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奴隷市場から始まる異世界冒険譚―第二部エルフ王国編  作者: たーけし
旅立ち

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旅立ちの前奏 後編

宿の夕方。

「…そういえば。」

茶会から戻って着替えたロザリアが話しかける。

なぜだか少し気まずそうだ。

「何だ。」

「結局、この宿にはいつまで泊まるんですか?」

シフォンが首を傾げる。

ターケシは少し考える。

「さあな。」

「家は借りないんですの?」

フィリアがロザリアに近づいて囁く。

「茶会で何を吹き込まれたの?」

「なっ!?」

「分かりやすいわね。」

ターケシは少女たちの会話は気にせず、

「借りてもいいんだが……。」

「?」

「何となく、まだ旅が終わってない気がする。」

静寂。

フィリアが小さく笑った。

「珍しいことを言うのね。」

「何がだ。」

「あなた、自分から旅の話なんてしないじゃない。」

「お前が旅うんぬんとか言うからだろ。」

「ごしゅ…ターケシ、どこかに行きますの?」

「いや…決まってるわけではないんだが…。」

シフォンはまた首を傾げる。

その時。

「王宮からの使いです。」

宿の扉を叩いたのは、一人の近衛騎士だった。

シフォンの耳がぴくりと動く。

「ひゃい!?」

思わず背筋が伸びる。

「シフォン、落ち着け。」

「だ、だって王宮ですよ!?」

「この前も行っただろ。」

「この前は優勝した直後だったので記憶が曖昧です!」

「大丈夫か、お前。」

ターケシが扉を開ける。

中の会話が聞こえていたのだろう、近衛騎士は苦笑を浮かべる。

「アルフォンス第二王子殿下より、皆様へご依頼がございます。」

「依頼?」

ターケシが眉をひそめる。

「はい。」

「ご都合のよろしい時に、王宮までお越しいただきたいとのことです。」

フィリアが小さく得意気に目を閉じる。

「ほらね。」

「知っていたのか?」

「何となく。」

「お前、本当に何者なんだ。」

「今さら?」

ロザリアが首を傾げる。

「王宮からの依頼……ですか。」

「内容は伺っておりますか?」

近衛騎士は答える。

「申し訳ありません。」

「私どもは伝令のみを仰せつかっております。」

「ただ、今回は、あくまで冒険者の皆様への依頼であって、強制ではない、とのことです。」

フィリアが小さく呟く。

「それなら、エルフ王国ね。」

「分かるのか?」

「勘よ。」

「嘘だろ。」

「失礼ね。」

「全部知ってる顔だぞ。」

フィリアは答えなかった。

ただ、窓の外を見つめる。

北の空。

その向こうには、もう何年も帰っていない故郷があった。

「……。」

「フィリア?」

「何でもないわ。」

「ただ。」

「少しだけ、覚悟を決めないといけないと思っただけ。」

ターケシたちは、まだ知らない。

この依頼が。

王都を離れ、世界の真実へ至る長い旅の始まりになることを。

数日ぶりの王宮だった。

「よく来てくれた。」

応接室では、アルフォンス第二王子が穏やかな笑みを浮かべていた。

その傍らには、リディア。

少し離れた場所には、服務大臣ヴォルマンと宰相クラウゼンの姿もある。

「まずは改めて。」

「王宮公認闘技大会優勝、おめでとう。」

「ありがとうございます。」

シフォンが勢いよく頭を下げる。

「ひゃ――いえ、ありがとうございます!」

アルフォンスの肩がぴくりと震えた。

ターケシは見なかったことにした。

「さて。」

アルフォンスは表情を改める。

「君たちに、一つ依頼がある。」

「エルフ王国へ行ってほしい。」

「なるほど。」

「……驚かないんだな。」

ターケシは隣を見る。

フィリアは何食わぬ顔をしていた。

「ここにエルフがおりますので。」

「はは。」

