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奴隷市場から始まる異世界冒険譚―第二部エルフ王国編  作者: たーけし
旅立ち

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焚き火

王都を出て三日。

街道は徐々に北へ向かっていた。

「本当に来ちゃいましたね。」

シフォンが荷馬車の荷台で呟く。

「まだ王都が見える気がします。」

御者台のターケシとフィリアが答える。

「気のせいだ。」

「気のせいです。」

フィリアは前方を見る。

「ここから先は、私も知らない景色が増えるわ。」

「故郷じゃないのか?」

「七年も経てば変わるものよ。」

「……。」

「それに。」

「何?」

「私も帰るのは、少し怖い。」

ターケシは、フィリアの横顔をちらりと見た

かつて地下格闘技大会前にした質問。

『何で奴隷になった?』

その答えを、まだ聞いていない。

焚き火を囲む。まだこの辺りは治安がいいが、交代で休む。

最初の目的地は、北部の辺境伯領。アルフォンスとも懇意にしている老伯爵だ。聞けば、ロザリアも子供の頃に会ったことがあるらしい。

旅が始まってから、ロザリアは無口だ。

今も黙々と木剣を振っていた。

一歩。

また一歩。

踏み込む。

「……。」

せっかく再会した友人たち。騎士学校の同窓生。

先日の茶会は、何となく心地良いばかりではなかったと察する。セシリアの迎えの馬車に乗るときも、帰ってきた時も、笑顔ではあったが、帰りは少し陰があった。

あの夜も、中庭で黙々と木剣を振り、踏み込みを繰り返す姿からは、何か寂しさと悔しさを感じた。

「眠らないのか。」

「もう少しだけ。」

「……。」

「私、少しだけ期待していたんですの。」

「何をだ。」

「何も変わっていないことを。」

「でも、変わっていた。」

「私も。」

「王都も。」

「四年間だからな。変わらない方がおかしい。」

「誰かというより、自分に腹が立つんです。ただ戻ってきただけで、全てが上手くいくと思っていたんですから。」

「……。」

一種の沈黙。

ぱちり、焚き火が音を立てる。

『もし、あの日ハリントン家が没落していなかったら。』

『もし、奴隷になっていなかったら。』

そんなことを考えても仕方がないのだが。

「ロザリア。」

「はい。」

「これから、北部へ行く。」

「はい。」

「たぶん、お前のこと、お父上のこと、覚えている人がいる。」

「…はい。」

「帰る場所にするかどうかは、お前が決めていい。」

「……!」

「ハリントン家へ戻るか。」

「王都へ戻るか。」

「それとも、別の場所へ行くか。」

「お前はもう、奴隷じゃない。何に縛られるかくらいは、自分で決めて良い。」  

「……はい!」

焚き火がもう一度鳴った。

寝袋に入り込みながら、

「ごしゅ…ターケシさん…ふふ、なんて言えばいいかわからなくなりましたわ。」

「好きに呼べ。ウスノロ野郎、とか悪口は勘弁してくれると助かる。」

「ふふふ、ターケシ、さん。ターケシさん、にしますね。」

「ああ。ロザリア…でいいか?ロザリアさん、ロザリア嬢、にしようか?」

「ふふふふふ、やめてください。シフォンが起きちゃいますよ…ロザリアって呼んで下さい。今までどおりが良いです。」

「わかった。おやすみ、ロザリア。」

「おやすみなさい。ターケシさん。」

「ターケシくん、交代。」

フィリアが起きてくる。

「おお、ありがとうな。」

「…ずいぶん、ロザリアと仲良さそうにしてましたね。」

「なんだ、起きてたのか。」

「別に。」

「エルフ王国に、いるんだろ。知り合いとか。」

「ええまぁ。たくさん。嫌になるほど。」

「お土産とか買わなくてよかったのか。」

「全員に買ってたらキリがない。それに、土産話ならたくさんある。」

「そうか。」

ターケシは、それ以上聞かなかった。

七年。

フィリアにもまた、自分たちの知らない人生がある。

焚き火の向こう。

北の空には、薄く星が瞬いていた。

「ご主人様…」

「ん?」

「交代です。」

「おお、もうそんな時間か。」

ターケシは寝袋から身を起こす。

焚き火の向こうでは、シフォンが膝を抱えて座っていた。

「まだ大丈夫だったんですけど。」

「起こさないのも悪いかなって……。」

「気にするな。」

ターケシは軽く伸びをする。

「代わるぞ。ご苦労さん。」

「はい。」

少しだけ間が空く。

「ご主人様。」

「何だ。」

「フウ、元気でしょうか。」

思わず笑ってしまった。

「元気に決まってるだろ。」

「元気すぎて持て余してる頃だ。」

フウは、さすがに長旅へ連れていくわけにはいかなかった。

今までは宿の女将に預けることもあったが、それもどうなんだと思い始めていた。

結局、思い切ってアルフォンスへ預けてきた。

「アルフォンス様、大丈夫でしょうか。」

「大丈夫じゃない。」

「えっ。」

「だからリディアに丸投げしてた。」

「あ。」

王宮に住まうオーガの子供。

さすがに前例がなかったらしい。

『リ、リディア!頼む!』

『なぜ私なのですか!?』

『一番面倒見がいい!』

『だからといってオーガの子供を押し付けないでください!!』

妙齢の独身女性に子供を預けるのはどうかと思った。

……いや、こちらが言えた義理ではないのだが。

しかし。

フウはあっという間にリディアへ懐いた。

『ふぅー!』

『うっ……。』

『ふぅー!』

『ち、近い……!』

『ふぅー!』

『うう……アルフォンス様のご命令なれば……。』

最終的には、実家から理解のあるメイドまで呼び寄せたらしい。

「悪いことをした。」

「少しだけ。」

「少しなんですね。」

シフォンがくすりと笑う。

「でも。」

「何だ。」

「リディアさん、嬉しそうでした。」

「……。」

「フウも。」

夏の夜風が吹く。

「帰ったら、また会えますよね。」

「ああ。」

「ちゃんと帰る。」

「約束、ですよ。」

「破ったことがあったか?」

「……たまに無茶します。」

「否定できんな。」

シフォンが小さく笑う。

「でも、信じてます。」

「信じてくれ。」

シフォンは安心したように尻尾を揺らした。 

北の空には、無数の星が瞬いていた。

三人は、それぞれ違うものを胸に抱いていた。

それでも今は、同じ焚き火を囲んでいる。

北への旅は、まだ始まったばかりだった。

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