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奴隷市場から始まる異世界冒険譚―第二部エルフ王国編  作者: たーけし
あの子を探して

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地図を描く

「まず、フィリアがどこにいるのかを探す。」


ターケシは言った。


卓を囲んでいたシフォンとロザリアが頷く。


フィリアが何らかの事情で拘束されている。


もちろん、確証があるわけではない。


だが、新しい任務に就いたという説明だけでは、どうにも腑に落ちない。


長老会への報告を終えた直後から様子がおかしくなり、その翌日から姿を消した。リュシアンも所在を知らない。女王付きの侍女も知らない。


だからといって、いきなり長老会へ押しかけるわけにもいかなかった。


ここはエルフ王国だ。


自分たちは外国人である。


エルドラシア王国から正式な使節として送り出され、女王との面会まで許された身だ。その立場で世界樹の内部を勝手に捜索し、騒ぎでも起こせば。


「よくて国外追放だな。」


ターケシが呟いた。


「悪ければ拘束されますわ。」


ロザリアが付け加える。


「ご主人様、前にも牢屋に入ってましたよね。」


「何度も入ってる。」


シフォンが少し身を引いた。


「だから今回は入りたくない。」


「普通は一度でも入りたくありませんものね。」


「そういう細かい話はいい。」


ターケシは咳払いした。


「とにかく、騒ぎを起こすのは最後だ。」



最初に必要なのは、地図だった。


とはいえ、世界樹の地図など当然持っていない。


売っているはずもない。


何しろ世界樹ヴァエルシアは、王宮であり、軍事施設でもある。


そこで。


ターケシは宿泊している部屋から、大きなシーツを一枚拝借した。


「……ご主人様。」


「何だ。」


「それ、寝る時に使うやつですよね。」


「今日から地図だ。」


「怒られません?」


「バレなきゃいい。」


ロザリアが額に手を当てながら苦笑する。


「既に発想が犯罪者ですわね。」


「失礼な。人聞きが悪い。」


ターケシはシーツを床いっぱいに広げ、鉛筆を手に取った。


「まず、俺たちが知ってる範囲からだ。」


世界樹の大まかな幹を線で描く。


その周囲に、自分たちが実際に歩いた場所を書き込んでいく。


女王と面会した場所。


自分たちの滞在区画。


市場へ向かう通路。


広場。階段。回廊。王宮。軍事区画。


これまでフィリアが案内してくれた場所を、三人で記憶を照合しながら書き込んでいった。


「ここに階段がありました。」


シフォンが指を差す。


「上へ行くやつか。」


「はい。」


「その先は?」


「行ってません。だめだって言われました。」


「じゃあ、線だけ。」


ターケシが書き込む。


「こちらにも階段がありましたわ。」


ロザリアが別の場所を指した。


「衛兵が二人いたところです。」


「ああ。」


ターケシも覚えている。


その先には行っていない。


立入禁止と言われたわけではない。わざわざ入るような場所ではなかっただけだ。


それも書く。


一つ。


また一つ。


記憶の中にある世界樹が、少しずつシーツの上へ形を現していった。


「……これ。」


ロザリアが途中で呟いた。


「何だ。」


「見つかったら、何と言い訳しましょうか。」


三人が地図を見る。


王宮。


階段。


軍事区画。


警備のあった場所。


通路。


外国人三人が、王都中枢の構造を図面に起こしている。


どう見ても。


「……まずいな。国外追放だ。」


「今さらですの?」


シフォンが不安そうに地図を見る。


「どうするんですか。」


ターケシは少し考えた。


そして、シフォンを見る。


「バレそうになったら、お前のお絵描きってことで押し通せ。」


「私ですか!?」


「子供の絵なら仕方ない。」


「十六歳です!」


「獣人の年齢なんて、エルフには分からんだろ。」


「また適当な……。」


ロザリアが呆れたように呟いた。


「どう見ても軍事施設の見取り図ですわ。」


「じゃあ、木とか花とか描いとけ。」


「もっと怪しくなりません!?」


「冗談だ。」


「ご主人様、たまに本気なのか冗談なのか分かりません!」


ともかく。


地図を見られるわけにはいかない。


昼間は畳んで、シフォンの鞄に入れることになった。


そして夜は。


「敷いて寝ろ。」


「地図の上でですか?」


「シーツだからな。」


「なるほど。」


シフォンが感心する。


ロザリアは、まったく納得していない顔をしていた。


ターケシが付け足す。


「そうそう、おねしょするなよ。」


「しません!」



翌日から。


三人は観光を始めた。


正確には。


観光を装った探索を始めた。


昨日までと同じように街を歩く。


露店を覗く。菓子を買う。史跡を見る。


だが、見ているものは昨日までとは違った。


世界樹の階段や回廊。


衛兵の配置。


巨大な根の間を通る道。


それだけではない。


街の路地。


城壁。


水路。


袋小路。


人通りの少ない道。


建物と建物の間を抜ける細い通路。


「ご主人様。ここ、塀に穴があります。」


シフォンが指差した。


「書いとけ。」


「今ですか?」


「覚えといて、あとでだ。」


少し先では、ロザリアが細い路地を振り返る。


「この道、迷路のようでしたわね。」


「ああ。でも市場への近道になる。」


「よく覚えていますわね。」


「道に迷うのは嫌いなんだ。」


さらに歩く。


「ご主人様!」


突然、シフォンが声を上げた。


「今度は何だ。」


「地下へ続く穴があります!」


「何?」


三人で覗き込む。


暗い穴が、地面の下へ続いている。


ターケシが屈み込んだ。


「……確かに穴だな。」


「怪しいですわね。」


ロザリアも覗く。


その時。


奥から。


きゅう。


小さな鳴き声がした。


「……。」


「……。」


「……狐の巣だな。」


「わあっ!」


シフォンの顔が一気に明るくなる。


「子狐ですよ! ご主人様、子狐!」


「シフォン、遊んでないで場所を覚えとけ。」


「ここも描くんですか?」


「一応な。」


「狐の巣まで?」


「地下に穴があるってことは分かる。」


「なるほど……。」


そうやって。


世界樹の内部へ入る入口はいくつあるのか。


上へ向かう階段はどこにあるのか。


下へ向かう階段はどこにあるのか。


街のどの道がどこへ繋がっているのか。


どこに衛兵がいるのか。


どこから先で人通りが減るのか。


立ち入れる場所。


立ち入れない場所。


行き止まり。


近道。


細い抜け道。


三人で役割を決めて、可能な限り覚えていった。


正午頃に一度、記憶が薄れないうちに書き込む。


そして夜。


部屋へ戻れば、また大きなシーツを広げる。


その日に見たものを、一つずつ書き足していった。


世界樹だけではない。


その周囲に広がる街も。


広場。


市場。


史跡。


水路。


城壁。


路地。


塀の穴。


狐の巣。


「狐の巣、本当に描くんですか?」


「目印になるだろ。」


「子狐も描いていいですか?」


「それは要らん。」


「えー。」


少しずつ。


少しずつ。


ヴァエルシアの街と世界樹が、巨大なシーツの上へ姿を現していった。


だが、当然ながら。


分からない場所の方が、圧倒的に多かった。

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