いつもより
その日。
フィリアは、どこかおかしかった。
いつもより、よく喋る。
いつもより、よく笑う。
「シフォン、これ食べてみなさい。」
「えっ、まだ食べるんですか?」
「あなたが言う?」
「食べます!」
「フフッ……そうでなくちゃ。」
さっきクリームをたっぷり使った菓子を食べたばかりなのに、フィリアは別の店へ寄ると、今度は果実を練り込んだ焼き菓子を買ってシフォンへ渡した。
「おいしいです!」
「そうでしょう?」
「フィリアさんも食べます?」
「もちろん。」
二人で半分ずつ食べる。
少し歩けば、また別の露店へ立ち寄る。
「これもおいしそうね。」
「食べましょう!」
「お前ら、まだ食うのか。」
ターケシが呆れる。
「観光よ。」
「食ってるだけじゃないか。」
「ヴァエルシアの食文化を学んでいるの。」
「便利な言葉だな。」
フィリアは声を上げて笑った。
いつもなら、もう少し静かに笑う女だった。
◇
次に捕まったのは、ロザリアだった。
「これ、似合うんじゃない?」
フィリアが露店から小さな飾りを手に取る。
葉を象った小さな留め具だった。
「昨日、髪飾りを買っていただいたばかりですわ。」
「それは髪飾り。これは留め具。」
「そういう問題では……。」
「じゃあ、これは?」
今度は、細い革紐に小さな青い石を通した腕飾り。
「フィリア。」
「何?」
「私を着せ替え人形にするつもりですの?」
「いいじゃない。似合うもの。」
「よくありませんわ。」
そう言いながらも、結局、一つ、また一つと、ロザリアの手には小物が増えていった。
「もう、本当に十分です!」
「遠慮しなくていいのに。」
「フィリア!」
ロザリアが困ったように声を上げる。
フィリアは楽しそうに笑った。
その少し後ろを歩くリュシアンが、ターケシと目を合わせる。
何も言わない。
だが、その顔には、はっきりと書いてあった。
――すまない。
――今日は許してやってくれ。
そんな顔だった。
ターケシは眉を寄せた。
やはり。
何かある。
◇
「ターケシ。」
「今度は何だ。」
「これ。」
フィリアが屋台の串焼きを差し出してきた。
「自分で食え。」
「一口だけ。」
「いらん。」
「いいから。」
「何で俺に食わせようとするんだ。」
「おいしいものは分けるものよ。」
「さっきまでシフォンに全部食わせてただろ。」
「細かい男ね。」
「誰がだ。」
「はい。」
口元へ串を突き出される。
「やめろ。」
「ほら。」
「子供じゃないんだぞ。」
「いいから。」
仕方なく一口食べる。
フィリアが満足そうに笑った。
「どう?」
「うまい。」
「でしょう?」
「それだけか。」
「それだけ。」
何だったんだ。
ターケシには分からない。
少し離れたところでは、シフォンが手で口を押さえながら、こちらを見ている。
「か、間接チューだ……『あーん』だ……。」
ロザリアは、すっと視線を逸らした。
「た、ただ食べ物を分けているだけですわ。そ、それだけで……。」
リュシアンだけが、また申し訳なさそうな顔をしていた。
「……何だ、その顔。」
ターケシが小声で尋ねる。
「いや。」
「何か知ってるだろ。」
「……。」
リュシアンは少し黙った。
「今日は、好きにさせてやってくれ。」
「何なんだよ。」
「私からは言えない。」
それだけだった。
◇
夕方まで。
フィリアは、よく喋った。
シフォンの食べ方を笑い、ロザリアに似合うものを探し、ターケシにくだらないちょっかいをかけた。
昨日までだって、十分に楽しそうだった。
だが。
今日は違う。
楽しんでいるというより。
楽しもうとしている。
そんなふうにも見えた。
◇
その夜。
部屋へ戻った後。
「……ご主人様。」
シフォンが、小さな声で言った。
「何だ。」
「フィリアさん。」
「うん。」
「どこかに行っちゃうんでしょうか……。」
ターケシがシフォンを見る。
灰色の耳が、少し垂れている。
「何でそう思う。」
「だって……。」
シフォンは少し考える。
「今日、ずっと変でした。」
「そうだな。」
「いっぱい喋って、いっぱい笑って。」
「お前にいっぱい食わせてたな。」
「はい。」
「ロザリアにも、いろいろ買ってた。」
ロザリアが手元を見る。
今日、フィリアから半ば押し付けられた小物が、卓の上にいくつも並んでいる。
「……確かに、少し不自然でしたわね。」
「でしょう?」
シフォンが身を乗り出す。
「それに、部屋で別れる前も、ずっと喋ってたんです。明日は何食べようとか、今度はどこへ行こうとか……。」
そして、小さく呟く。
「何か、行っちゃう人みたいでした。」
部屋が静かになった。
ターケシは腕を組む。
「出張かもな。」
「出張?」
「何か別の任務だ。」
シフォンが耳を立てる。
「任務……。」
「フィリアは、どうもただの奴隷だったわけじゃないみたいだしな。」
エルフ王国へ来てから、少しずつ分かってきた。
女王との距離。
リュシアンとの関係。
王城の軍事区画へ当然のように入れる立場。
七年間の任務。
知らないことは多い。
だが、少なくとも、ただ旅の途中で偶然出会ったエルフではなかった。
ロザリアが考え込む。
「今朝の長老会への報告で、何かあったのかもしれませんわ。」
「長老会か。」
「はい。フィリアがあのようになったのは、その後でしょう?」
言われてみれば、その通りだった。
ターケシは少し考える。
「どうかな……。」
答えは出ない。
「明日、リュシアンにでも聞いてみるか。」
「教えてくれますかしら……。」
「分からん。」
「聞くだけ聞いてみればよいのでは?」
ロザリアが言う。
「そうだな。」
シフォンは、まだ心配そうだった。
「……フィリアさん、どこにも行かないといいんですけど。」
ターケシは答えなかった。
窓の外。
世界樹の葉が、夜風に揺れていた。




