言えない手掛かり
「誰だ?」
「俺だ。リュシアンだ。」
扉の向こうから返ってきた名前に、ターケシは振り返った。
シフォンとロザリアは、ちょうどシーツを寝台の下へ押し込んだところだった。
「近衛隊の人……!」
ユヅカが小声で言った。
ターケシは三人を見る。
シフォンが大きく頷く。
ロザリアも何事もなかったように服の裾を整える。
ユヅカも椅子へ座り直した。
ターケシは鍵を開け、扉を開いた。
「何の用だ?」
リュシアンは答える前に、ターケシの肩越しに部屋の中を見た。
シフォン。
ロザリア。
そして、見慣れない人間の少女。
三人が妙に姿勢よく並んでいる。
「……。」
リュシアンの視線が、三人の間をゆっくりと移る。
「お前たち、一体何をしているんだ?」
「ば、晩御飯の相談です!」
シフォンが答えた。
ロザリアの顔から血の気が引いた。
ユヅカも固まる。
ターケシは黙ってシフォンを見た。
「……。」
「……。」
リュシアンもシフォンを見る。
次にロザリア。
ユヅカ。
最後にターケシ。
しばしの沈黙。
やがて。
「ふっ……。」
リュシアンが小さく笑った。
「呑気な奴らだ。」
「何を……!」
シフォンが単純に怒る。
ターケシが肘で、その脇腹を軽く突いた。
「むっ……。」
シフォンが黙る。
「まあいい。」
リュシアンは、それ以上何も聞かなかった。
「頼みがあって来た。」
「頼み?」
「ああ。」
リュシアンは廊下に立ったまま、ターケシを見る。
「お前たち、もうすぐ人間の国へ帰るんだろう?」
「そのつもりだ。」
「なら、最後にフィリアに会ってやってくれ。」
シフォンの耳がぴくりと動く。
ロザリアもリュシアンを見る。
ターケシは黙って、その顔を見つめた。
「あいつは、死人みたいな顔できっと待ってるぞ。」
「……。」
「いい部屋なんだから、寛げばいいのにな。」
それだけ言うと、リュシアンは扉に手をかける。
「おい、フィリアがどこにいるか――」
「じゃあな。」
「おい!」
リュシアンはそのまま扉を閉めた。
足音が遠ざかっていった。
ターケシはしばらく閉じた扉を見つめていた。
やがて、静かに鍵をかけた。
「……何だったんですか、あの人。」
シフォンが不満そうに言った。
「さあな。」
ターケシは扉から離れる。
ロザリアが寝台の下からまたシーツを引っ張り出した。
「ですが、わざわざここまで来て、フィリアに会えと言いました。」
「ああ。」
ばさり。
再び、世界樹の地図が床に広がる。
ターケシはその前へしゃがみ込んだ。
「……やっぱり。」
その視線が、大きな空白へ向かう。
「フィリアは、世界樹の地下のどこかにいる。」
シフォンも隣へしゃがみ込む。
「でも、具体的にどこにいるかは教えてくれませんでした。」
「教えられないんだろう。」
ターケシは地図を見たまま答えた。
「ただ、俺たちに会ってほしいと思ってる。それだけは分かった。」
リュシアンは女王直属の近衛隊の小隊長だ。
その立場にあるため、制約も多いのだろうが、さっきは明らかな隠し事を見逃してくれた。
「……。」
ユヅカは何も言わず、地図を見ていた。
「どうした?」
ターケシが尋ねる。
「さっきの言葉。」
「言葉?」
「『死人みたいな顔』。」
ユヅカは確かめるように繰り返した。
「それから、『いい部屋』。」
ターケシもリュシアンの言葉を思い返す。
「気になるのか?」
「……少し。」
ユヅカはシーツの前へしゃがみ込んだ。
「でも、まだ分からない。」
指先を、大きな空白の上へ置く。
「明日、本をもう一度調べてみる。」
「神話の本か?」
「それだけじゃないわ。」
ユヅカは顔を上げた。
「世界樹の古い構造について書かれた本。地下についての記録。宗教儀礼。それから、死者や魂について書かれたもの。」
ターケシは娘の横顔を見る。
「世界樹の地下に関する手がかりか。」
「俺も行こう。」
「あら、当然じゃない。」
ユヅカは当然のように答えた。
「手伝ってくれるんでしょう?」
ターケシは苦笑した。
「父親なら当然、だったな。」
「そういうこと。」
床には、自分たちの足で調べた世界樹の地図。
大図書館には、長い年月を越えて残された記録。
その二つが、一つにつながろうとしていた。




