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奴隷市場から始まる異世界冒険譚―第二部エルフ王国編  作者: たーけし
あの子を探して

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女王の答え

翌朝。


ターケシたちは、女王への面会を願い出た。


理由は、帰国の挨拶。


一週間にわたってヴァエルシアに滞在し、街を見て回った。そろそろエルドラシア王国へ戻る。


正式な使節として訪れた以上、帰国前に女王へ暇乞いをするのは何も不自然ではない。


むしろ、挨拶もなく帰る方が不自然だった。


面会は、その日の午後に許可された。



案内されたのは、以前にも女王と懇談した部屋だった。


大きな窓から、世界樹の枝葉を通して柔らかな光が差し込んでいる。


以前と同じ卓。


同じ椅子。


だが。


今日は、少し雰囲気が違った。


女王の後ろには侍女たち。


壁際には衛兵が二人。


そして卓から少し離れたところには、一人のエルフの男が座っている。


紙と筆を手元に置いていた。


書記官だろう。


公式な帰国の挨拶なのだ。


当然と言えば、当然だった。


だからこそ。


フィリアのことを直接聞くわけにはいかない。


「エルドラシア王国使節、ターケシ様御一行でございます。」


侍女の声に合わせ、ターケシ、シフォン、ロザリアが礼を取る。


女王が三人を迎えた。


「お掛けください。」


「ありがとうございます。」


三人が席につく。


「本日は、帰国のご挨拶に参りました。」


「まあ。」


女王が少し目を見開いた。


「もう、お帰りになるのですか。」


「ええ。随分と長居をさせていただきました。」


「そのようなことはありません。ヴァエルシアでの滞在は楽しんでいただけましたか?」


「もちろんです。街も見ましたし、史跡も回りました。いろいろと勉強させてもらいました。」


「それは何よりです。」


穏やかな会話だった。


外国使節と女王との、帰国前の懇談。


書記官の筆が動く。


さらさらと、紙を擦る音がする。


ターケシは、それを聞きながら話していた。


余計なことは言えない。



「それと。」


ターケシは懐へ手を入れた。


衛兵の視線が動く。


「実は、アルフォンス王子から陛下へ、帰国前に渡すよう言われていたものがあります。」


小さく折り畳んだ布切れを取り出す。


もちろん。


アルフォンスから預かったものではない。


侍女が進み出て、それを受け取る。


女王へ渡した。


女王が布を開く。


そこには。


三行だけ書かれていた。


――はいなら右。


――いいえなら左。


――分からなければ下。


女王の目が止まった。


ほんの一瞬だった。


それから布を畳む。


「確かに受け取りました。」


「ありがとうございます。」


ターケシは頭を下げた。


書記官は何も言わない。


衛兵も動かない。


まずは。


通った。


だが。


女王が本当に意図を理解したか。


確認する必要がある。



「こちらへ来てから、ずっと天気に恵まれました。」


ターケシは何気ない調子で話を続けた。


「ええ。今年は穏やかな季節です。」


「昨日も晴れていましたね。」


女王は微笑んだ。


そして。


ほんの少しだけ。


右へ顔を向けた。


ターケシは表情を変えなかった。


シフォンの耳だけが、ぴくりと動く。


ロザリアも気づいたはずだ。


通じた。


「市場の食べ物も美味しかったです。シフォンなんか、昨日は菓子を十個くらい食べてました。」


「食べてません!」


シフォンが思わず声を上げる。


「九個だったか?」


「そんなに食べてません!」


女王が小さく笑った。


そして。


わずかに左へ顔を向けた。


――いいえ。


ターケシは表情を変えなかった。


右。


左。


女王は理解している。


これ以上、試す必要はない。


書記官の筆は、変わらず紙の上を走っていた。



それからしばらくは、本当に帰国の挨拶をした。


道中のこと。


ヴァエルシアで見たもの。


市場の食べ物。


史跡。


エルフたちから聞いた神話。


どれも、記録に残されても困らない話だった。


そして。


ターケシは、少しずつ本題へ近づいた。


「俺たちは冒険者です。」


女王がターケシを見る。


「王都へ帰っても、たぶん長くはじっとしていないでしょう。」


「そうなのですか?」


「ええ。」


ターケシは笑った。


「古い友人を探す旅も続けるつもりです。」


女王の表情は変わらない。


「きっと今も、どこかを旅しているでしょう。」


女王の顔が。


ほんのわずかに左を向いた。


――いいえ。


ターケシは何も言わなかった。


ロザリアも。


シフォンも。


だが。


三人とも分かった。


フィリアは。


旅に出ていない。


「旅を続けていれば、いつかどこかで会えるかもしれません。」


女王は穏やかに微笑んでいる。


「もっとも、案外この街の中にいたりして。帰る前に市場でばったり出会ったら、笑い話なんですが。」


女王の視線が。


また左へ動いた。


――いいえ。


街にはいない。


ターケシの頭の中に、一週間かけて描いた地図が浮かんだ。


市場。


広場。


路地。


史跡。


城壁。


歩けるところは歩いた。


違う。


では。


どこだ。


「もしかしたら。」


シフォンが口を開いた。


ターケシが横を見る。


