目を輝かせていた。
温かなスープに、焼いた鹿肉と野菜。籠には切り分けられたパンが盛られ、木の実のデザートもある。
ここエルフ王国では、特に肉は貴重品である。それでも、さすがに賓客だけあって、あるいはここでも女王の口添えがあったのか、食事は質、量ともに充分だった。
しばらくは三人とも、いつもどおり食事をする。
やがて。
「ご主人様。」
パンをちぎっていたシフォンが、ふと顔を上げた。
「ん?」
「ご主人様って、私たちと出会う前は、どんな感じだったんですか?」
ターケシの手が止まった。
「俺?」
「はい。」
シフォンは頷いた。
「ユヅカさんと十年前に離れ離れになったんですよね?」
「ああ。」
「ご家族のこととか、聞きたいです。」
ターケシは少し意外に思って、シフォンを見る。
隣ではロザリアも食事の手を止めていた。
「そういえば……。」
ロザリアが言う。
「私たち、ほとんど知りませんわね。」
「そうですね。」
シフォンが指を折る。
「奥さんがいて、娘さんが三人いて。二番目がユヅカさん。」
「そこまでは聞きましたわ。」
「あとは……。」
シフォンは少し考えた。
「だから、どんな家族だったのかなって。」
「そうだなぁ……。」
ターケシは椅子の背にもたれた。
十年前。
今となっては、遠い昔だった。
だが、ユヅカと再会したせいだろう。
昨日までより、ずっと近く感じる。
家族の顔を思い出す。
「妻はユカリ。」
シフォンが黙って聞く。
「俺が十八歳の時、最初の子どもが産まれた。俺の住んでた所では、早い方だった。」
「女の子でな。フミカっていう。笑っても泣いても、いたずらしても可愛かった。」
ターケシは懐かしそうに笑った。
「親戚の同年代の中で一番年上だったからか、優しくて、小さい子の面倒見の良い子になった。」
「二番目がユヅカ。母親か姉にいつもくっついてる甘えん坊で、よく笑う子だったけど、いたずらしてる時が一番いい顔で笑ってた。」
今日見た、娘の顔が浮かぶ。
「今思えば、聡い子だった。五歳までしか知らないけどな。今日会うまでは。」
シフォンが笑う。
ロザリアも小さく笑った。
「今でも、その面影はありますわね。」
「あるだろ。」
ターケシはパンを一口食べる。
「絵本を読むのが好きだったな。」
「今と同じですね。」
「ああ。」
ターケシも笑った。
「三番目のモモカは、俺がこっちに来た時、産まれて半年と少しだった。やっと俺に懐いてきた頃の赤ん坊だった。」
「赤ちゃんだったんですね……。」
「ああ。」
「奥さんは?」
シフォンが尋ねた。
ターケシの手が、わずかに止まった。
ロザリアがシフォンを見る。
だが、ターケシはそのまま答えた。
「ユカリか。」
「どんな人だったんですか?」
「強い人だったよ。」
「戦士だったんですか?」
「そっちじゃない。」
ターケシは笑う。
「俺より、ずっとしっかりしてた。」
十年前。
仕事から帰った家。
玄関を開ければ聞こえてきた声。
食卓。
妻の小言。
どこにでもあるような日々だった。
「俺がいなくなったあとも……。」
ターケシは一度、言葉を止めた。
ユヅカから聞いたことを思い出す。
「きっと、三人を育ててくれたんだろうな。」
シフォンは何も言わなかった。
ターケシも、それ以上は言わなかった。
ユカリが死んだ理由を、まだ知らない。
最後がどんなものだったのかも知らない。
だから、勝手に物語を作ることはできなかった。
しばらくして、シフォンが静かに口を開く。
「会いたいですか?」
ターケシは答える。
「ああ。」
迷う必要はなかった。
「フミカにも、モモカにも会いたい。」
そして、少し間を置いた。
「ユカリの墓参りもしたい。」
シフォンは小さく頷いた。
「帰れるといいですね。」
「ああ。」
「ユヅカさんも一緒に。」
ターケシは一瞬だけ黙った。
それから頷く。
「ああ。」
十年前には、五人だった。
今はもう、同じ五人には戻れない。
それでも。
帰りたいと思った。
もう一度、あの世界へ。
残してきた娘たちのところへ。




