↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奴隷市場から始まる異世界冒険譚―第二部エルフ王国編  作者: たーけし
あの子を探して

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
45/67

来ない、いない、分からない

翌日から、フィリアは現れなくなった。


最初に気づいたのは、シフォンだった。


朝。


いつものようにターケシたちが部屋で朝食を取っていると、シフォンが何度目か分からないほど扉の方を見た。


廊下を誰かが通るたび、灰色の耳がぴくりと動く。


だが。


扉は開かない。


「……遅いですね。」


パンをちぎりながら、シフォンが呟いた。


「フィリアのことか?」


「フィリアさんです。」


「今日は来ないんじゃないか。」


ターケシはスープを飲む。


「昨日、一日中付き合ってくれただろ。」


「でも……。」


シフォンは扉を見る。


昨日のフィリアは、夕方まで一緒だった。


いつもよりよく喋り、よく笑い、食べ物を買ってはシフォンに食べさせ、ロザリアには小物を押しつけ、ターケシには妙なちょっかいをかけ続けていた。


だから。


今日は自分の用事がある。


それだけなら、何もおかしくない。


「昨日言ってたじゃないか。何か新しい任務でも入ったのかもしれん。」


「……そうでしょうか。」


「エルフ王国の事情なんて、俺たちには分からんからな。」


シフォンは、それ以上言わなかった。


だが。


灰色の耳は、しばらく扉の方を向いていた。



昼になっても。


フィリアは来なかった。


午後になっても。


姿を見せなかった。


結局、その日は一度も会わなかった。


翌朝。


「……今日も来ませんね。」


シフォンが言った。


「そうだな。」


今度は、ターケシも扉を見た。


昨日までは、それほど気にしていなかった。


新しい任務。


長老会への報告。


七年間も他国へ潜伏していた女だ。


帰国した以上、報告することも、やるべきことも山ほどあるのだろう。


だが。


ターケシは昨日のことを思い出した。


――今日は、好きにさせてやってくれ。


リュシアンの言葉。


あの顔。


そして。


その翌日から、フィリアは姿を消した。


「……リュシアンに聞いてみるか。」


シフォンの耳が立った。


「はい。」



リュシアンは、近衛隊の詰所にいた。


勤務中らしく、軽装ながら鎧を身につけ、腰には剣を差している。


ターケシたちを見ると、わずかに眉を上げた。


「どうした。」


「ちょっと聞きたいことがある。」


「……何だ。」


ターケシが答えるより早く、シフォンが一歩前へ出た。


「フィリアさん、どこにいるんですか?」


リュシアンの動きが止まった。


ほんの一瞬だが、ターケシは見逃さなかった。


「……分からない。」


シフォンが瞬きをする。


「出張、ですか?」


「分からない。」


「いつ帰ってくるんですか?」


「それも分からない。」


シフォンの耳が、少しずつ下がっていく。


「でも、リュシアンさん、フィリアさんの幼馴染なんですよね。」


「そうだ。」


「近衛隊の人ですよね。」


「そうだ。」


「じゃあ……。」


シフォンは困った顔をした。


「どうして分からないんですか?」


リュシアンは答えなかった。


代わりに、ターケシが尋ねる。


「本当に知らないのか。」


「ああ。」


「昨日の朝、お前はフィリアと一緒に長老会のところまで行った。」


「行った。」


「その後も一日中、一緒にいただろ。」


「ああ。」


「その翌日からいなくなった。」


「……ああ。」


「何も聞いてない?」


「聞いていない。」


リュシアンの声には、落胆というより、どこか諦めに近いものが混じっている。


そう見えた。


ロザリアも尋ねる。


「フィリアがどこへ行ったのか、何の任務を与えられたのか。何も知らされていないのですか?」


「……ああ。」


「近衛隊の小隊長である、あなたにも?」


少し間があった。


「そうだ。」


それは。


少し、おかしいのではないだろうか。



念のため、別の者にも聞いてみることにした。


女王との懇談の際に何度か顔を合わせた、女王付きの侍女だった。


「フィリア様、でございますか?」


「はい。」


シフォンが尋ねる。


「昨日から見てないんです。どこにいるか知りませんか?」


侍女は少し考えた。


「申し訳ございません。存じ上げません。」


「女王様のところにも来てないんですか?」


侍女の顔に、困惑が浮かぶ。


「少なくとも、私はお見かけしておりません。」


「そうですか……。」


「何かございましたか?」


ターケシが答えた。


「急に会いに来なくなったから、少し心配になりまして。」


「左様でございますか……。お見かけしましたら、お知らせいたします。」


侍女は丁寧に頭を下げた。



帰り道。


四人はしばらく黙って歩いた。


世界樹の内外には、相変わらず穏やかな時間が流れている。