嫌な予感がした。


「意外と近くにいたりするかも!」


おい。


ロザリアも一瞬、シフォンを見る。


少し危ない。


だが。


もう止められない。


女王はシフォンを見た。


ほんの少し微笑んだ。


そして。


右を向いた。


――はい。


ターケシは黙っていた。


近い。


ここから。


かなり近い。


旅には出ていない。


街にもいない。


そして。


近くにいる。


今、自分たちがいる場所。


世界樹。



それ以上は聞けなかった。


どこにいる。


地下なのか。


拘束されているのか。


誰が命じた。


聞きたいことはいくらでもある。


だが。


質問が具体的になればなるほど、周囲の者にも意味が伝わる。


何より。


書記官の筆が動いている。


この会話は記録されている。


女王も、それを分かっているはずだった。


少しの沈黙の後。


女王が口を開いた。


「神話に興味を持たれたそうですね。」


突然、話題が変わった。


「え?」


シフォンが瞬きをする。


ターケシはすぐに答えた。


「ええ。街の年配の方々から、いろいろ教えていただきました。」


「そうですか。」


女王は微笑んだ。


「では、この国に伝わる古い話を一つ、お聞かせしましょう。」


書記官の筆が動く。


女王が外国使節へ自国の伝説を語る。


それだけなら。


何も不自然ではない。


「古い時代。」


女王は静かに語り始めた。


「まだ王国もなく、エルフという名さえ今とは違っていた頃。人々は、大切なものを地上へ置いてはならないと考えていたそうです。」


ターケシは黙って聞く。


「地上にあるものは、風雨にさらされ、火に焼かれ、時とともに失われます。」


女王の視線が、ゆっくりと床へ落ちた。


「だから。」


少し間を置く。


「本当に大切なものは、地面の下へ。」


シフォンの耳が立った。


ロザリアの表情は変わらない。


ターケシも動かなかった。


「世界樹も同じです。」


女王は続ける。


「私たちが目にしている大樹は、その半身に過ぎません。もう半分は、地の下にあります。」


ターケシの頭の中で、一週間かけて描いた地図が広がった。


最後まで埋まらなかった。


巨大な空白。


地下。


「古い話です。」


女王は微笑んだ。


「どこまで本当なのかは、私にも分かりません。」


それ以上、女王は何も言わなかった。


だが。


十分だった。



「そういえば。」


女王が、今度はまったく違う話を始めた。


「皆様は、ヴァエルシアの図書館へ行かれたことはありますか?」


「図書館?」


シフォンが首を傾げる。


「いえ。」


ターケシが答えた。


「まだです。」


「それは、もったいないですね。」


女王は少し楽しそうに言った。


「ヴァエルシアは、世界の中心とも呼ばれてきた場所です。エルフだけでなく、人間や獣人、今では失われた国々の記録まで集められています。」


「そんなにあるんですか?」


シフォンが尋ねる。


「ええ。」


女王は少し考えるようにして。


「いったい何冊あるのか……私にも分かりません。」


シフォンの目が丸くなる。


「そんなに?」


「何千年もありますから。」


女王は微笑んだ。


「皆様は、我が国の歴史や神話にも興味を持たれたのでしょう?」


「ええ。」


「でしたら。」


女王は侍女を見る。


「紙と筆を。」


侍女が用意する。


女王はその場で、短い文章を書いた。


最後に、王家の印を押す。


「紹介状です。」


侍女を介して、ターケシへ渡された。


「これを見せれば、通常は閲覧できない資料の一部も見ることができるでしょう。」


ターケシは紹介状を見る。


そして。


女王を見る。


「……よろしいんですか。」


「もちろん。」


女王は穏やかに答えた。


「せっかく遠い国からいらしたのです。」


そして。


わずかに微笑んだ。


「少し調べてから、旅立たれてはいかがですか?」


帰国を延期する理由。


それを。


女王の方から与えた。


「ありがとうございます。」


ターケシは深く頭を下げた。


「では、お言葉に甘えます。」


「ええ。」


女王は頷いた。


「調べ物が終わりましたら、またいらしてください。」


ターケシが顔を上げる。


女王と目が合った。


次の面会。


そこまで用意してくれた。


「承知しました。」



部屋を退出する。


扉が閉じた。


侍女に案内されている間、三人は何も言わなかった。


やがて自分たちの滞在区画へ戻り。


部屋へ入る。


扉を閉める。


ターケシが鍵をかけた。


三人は顔を見合わせた。


最初に口を開いたのは。


やはりシフォンだった。


「……いますよね。」


「ああ。」


「フィリアさん。」


「ああ。」


ターケシは答えた。


「少なくとも、旅には出ていない。」


ロザリアが続ける。


「街にもいない。」


「そして。」


ターケシは床を指差した。


「俺たちの近くにいる。」


シフォンも床を見る。


「地下……。」


「ああ。」


一週間。


埋まらなかった地図の空白。


そこに。


初めて意味が生まれた。


ターケシは女王から受け取った紹介状を卓の上へ置いた。


「次は、図書館だ。」


フィリアは。


世界樹の地下にいる可能性が高い。


さらなる手がかりは、この世界樹の図書館にある。

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