宣告
長い報告が終わろうとしていた。
そこで、暗闇の中から一つの声がした。
「奇妙だな。」
フィリアが顔を上げる。
「何がでしょうか。」
「白聖王家の霊廟。」
別の声。
「鎮魂の書。」
さらに。
「オーガの特異体。」
また。
「赤牙。」
そして。
「そのすべてに、お前は関わった。」
「はい。」
「一人で解決したわけではあるまい。」
フィリアは少し黙った。
「はい。」
「誰の手を借りた?」
それは。
「ターケシたち、です。」
暗闇の向こうで、誰かが小さく動いた。
「かの者どもについて、詳しく教えよ。」
フィリアは報告し始めた。
最初は、事実だけを。
ターケシ。
C級冒険者の枠に留まらない高い戦闘能力を持ち、大刀と大盾を主武装としながら、空手、柔道、相撲、日本拳法、剣、短槍にも通じている。さらに馬術、野営、追跡、警戒にも長けている。
次にシフォン。
灰狼族。赤牙に村を襲われ、捕らえられた奴隷。優れた嗅覚と高い機動力を持つ。
そしてロザリア。
四年前に没落したハリントン家の生き残り。剣術と魔法を使い、王宮公認闘技大会でも戦果を挙げた。
フィリアの声には、いつの間にか熱が入っていた。
「ターケシは、戦闘能力だけの男ではありません。」
誰も聞いていないことまで。
「状況判断に優れています。退くべき時には退き、守るべき者がいる時は――」
止まる。
だが、もう遅かった。
「灰狼族の娘も、随分高く評価しているな。」
「事実でございます。」
「ハリントン家の娘も。」
「……はい。」
フィリアはわずかに息を整えた。
「彼らがいなければ、今回の任務を完遂できなかった可能性があります。」
一拍。
「私自身、ここへ戻ることもできなかったかもしれません。」
部屋が静まった。
そして、暗闇の中から声がした。
「つまり。」
「彼らは知りすぎたということか。」
フィリアの目が動く。
「……何をでしょうか。」
「鎮魂の書。」
別の声。
「白聖王家の霊廟。」
「オーガ。」
「ドワーフ。」
「赤牙。」
最後に。
「貴エルフ語。」
フィリアは黙った。
「間もなく帰国するのだろう。」
「はい。」
「ならば。」
声は、あまりにも淡々としていた。
「途中で事故に遭ったことにすればよい。」
一瞬。
フィリアは意味を理解できなかった。
「……何を……。」
「始末すべきであろう。」
「お待ちください!」
思わず大きな声が出た。
「何だ。」
「彼らは強いです。」
フィリアは前へ出る。
「特にターケシを確実に殺害しようとすれば、こちらにも相当数の犠牲が出ます。」
「ならば、寝込みを襲うなり――」
「警戒心が強い者です。野営時も眠りは浅い。シフォンは嗅覚に優れています。毒物についても、獣人と人間で作用に差が――」
「ならば、別の方法を――」
「その必要はありません。」
フィリアの声が、また少しだけ強くなった。
「彼らには、利用価値があります。」
暗闇。
誰も遮らない。
「ターケシは、人間の第二王子と接点がございます。王国の冒険者社会にも顔が利きます。ロザリアは貴族社会へ戻りつつある。シフォンも北部の獣人社会と――」
そこで。
フィリアは止まった。
誰も、何も言わない。
暗闇の中で、自分の声だけが余計に響いていた。
しまった。
フィリアは、ようやく気づいた。
始末すべきだ。
あれは、提案ではなかった。
本気で暗殺方法を相談したかったわけでもない。
試された。
自分が、どこまでターケシたちを守ろうとするのか。
長い沈黙。
そして。
「分かった。」
声。
「報告、ご苦労だった。」
フィリアは、しばらく答えられなかった。
「……ありがとうございます。」
「七年。」
別の声。
「よく務めた。」
「……はい。」
そして。
「少し、疲れているようだな。」
フィリアの目が動く。
「……。」
「しばらく、休め。」
一瞬。
意味が分からなかった。
しばらく。
その言葉だけなら、穏やかだった。
だが。
ここはエルフ王国だ。
フィリアは知っている。
長老たちの言う、しばらく。
十年?
二十年?
もっと?
「……それは。」
「任務を解く。世界樹の側で、ゆるりと鋭気を養うがよかろう。女王にも、我らから伝えておこう。」
「……恐れながら! 私には、すぐにやらねばならないことが――」
「下がれ。」
反論も質問も許されなかった。
フィリアは立ち尽くした。
少しだけ、長く。
それから。
諦めたように、深く頭を下げる。
「……承知いたしました。」
◇
扉が閉じた。
リュシアンが、壁際で待っていた。
顔を上げる。
そして、すぐに表情が変わった。
「フィリア?」
返事がない。
「どうした。」
フィリアは、しばらくそこに立っていた。
「……帰るわ。」
それだけ言って、歩き出した。
「おい。」
リュシアンが後を追う。
来た時と同じ階段。
世界樹の地下から、地上へ。
一段。
また一段。
フィリアは黙ったまま登っていく。
「しばらく休め。」
その言葉だけが、頭から離れなかった。
長老たちの言う「しばらく」の意味。
十年か。
二十年か。
二百年か。
その頃。
ターケシは。
ロザリアは。
シフォンは。
もう。
もう、いないのだろう。
自分は、休養の名の下に軟禁される。
果たして、死刑宣告とどちらがマシだったろうか。
間もなく、地上の光が見えた。
フィリアは、考えるのをやめた。
階段を上る。
明るい。
地下の薄暗さに慣れた目には、朝の光が眩しかった。
「フィリアさーん!」
聞き慣れた声。
フィリアが顔を上げる。
シフォンが、こちらへ走ってくる。
その後ろに、ターケシとロザリア。
「ちょうどよかったです!」
シフォンの灰色の耳が、ぴんと立っている。
「女王様の侍女さんに教えてもらったんです! すっごくおいしいクリームのデザートが食べられるお店があるんですって!」
フィリアは、何も言わなかった。
「フィリアさん?」
シフォンが止まる。
顔を覗き込む。
「どうしたんですか?」
「……何が?」
「何か、元気がないです。」
「そう?」
「お腹、痛いですか?」
「……どうしてそうなるのよ。」
「だって昨日、いっぱいお菓子食べたじゃないですか。」
「あなたほどじゃないわよ。」
「私は大丈夫です!」
「でしょうね。」
「じゃあ、フィリアさんも大丈夫ですか?」
フィリアは、シフォンを見る。
彼女らと。
一緒にいる時間は。
あまり残されていないのだろう。
「……大丈夫よ。」
フィリアは笑った。
「本当に?」
「ええ。」
もう一度、笑う。
いつものフィリアらしく。
「行きましょう。」
「え?」
「そのお店。」
フィリアは、シフォンの横を通る。
「私も楽しみだわ。」
シフォンの耳が立った。
「本当ですか!?」
フィリアは振り返る。
そして。
普段の彼女からすれば。
不自然なくらい。
明るく笑った。
「いっぱい食べるぞー。」
「おー!」
シフォンが嬉しそうに拳を上げる。
「フィリアさん、今日は私と勝負ですよ!」
「望むところよ。」
「何の勝負だ。」
ターケシが呆れたように言う。
ロザリアが笑う。
いつもの声。
いつものやり取り。
フィリアも笑った。
その後ろで。
リュシアンだけが、笑わなかった。




