地図を描く
「まず、フィリアがどこにいるのかを探す。」
ターケシは言った。
卓を囲んでいたシフォンとロザリアが頷く。
フィリアが何らかの事情で拘束されている。
もちろん、確証があるわけではない。
だが、新しい任務に就いたという説明だけでは、どうにも腑に落ちない。
長老会への報告を終えた直後から様子がおかしくなり、その翌日から姿を消した。リュシアンも所在を知らない。女王付きの侍女も知らない。
だからといって、いきなり長老会へ押しかけるわけにもいかなかった。
ここはエルフ王国だ。
自分たちは外国人である。
エルドラシア王国から正式な使節として送り出され、女王との面会まで許された身だ。その立場で世界樹の内部を勝手に捜索し、騒ぎでも起こせば。
「よくて国外追放だな。」
ターケシが呟いた。
「悪ければ拘束されますわ。」
ロザリアが付け加える。
「ご主人様、前にも牢屋に入ってましたよね。」
「何度も入ってる。」
シフォンが少し身を引いた。
「だから今回は入りたくない。」
「普通は一度でも入りたくありませんものね。」
「そういう細かい話はいい。」
ターケシは咳払いした。
「とにかく、騒ぎを起こすのは最後だ。」
◇
最初に必要なのは、地図だった。
とはいえ、世界樹の地図など当然持っていない。
売っているはずもない。
何しろ世界樹ヴァエルシアは、王宮であり、軍事施設でもある。
そこで。
ターケシは宿泊している部屋から、大きなシーツを一枚拝借した。
「……ご主人様。」
「何だ。」
「それ、寝る時に使うやつですよね。」
「今日から地図だ。」
「怒られません?」
「バレなきゃいい。」
ロザリアが額に手を当てながら苦笑する。
「既に発想が犯罪者ですわね。」
「失礼な。人聞きが悪い。」
ターケシはシーツを床いっぱいに広げ、鉛筆を手に取った。
「まず、俺たちが知ってる範囲からだ。」
世界樹の大まかな幹を線で描く。
その周囲に、自分たちが実際に歩いた場所を書き込んでいく。
女王と面会した場所。
自分たちの滞在区画。
市場へ向かう通路。
広場。階段。回廊。王宮。軍事区画。
これまでフィリアが案内してくれた場所を、三人で記憶を照合しながら書き込んでいった。
「ここに階段がありました。」
シフォンが指を差す。
「上へ行くやつか。」
「はい。」
「その先は?」
「行ってません。だめだって言われました。」
「じゃあ、線だけ。」
ターケシが書き込む。
「こちらにも階段がありましたわ。」
ロザリアが別の場所を指した。
「衛兵が二人いたところです。」
「ああ。」
ターケシも覚えている。
その先には行っていない。
立入禁止と言われたわけではない。わざわざ入るような場所ではなかっただけだ。
それも書く。
一つ。
また一つ。
記憶の中にある世界樹が、少しずつシーツの上へ形を現していった。
「……これ。」
ロザリアが途中で呟いた。
「何だ。」
「見つかったら、何と言い訳しましょうか。」
三人が地図を見る。
王宮。
階段。
軍事区画。
警備のあった場所。
通路。
外国人三人が、王都中枢の構造を図面に起こしている。
どう見ても。
「……まずいな。国外追放だ。」
「今さらですの?」
シフォンが不安そうに地図を見る。
「どうするんですか。」
ターケシは少し考えた。
そして、シフォンを見る。
「バレそうになったら、お前のお絵描きってことで押し通せ。」
「私ですか!?」
「子供の絵なら仕方ない。」
「十六歳です!」
「獣人の年齢なんて、エルフには分からんだろ。」
「また適当な……。」
ロザリアが呆れたように呟いた。
「どう見ても軍事施設の見取り図ですわ。」
「じゃあ、木とか花とか描いとけ。」
「もっと怪しくなりません!?」
「冗談だ。」
「ご主人様、たまに本気なのか冗談なのか分かりません!」
ともかく。
地図を見られるわけにはいかない。
昼間は畳んで、シフォンの鞄に入れることになった。
そして夜は。
「敷いて寝ろ。」
「地図の上でですか?」
「シーツだからな。」
「なるほど。」
シフォンが感心する。
ロザリアは、まったく納得していない顔をしていた。
ターケシが付け足す。
「そうそう、おねしょするなよ。」
「しません!」
◇
翌日から。
三人は観光を始めた。
正確には。
観光を装った探索を始めた。
昨日までと同じように街を歩く。
露店を覗く。菓子を買う。史跡を見る。
だが、見ているものは昨日までとは違った。
世界樹の階段や回廊。
衛兵の配置。
巨大な根の間を通る道。
それだけではない。
街の路地。
城壁。
水路。
袋小路。
人通りの少ない道。
建物と建物の間を抜ける細い通路。
「ご主人様。ここ、塀に穴があります。」
シフォンが指差した。
「書いとけ。」
「今ですか?」
「覚えといて、あとでだ。」
少し先では、ロザリアが細い路地を振り返る。
「この道、迷路のようでしたわね。」
「ああ。でも市場への近道になる。」
「よく覚えていますわね。」
「道に迷うのは嫌いなんだ。」
さらに歩く。
「ご主人様!」
突然、シフォンが声を上げた。
「今度は何だ。」
「地下へ続く穴があります!」
「何?」
三人で覗き込む。
暗い穴が、地面の下へ続いている。
ターケシが屈み込んだ。
「……確かに穴だな。」
「怪しいですわね。」
ロザリアも覗く。
その時。
奥から。
きゅう。
小さな鳴き声がした。
「……。」
「……。」
「……狐の巣だな。」
「わあっ!」
シフォンの顔が一気に明るくなる。
「子狐ですよ! ご主人様、子狐!」
「シフォン、遊んでないで場所を覚えとけ。」
「ここも描くんですか?」
「一応な。」
「狐の巣まで?」
「地下に穴があるってことは分かる。」
「なるほど……。」
そうやって。
世界樹の内部へ入る入口はいくつあるのか。
上へ向かう階段はどこにあるのか。
下へ向かう階段はどこにあるのか。
街のどの道がどこへ繋がっているのか。
どこに衛兵がいるのか。
どこから先で人通りが減るのか。
立ち入れる場所。
立ち入れない場所。
行き止まり。
近道。
細い抜け道。
三人で役割を決めて、可能な限り覚えていった。
正午頃に一度、記憶が薄れないうちに書き込む。
そして夜。
部屋へ戻れば、また大きなシーツを広げる。
その日に見たものを、一つずつ書き足していった。
世界樹だけではない。
その周囲に広がる街も。
広場。
市場。
史跡。
水路。
城壁。
路地。
塀の穴。
狐の巣。
「狐の巣、本当に描くんですか?」
「目印になるだろ。」
「子狐も描いていいですか?」
「それは要らん。」
「えー。」
少しずつ。
少しずつ。
ヴァエルシアの街と世界樹が、巨大なシーツの上へ姿を現していった。
だが、当然ながら。
分からない場所の方が、圧倒的に多かった。




