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奴隷市場から始まる異世界冒険譚―第二部エルフ王国編  作者: たーけし
あの子を探して

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知ってしまったこと

最初は、焦りもした。


出なければならない。


早く、何とかして。


ターケシたちはエルフではないのだ。ロザリアも。シフォンも。


自分とは違う時間を生きているのだ。


長老たちの言う「しばらく」が十年なら。


二十年なら。


もっと長かったら。


自分にとっては人生の一部に過ぎなくても、彼らにとっては違う。


「彼らの時代」のうちに、外へ出なければならない。


そう思った。


だから壁を調べ、扉の仕組みを考え、食事が届く間隔を数えた。


手紙を書き、伝言を頼み、何か一つでも外へ繋がる穴がないか探した。


何度も探した。


だが、見つからなかった。


そのうち、焦りは疲れに変わった。


疲れは、諦めに変わっていった。


今、外では何日経ったのだろう。


ターケシたちは、まだヴァエルシアにいるのだろうか。


それとも、もうエルドラシアへ帰ったのだろうか。


分からない。


本当に、何も分からない。


フィリアはブランコに座ったまま、膝を抱えた。


「……会いたい。」


口に出してから、自分で少し驚いた。


会いたい。


何のために?


外に出たいから?


助け出してほしいから?


元のように世界を歩きたいから?


「……会いたい。」


違う。


損得ではない。


利用価値でもない。


認められたい訳でもない。


話したい。


くだらないことでいい。


シフォンが食べ過ぎたとか。


ロザリアを困らせたとか。


ターケシにいらぬちょっかいをかけたとか。


それだけでいい。


「……寂しい。」


言葉にすると、ひどく子供じみて聞こえた。


少し笑おうとした。笑えなかった。


「一人は……嫌だ。」


ブランコが、ゆっくりと止まった。


いつからだろう。一人が嫌になったのは。


女王に会いにくくなってから?


シフォンたちと旅をしてから?


分からない。


フィリアは膝に額をつけた。


部屋は静かだった。あまりにも静かだった。


もう、終わってしまったのかもしれない。


そんな考えが、初めてはっきりと心の中に浮かんだ。



その頃、大図書館ではターケシとロザリアが本の山と格闘していた。


シフォンは席を外したままだ。


ターケシは一度だけ、書架の向こうへ視線を向けた。


「……遅いな。」


ロザリアも同じ方を見る。


「もう少し、一人にして差し上げましょう。」


「そうだな。」


先ほどまでシフォンが読んでいた本のそばには、古い北部の地図が広げられていた。


グラエヴァル。


今の地図からは消えてしまった、小さな村。


ターケシはその名を見つめたあと、目の前の本へ視線を戻した。


フィリアを探すために来た。


世界樹の歴史、古い構造、地下施設、使われなくなった区画。


手掛かりになるものなら何でも読むつもりだった。


だが、何冊目かの本を棚へ戻そうとした時、隣にあった一冊の背表紙が目に入った。


奴隷交易に関する研究書だった。


今探しているものとは関係ない。


だが、手が止まった。


シフォンの顔が浮かんだ。


ターケシは、その本を抜いた。


「……少しだけ見てみるか。」


椅子へ戻り、ページを開く。


しばらく読んで、手が止まった。


「これは……。」


ロザリアが隣へ来る。



それは、過去に摘発された奴隷商人たちが、どのように人身売買を普通の商取引へ偽装していたかを研究した本だった。


残された帳簿、裁判記録、輸送記録、倉庫の記録。複数の資料を照合し、後世の研究者たちが取引の実態を読み解いている。


ある時期、北部で活動していた一部の奴隷商人は、実在する薬草の名前を隠語として使っていた。


書類を偽装するために、奴隷を「薬草」として記録する。


人を攫うことを「収穫」と記した。


ターケシが、その文字を見つめた。


「……収穫。」


例えば、月涙草、銀葉草、赤根草。


薬草採取の依頼でお馴染みの植物の名。それが男性、女性、子供の隠語として使われる。


薬草も、奴隷商人が狙う人々も、森や町外れ、貧しい村から「収穫」できる。


地方で「収穫」し、馬車に積み、目立つ街道は避けて都市へ運ぶ。


違うのは――輸送に使う馬車、護衛、食料、水、宿泊先、売却先。


そして金の流れ。



商取引の記録。


穀物、木材、皮革、塩、酒、薬草。


何の変哲もない取引が延々と続く記録でも、読み方を変えると見え方が変わる。


「ターケシさん。」


ロザリアが呼ぶ。


「これを。」


ターケシが覗き込む。


古い帳簿だった。


月涙草 二十一束。銀葉草 十四束。


北部三村より収穫。


これだけでは、本当に薬草かもしれない。


別の記録と照合する。


同じ商会。近い日付。輸送記録。


「ありました。」


ロザリアが指を置く。


馬車四台、護衛八名、七日分の食料に、水樽。


ターケシが数字を追う。


「……なるほど。」


薬草を運ぶだけなら、必要のない量の物資。


例えば、水。


ターケシは、しばらく帳簿を見つめた。


「薬草は、水を飲まない。」


ロザリアが静かに頷いた。


目的地は、王都の倉庫。


黒蛇のアジトも、一見すればただの倉庫だった。


その先の売却先は、薬師ではない。治療院でもない。


いくつかの特定の市場。


地下闘技場の奴隷たちも、どうやって連れてこられていたのかが分かる。


ターケシは、最初の帳簿へ戻った。


月涙草、銀葉草、赤根草。


同じ文字が、人の顔に見えた。



さらに金の流れを追う。


利益の一部が、再び地方へ流れている。


次の商品を手に入れるために。


次の「収穫」のために。


ターケシの指が止まった。


「……俺が払った金も、か。」


ロザリアは、すぐには答えなかった。しばらく帳簿を見つめた。


「……分かりません。」


シフォン。


ロザリア。


フィリア。


三人を、奴隷市場で買った。


「助けようとか思った訳じゃない。」


奴隷を買ったつもりはなかった。


少なくとも、自分はそのつもりだった。


「……見て見ぬふりができなかっただけだ。」


ロザリアは何も言わなかった。


ターケシは、再び古い帳簿へ目を落とした。


「でも、赤牙や他の奴隷商人から見れば――」


古い数字を見つめたまま。


「商品が売れただけか。」


大図書館は静かだった。


古い帳簿のページが、微かな風に揺れた。

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