アルフォンスは苦笑する。

「察しがいいな。」

「半分くらいは勘よ。」

「残り半分は?」

「秘密。」

フィリアは涼しい顔で紅茶を口にした。

アルフォンスは咳払いを一つ。

「理由は三つだ。」

「まず、勅使を送る前に、エルフ王国との関係を整えておきたい。」

「地ならし、ということか。」

「そういうことだ。」

「二つ目。」

アルフォンスの声が少し低くなる。

「北部を見てきてほしい。」

ロザリアが顔を上げた。

「北部……。」

「ハリントン家事件の再調査が始まっている。」

「それに伴い、北部の情勢も動き始めている。」

「君たちなら、貴族にも民にも話を聞けるだろう。」

ターケシは黙って聞いていた。

「そして最後。」

アルフォンスは、一人ずつ顔を見る。

「エルフ王国の動向を知りたい。」

静寂。

「フィリア。」

「何かしら。」

「君を疑っているわけじゃない。」

「知ってるわ。」

「だが、この国を預かる者としては知っておかなければならない。」

フィリアは少しだけ目を伏せた。

「当然ね。」

アルフォンスは頷く。

「分かる範囲で構わない。」

「見て、聞いて、帰ってきてくれ。」

ターケシが腕を組む。

「ずいぶんと重要な依頼だな。」

「重要だ。」

アルフォンスは即答した。

「だからこそ、君たちに頼みたい。」

そして。

「最後に。」

アルフォンスの表情が、王子のものではなくなった。

「道中、気をつけてくれ。」

「……。」

「暗殺者が出ても、おかしくない。」

シフォンの耳がぴくりと動く。

「そこまでですか?」

ヴォルマンが静かに口を開いた。

「奴隷の英雄。」

「北部の英雄。」

「そして、第二王子の協力者。」

「皆様は、ご自身が思っている以上に目立っておられます。」

クラウゼンは相変わらず作り笑いを浮かべていた。

「どうか、実りある旅となりますよう。」

ターケシは小さく息を吐く。

「断ったら?」

「もちろん構わない。」

アルフォンスは微笑む。

「これは王命ではない。」

「冒険者への依頼だ。」

「受けるかどうかは、君たちが決めてくれ。」

ターケシは仲間たちを見る。

シフォン。

ロザリア。

フィリア。

そして。

「……何となくだが。」

「まだ旅が終わってない気がしてた。」

アルフォンスが目を細める。

「そうか。」

ターケシは小さく笑った。

「依頼を受けよう。」

アルフォンスは頭を下げる。

「ありがとう。恩に着る。」

服務大臣ヴォルマンが話しかける。

「ターケシ殿。」

「何でしょう、ヴォルマン殿。」

「これは、服務大臣としてではありません。」

「一人の老人として申し上げます。」

「どうか、お気をつけください。」

「……。」

「奴隷の娘が王国最強を打ち破った。」

「ハリントン家の娘が帰ってきた。」

「それを快く思わぬ者は、必ずおります。」

「英雄は、人々に愛されます。」

「ですが。」

「同じくらい、人々に恐れられるのです。」

シフォンが少し不安そうに言う。

「私たち、悪いことしてません。」

ヴォルマンは優しく笑う。

「ええ。」

「だからこそです。」

「善人が英雄になると、悪人は眠れなくなる。」

さらにロザリアを見る。

「ロザリア殿。」

「はい。」

「あなたは、ハリントン家最後の娘ではありません。」

「既に、ハリントン家を復活させた娘です。」

「その事実は、北部を大きく揺らします。」

再びターケシを見る。

「守って差し上げてください。」

「言われるまでもない。」

「ふふ。」

「それを聞いて安心しました。」

「どうかご無事で戻られますよう。」

宰相クラウゼンが続く。

「どうか、実りある旅となりますよう。」

彼だけが始終変わらぬ笑顔のまま、目が笑っていないのが気になった。

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