行き交うエルフたち。


店先に並ぶ果物や菓子。


枝葉の隙間から差し込む光。


昨日と何も変わらない。


シフォンだけが、何度も周囲を見回していた。


灰色の耳が、人々の声を拾うようにあちこちへ向く。


「……やっぱり、おかしいです。」


やがて、シフォンが言った。


ターケシが横を見る。


「昨日、ご主人様は、新しい任務かもしれないって言いましたよね。」


「言ったな。」


「でも。」


シフォンは少し考えてから続ける。


「任務なら、リュシアンさんが知らないの、おかしくないですか?」


ターケシは答えなかった。


シフォンなりに考えている。


だから、そのまま聞く。


「どうしてそう思う。」


「だって、フィリアさんとリュシアンさん、ずっと一緒だったじゃないですか。」


「幼馴染だからな。」


「それだけじゃなくて。」


シフォンは首を振る。


「北の灯火の時も、一緒に戦ってました。昨日も長老会まで一緒に行ってました。フィリアさんが何か危ない任務に行くなら、何か知ってると思います。」


ロザリアが静かに頷いた。


「私も、そう思いますわ。」


ターケシは二人を見る。


「それに。」


ロザリアが続ける。


「女王付きの侍女までご存知ない。」


「フィリアが女王のところへ行っていないだけかもしれん。」


「ええ。」


ロザリアは一度言葉を切った。


「ですが、昨日のフィリアの様子と合わせると、少々気になりますわ。」


昨日。


いつもよりよく喋った。


いつもよりよく笑った。


シフォンに食べ物を買い与え。


ロザリアに小物を押しつけ。


ターケシに何度もちょっかいをかけた。


そして。


夕方まで、一緒にいた。


まるで。


「……行っちゃう人みたいでした。」


昨夜と同じ言葉を、シフォンが口にした。


今度は。


誰も否定しなかった。



部屋へ戻る。


卓を囲む。


ターケシは椅子に深く座り、腕を組んだ。


「整理しよう。」


シフォンとロザリアが顔を上げる。


「まず、フィリアは長老会へ報告に行った。」


「その後、様子がおかしくなった。」


「次の日から姿を見せていない。」


「リュシアンも居場所を知らない。」


「女王付きの侍女も、ですわ。」


「そうだ。」


ターケシは指で卓を軽く叩く。


「新しい任務を命じられた。」


一度。


「可能性はある。」


二度。


「ただ、それなら……。」


言葉を止める。


ロザリアが引き取った。


「リュシアンにまで伏せる必要があるのか、ということですわね。」


「そういうことだ。」


もちろん。


機密任務なら、近衛隊の小隊長にすら伏せられることはあるだろう。


ターケシは、この国の仕組みを知らない。


知らない以上。


自分たちの常識だけで判断するべきではない。


それでも。


引っかかる。


昨日のフィリア。


そしてリュシアンの、


――今日は、好きにさせてやってくれ。


あの言葉。


そして今日。


本人もフィリアの所在を知らないと言った時の、あの顔。


「リュシアンも、おかしかった。」


ターケシが言った。


ロザリアが頷く。


「ええ。」


「知らないふりをしてる感じじゃなかった。」


「私もそう思います。」


「本当に知らない。どこに行ったかは、な。」


「と言うと?」


「なぜいなくなったかは、知ってるんじゃないか?」


シフォンが不安そうに二人を見る。


「でも……。」


声が小さくなる。


「フィリアさん、結局どこにいるんですか?」


誰も答えられなかった。



その日の夕方。


シフォンは一人で窓の外を見ていた。


世界樹の葉が風に揺れている。


昨日まで。


このどこかを、フィリアと一緒に歩いていた。


菓子を食べた。


露店を見た。


笑った。


いっぱい食べるぞー。


そう言って。


フィリアは笑っていた。


シフォンは、窓枠に手を置いた。


「……フィリアさん。」


返事はない。


それでも。


耳を澄ませる。


人々の声。


風の音。


遠くから聞こえる楽器の音。


フィリアの声は聞こえない。


「……ご主人様。」


後ろにいるターケシを振り返る。


「何だ。」


「探しませんか。」


ターケシは、すぐには答えなかった。


「フィリアさん。」


シフォンは、もう一度言った。


「私、何かあった気がします。」


灰色の耳が、ぺたりと伏せられている。


ターケシは窓の外へ目を向けた。


巨大な世界樹。


その幹。


枝。


根。


街。


王宮。


自分たちが見た場所など、そのほんの一部に過ぎない。


どこにいるのか。


何があったのか。


まだ。


何一つ分からない。


「……そうだな。」


ターケシは言った。


「もう少し、調べてみるか。」


シフォンの耳が、わずかに上がった。


まだ。


失踪と決まったわけではない。


危険な目に遭っていると決まったわけでもない。


だが。


ただの新しい任務だと考えるには。


違和感があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。