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奴隷市場から始まる異世界冒険譚―第二部エルフ王国編  作者: たーけし
旅立ち

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旅立ちの前奏 前編

ロザリアが茶会へ行き、暑さにへばったシフォンが宿で休んでいる頃、

ターケシは、一人で冒険者ギルドへ顔を出していた。

扉を開ける。

いつもの酒の匂い。

汗の匂い。

革鎧の匂い。

怒鳴り声。

笑い声。

王都で一番落ち着く場所だった。

「先生!!」

「おっ!」

「本当に来やがった!」

次の瞬間。

「一杯奢らせてくれ!」

「英雄様のお出ましだ!」

「王国最強を倒したって!?」

「倒したのは俺じゃない。」

「細けぇことはいいんだよ!」

あっという間に肩を組まれる。

「いや、だから離せ。」

「先生!今度、剣教えてくれ!」

「お前ら、依頼へ行け。」

「嫌だ!」

「何でだ。」

ギルドマスターがカウンターの奥で苦笑していた。

「随分と人気者になったな。」

「勘弁してくれ。」

「無理だな。」

ギルドマスターは肩を竦める。

「王宮公認闘技大会優勝だ。」

「しかも王国最強を倒した。」

「冒険者にとっては、自分たちの代表みたいなものだ。」

ターケシは小さくため息を吐いた。

その時だった。

隅の席から、ひそひそと声が聞こえた。

「……あいつが第二王子派か。」

「関わらない方がいい。」

「目をつけられるぞ。」

「王都の政治なんて、ろくなもんじゃねぇ。」

ターケシは黙って酒を口へ運ぶ。

聞こえていないふりをした。

ギルドマスターが小さく眉をひそめる。

「気にするな。」

「気にしてない。」

「嘘をつけ。」

ターケシは少しだけ笑った。

「まあ。」

「慣れてる。」

その言葉に、ギルドマスターは何も言わなかった。

冒険者。

奴隷。

異邦人。

ターケシは、この世界へ来てから十年間、ずっと余所者だった。

今さら一つ肩書きが増えたところで、大したことではない。

「先生!」

「今度は何だ。」

「本当に王様に会ったのか!?」

「会った。」

「どんな人だった!?」

ターケシは少し考える。

「……気の良さそうなおっさんだった。」

「「「おっさん!?」」」

「国王陛下だぞ!?」

「いや、そうは言うが。」

「シフォンのことをニヤニヤして見てた。」

「え?」

「王宮でシフォンの真似をしてたらしい。」

「「「は?」」」

「ひ、ひゃい!って。」

「「「ぶはははは!!!」」」

「俺も闘技場に行ったんだがよお!」

「シフォンちゃんのあの返事、傑作だったな!」

「閉会式の歩き方もみんな真似してるぞ!」

「みんなの人気者だ!」

冒険者ギルドは、そんなに変わらないな。ターケシは安心した。

ロザリアが茶会へ赴き。

シフォンが王都を歩き。

ターケシが冒険者ギルドで酒を飲んでいた頃。

フィリアは、一人で王都を歩いていた。

特に目的はない。

強いて言うなら、いつもの情報収集だ。

市場。

酒場。

古書店。

そして、王城の見える丘。

七年間。

彼女はそうやって生きてきた。

「……王都の空気が変わった。」

ぽつりと呟く。

夕暮れの風が、緑色の髪を揺らした。

その日の情報だけでも十分だった。

第二王子派と宰相派の対立が、以前より表面化していること。

ハリントン家事件の再調査が、水面下で進められていること。

そして。

宰相派が、何とか巻き返しを図ろうとしていること。

「厄介ね。」

英雄は、国を動かす。

それはエルフ王国でも同じだった。

フィリアは、誰よりも知っている。

王都へ戻る途中。

偶然、ターケシと合流した。

「珍しいな。」

「何が?」

「お前が一人で歩いてるのは。」

「失礼ね。」

フィリアは肩を竦める。

「少し考え事をしていただけよ。」

ターケシは何となく察した。

「何かあったのか。」

「……王都の空気が変わった。」

「人気者になっただけじゃないのか?」

フィリアは首を振る。

「違う。」

しばらく黙り込む。

「英雄はね。」

「愛されるの。」

「でも。」

「同じくらい、恐れられる。」

ターケシは何も言わない。

フィリアは続ける。

「シフォンは奴隷の英雄。」

「ロザリアは北部の英雄。」

「あなたは第二王子の協力者。」

「そして私は、エルフ。」

「これだけ揃えば、十分よ。」

「何がだ。」

「王都から消えてほしいと思われる理由が。」

夏の風が吹く。

「そこまでか?」

「ええ。」

フィリアは空を見上げた。

「あなたたちは、自分たちが思っているより有名になりすぎた。」

「……。」

「私はね。」

「同じものを何度も見てきた。」

「英雄は、国を救う。」

「でも。」

「国は、英雄を持て余す。」

ターケシは小さく息を吐く。

「面倒な話だな。」

「王都なんて、どの国もそんなものよ。」

フィリアは少しだけ笑った。

「だから。」

「何だ。」

「旅に出るには、ちょうどいい頃合いかもしれないわ。」

「旅…?」

「そう。近々、アルフォンスから呼び出しがあるはずよ。考えておいて。」

ターケシは空を見上げる。

夏の空は、どこまでも高かった。

その向こう。

北の果てには。

フィリアの故郷がある。

そして。

まだ誰も知らない世界の真実が、静かに彼らを待っていた。

「お前、本当に何者なんだ。」

「今さら?」

フィリアは小さく笑った。

だが。

その笑みは、どこか寂しそうだった。

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