時には昔の話を
その日の夕方。
ターケシたちは王城へ戻った。
一日中歩き回ったせいか、シフォンはまたすっかり腹を空かせている。
四人に用意された食堂の卓には、焼いた川魚、香草を添えた野菜、木の実を練り込んだパン、果実、それに温かなスープが並んでいた。
「おいしいです!」
シフォンは今日、何度目か分からない言葉を口にした。
「お前、昼にも同じこと言ってなかったか。」
「お昼はお昼のおいしいです。これは晩ご飯のおいしいです。」
「便利だな、その言葉。」
「ご主人様も食べてるじゃないですか。」
「食事だからな。」
ロザリアが小さく笑う。
フィリアは慣れた様子で、果実酒の入った杯を傾けていた。
その時、扉が軽く叩かれた。
「どうぞ。」
フィリアが答える。
扉が開き、リュシアンが入ってきた。
「食事中にすまない。」
フィリアが座ったまま顔を向ける。
「長老会への報告日が決まった。」
その言葉に、フィリアの手がわずかに止まった。
「いつ?」
「明日の朝。」
「そう。」
それだけだった。
フィリアは何事もなかったように、杯を口元へ運ぶ。
ターケシは二人を見る。
長老会。
昨日、女王との会話でも出てきた言葉だ。
フィリアが七年間の任務について報告する相手らしい。
それ以上のことは、ターケシも知らない。
「伝達は以上だ。」
リュシアンが踵を返しかける。
「リュシアンさん!」
シフォンが呼び止めた。
「……何だ?」
「もう晩ご飯は食べました?」
突然の質問に、リュシアンが少し戸惑う。
「いや。これからだが。」
シフォンの耳がぴんと立った。
「じゃあ、一緒に食べませんか?」
「……私が?」
「はい!」
シフォンは満面の笑みで頷く。
「私、お二人のことをもっと聞きたいです!」
フィリアの杯が止まった。
「……シフォン。」
「だって、子供の頃からのお知り合いなんでしょう?」
「そうだけど。」
「七年ぶりに会ったんですよね?」
「そうね。」
「だったら、昔のフィリアさんのこと、いっぱい知ってますよね?」
「シフォン。」
先ほどより、少しだけ声が低くなった。
だが、シフォンは気づかない。
「フィリアさん、昔はどんな子だったんですか?」
リュシアンがフィリアを見る。
フィリアもリュシアンを見る。
短い沈黙。
ターケシはパンをちぎりながら、二人を見比べた。
ロザリアはすでに何かを察したのか、楽しそうに微笑んでいる。
リュシアンが静かに答えた。
「では、お言葉に甘えよう。」
「リュシアン。」
「夕食に誘われただけだ。」
「そう。」
フィリアは杯を置いた。
「余計なことを喋ったら、覚えておきなさい。」
「何のことか分からないな。」
「わあ! 楽しみです!」
シフォンだけが、心の底から嬉しそうだった。
やがて、リュシアンの分の食事も運ばれてきた。
「それで。」
待ちきれなかったのだろう。
リュシアンが一口食べるのも待たず、シフォンが尋ねた。
「お二人は、いつからのお知り合いなんですか?」
「いつから、と言われてもな。」
リュシアンが少し考える。
「子供の頃からだ。」
「じゃあ、幼馴染なんですね!」
「そうなるな。」
シフォンの耳が楽しそうに動く。
「初めて会ってから、どのくらいなんですか?」
「どのくらい……。」
リュシアンは少し考えてから、何でもないことのように答えようとした。
「三――」
「リュシアン。」
フィリアが遮った。
静かな声だった。
リュシアンが止まる。
フィリアは微笑んでいる。
だが、一瞬だけ、その視線が鋭くなった。
「人間の方々の前で、女性の年齢や、それを想像させるようなことを口にするのは、マナー違反ですよ。」
「……。」
リュシアンの背筋が、わずかに伸びた。
「いや、その……。」
明らかに怯んでいる。
「我々エルフは、細かな年月にはそれほど拘らないんだ。」
「そうですね。」
フィリアはにこやかに答えた。
「だから、つい。」
「そうですね。」
フィリアは何事もなかったように食事へ戻った。
「えー!」
シフォンが抗議の声を上げる。
「いいところだったのに!」
「何が?」
「だって今、リュシアンさん、『さん――』」
「フィ、フィリアは、子供の頃はよく喋る活発な女の子だった。」
「意外ですね! フィリアさん、いつも落ち着いていて大人の女性って感じなんですよ。何か面白かったことはありますか?」
「そういえば、この国では珍しい犬を初めて見た時――」
「あー! その話はやめなさい!」
「聞きたいですー!」
露骨な話題逸らしに気づかないまま、シフォンの質問攻めは続いた。
ターケシは何も言わず、黙々と食事を続ける。
聞きたいことはあった。
七年間の任務とは何か。
奴隷になっていたのも任務だったのか。
人間の王国で何をしていたのか。
そういえば、妙に裏社会にも詳しかった。
だが、ターケシは何も尋ねなかった。
彼女の秘密を知ってどうするのか。
知る必要があるのか。
彼女が自ら話すまでは、他愛のない子供時代の話でもしていればいい。
そう思った。




