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奴隷市場から始まる異世界冒険譚―第二部エルフ王国編  作者: たーけし
あの子を探して

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知らない場所

もう一つ。


ターケシたちが調べ始めたものがあった。


神話、伝説、伝承だった。


民俗学研究がしたかったわけではない。


だが、この国を理解しなければ、この国で何が行われているのかも分からない。


そして何より。


世界樹について知る必要があった。


三人は街中の史跡を回った。


古い石碑。


祠。


世界樹の根を祀った場所。


昔の建物跡。


そこで、いかにも物知りそうな老エルフを見つければ、話を聞いた。


最初は、たいてい訝しがられた。


「人間が、ヴァエルシアの神話を?」


「ええ。せっかくここまで来たんで、勉強して帰ろうかと。」


「ふむ……。」


老エルフはターケシを見る。


次にロザリア。


最後にシフォン。


「獣人までか。」


「私も勉強します!」


シフォンが元気よく答える。


「ほう。」


老エルフの眉が少し上がった。


それから話を聞き始めると。


長かった。


とにかく長かった。


世界樹の起源。


水の循環。


魂の循環。


古い祭祀。


王国成立以前の伝承。


ターケシたちは真面目に聞いた。


質問もした。


すると、最初は訝しんでいた老エルフも、だんだん機嫌がよくなってきた。


「感心な人間と獣人じゃ。」


「ありがとうございます。」


「それに比べて、近頃の若いエルフときたら。」


ターケシは嫌な予感がした。


「時間だけはあるくせに、古い教えを学ぼうともせん。百年、二百年と無為に時を浪費して――」


話が変わった。


シフォンは真面目な顔で聞いている。


ロザリアは微笑んでいる。


ターケシは適当なところで頭を下げた。


「大変勉強になりました。」


「まだ百年前の若者について話しておらんぞ。」


「また今度ぜひ。」


このままでは、本当に百年くらい話しそうだった。



何人ものエルフから話を聞くうちに。


一つ、分かったことがあった。


神話は、一つではない。


長老会や王宮が正統なものとしている神話では。


天より降りた神が一粒の種となり。


地上へ伸びた半身が大樹となり。


地下へ伸びた半身が根となった。


水を巡らせ。


命を巡らせ。


魂を巡らせる。


世界樹ヴァエルシア。


その半身は。


地下にある。


だが、古い地方伝承や、一部の氏族に伝わる物語では、少しずつ内容が違っていた。


世界樹の根は、死者の魂が眠る場所だという話。


世界樹は、何千年に一度、代替わりするという話。


地下深くには、最初のエルフたちが暮らした場所があるという話。


世界樹には、地上から入ることのできない部屋があるという話。


根の下には、王でさえ立ち入れない場所があるという話。


どこまでが神話で。


どこからが史実なのか。


分からない。


だが。


ターケシは、その夜。


シーツに描いた世界樹の下側に残した空白を見つめた。


「地下……。」


シフォンが呟く。


「まだ決まったわけじゃない。」


ターケシは言った。


「でも。」


ロザリアが地図を見る。


「調べる価値はありそうですわね。」


「ああ。」



もう一つ。


ターケシには気になっていることがあった。


リュシアン。


彼は、知らないと言った。


ターケシは、あれを信じることにした。


嘘をついているようには見えなかった。


むしろ、本当に知らされていない。


だからこそ、あの顔だったのではないか。


「リュシアンは、近衛隊の小隊長だ。」


ターケシが地図を見ながら言う。


「はい。」


「王宮の中も、軍事区画も、俺たちより遥かに詳しい。」


「当然ですわね。」


「そのリュシアンが知らない。」


鉛筆の先で、いくつかの区画を指す。


「なら。」


シフォンが顔を上げた。


「リュシアンさんも行かないところ?」


「その可能性はある。」


近衛隊が日常的に活動する場所ではない。


あるいは。


近衛隊にすら知らせる必要のない場所。


ターケシは地図を見る。


「……簡単じゃないな。」


世界樹は巨大だった。


街であり。


王宮であり。


軍事施設であり。


そして。


何千年もの歴史そのものだった。


外国人三人が数日歩いた程度で、その全貌を把握できるはずがない。


まして。


誰かが意図してフィリアを隠しているのなら。


なおさらだ。


それでも。


やるしかない。



五日目。


見つからなかった。


六日目。


新しい地下への入口を二つ見つけた。


一つは貯蔵庫。


もう一つは古い水路だった。


フィリアへ繋がるものは、何もなかった。


そして。


七日目。


その夜。


三人は、いつものように部屋の床へシーツを広げていた。


最初は余白だらけだった布が、今では線と文字で埋め尽くされている。


世界樹。街。市場。広場。王宮。軍事区画。史跡。水路。城壁。路地。階段。回廊。衛兵のいた場所。地下へ続く入口。行き止まり。抜け道。塀の穴。狐の巣。


シフォンが巨大な地図を見下ろした。


「……いっぱいになりましたね。」


「ああ。」


「でも。」


シフォンは地図の下側を見る。


そこには、まだ大きな空白が残っている。


「フィリアさん、いませんでしたね。」


「ああ。」


ターケシは、しばらく地図を見つめた。


一週間。


できることはやった。


歩ける場所は歩いた。


聞ける話は聞いた。


史跡も回った。


神話も調べた。


それでも。


分からない。


「……駄目だな。」


ターケシが言った。


「まだ調べますか?」


「いや。」


鉛筆を置く。


「俺たちだけじゃ、ここまでだ。」


シフォンの耳が伏せられた。


「じゃあ……どうするんですか。」


ターケシは少し考えた。


そして。


「一度、エルドラシア王国に帰ることにしよう。」


シフォンの耳が跳ね上がった。


「帰っちゃうんですか!?」


「帰る挨拶をするんだ。」


ロザリアが、ターケシを見る。


一瞬。


考える。


そして、その意味に気づいた。


「……女王陛下に。」


「ああ。」


ターケシは頷いた。


帰国する。


その前に。


正式な使節として、この国の女王へ暇乞いをする。


それならば。


誰にも不自然には思われない。


「女王陛下なら、何か知っていると?」


ロザリアが尋ねる。


「分からん。」


ターケシは答えた。


「でも、俺たちが直接話せる相手の中じゃ、一番上だ。」


「聞けますか?」


シフォンが言う。


「フィリアさんのこと。」


「普通には無理だろうな。」


女王の周囲には侍女がいる。


衛兵もいる。


そして。


長老会の目もある。


フィリアについて直接尋ねれば、こちらが彼女を捜していることを自分から知らせるようなものだ。


ロザリアが静かに言った。


「では、少し考える必要がありますわね。」


「ああ。」


ターケシは再び、巨大な地図を見下ろした。


一週間かけても。


フィリアの居場所は分からなかった。


だが。


何も分からなかったわけではない。


世界樹の半身は地下にある。


フィリアは、リュシアンですら知らない場所にいるのかもしれない。


そして。


女王なら。


何かを知っているかもしれない。

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