女王との懇談
やがて、ターケシたちもその部屋へ通された。
先ほどとは違い、文武の臣下が並んでいるわけではない。
女王と数人の侍女。
そしてフィリア。
ターケシたちは改めて礼を取った。
「こちらが、旅の仲間のみなさんね。」
女王が尋ねる。
「はい、陛下。私は彼らと、短い間ですが、多くの冒険をしてまいりました。」
フィリアは一歩進み、恭しく頭を下げた。
だが、その顔には、えっへん、とでも言いたげな誇らしさが浮かんでいる。
ターケシは、そんなフィリアの分かりやすい表情にも、女王との親しげな雰囲気にも驚いた。
フィリアの紹介が始まる。
「こちらがターケシ殿です。エルドラシア王国では冒険者として活動しており、C級冒険者ですが、古代の巨人のスケルトンやオーガの特異体を退けるなど、その実績はC級という枠には到底収まりません。」
女王がターケシを見る。
ターケシは、思わぬ称賛の言葉に一層居心地が悪くなった。
「戦場では大刀と大盾を扱います。見るも無残な荒々しい戦い方をしますが、それだけではありません。」
「おい。」
ターケシが小さく口を挟む。
フィリアは構わず続けた。
「空手、柔道、相撲、日本拳法という、彼の故郷に伝わる複数の武術にも通じています。剣を持たせても、短槍を持たせても一流です。馬術、野営、追跡、警戒、集団戦にも慣れています。」
女王が興味深そうにターケシを見る。
「随分と多芸なのですね。」
「本人はあまり言いたがりませんが、女性の扱いにもきっと経験豊富です。陛下も、お側におられる皆様も、どうかご用心を。」
女王は口元に手を当てて笑みを深くし、侍女たちからもクスクスと笑い声が漏れた。
「そ、そうなんですか!?」
シフォンが仰け反る。
ロザリアまで、わずかに顔を赤らめている気がする。
「おい……フィリア。」
「私は女王の臣下として、報告と意見を申し上げているまでです。」
フィリアは涼しい顔だった。
「指導者としても優秀です。本人が戦えるだけではありません。相手の特徴を見て、何が足りないかを判断し、それぞれに適した形で技術を教えることができます。」
フィリアはそこで一度言葉を切った。
「私の知る限り、非常に優れた戦士です。」
ターケシは何とも居心地が悪そうに黙った。
次に、フィリアはシフォンを見る。
「こちらがシフォン。北部の灰狼族の娘です。」
「シ、シフォンです!」
勢いよく頭を下げる。
「お、お目にかかれて、えっと、嬉しいです! 女王陛下!」
女王が微笑んだ。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。」
「はい!」
返事だけは立派だった。
「まだ十六歳ですが、優れた戦士です。幼い頃、生まれ育った村を赤牙に襲われ、奴隷にされました。それでも今日まで生き抜いてきた娘です。」
シフォンの表情が少しだけ引き締まる。
「灰狼族特有の嗅覚を生かした索敵や追跡を得意としています。戦闘では二本の剣、あるいは短剣を使います。」
灰色の耳が少し立った。
「ターケシ殿から相撲と柔道を学び、組み合った状態での戦いにも非常に強くなりました。小柄で俊敏。敵の側面や背後へ回り込んで急襲することなど、お手の物です。自分より大きな相手を投げ飛ばす力強さもあります。」
「フィリアさん……。」
シフォンが照れくさそうにする。
「それから、明るく、人懐こい娘です。食べることが好きで、どこへ行っても、気がつけば周囲の者と仲良くなっています。」
「そんなことまで!?」
「重要なことでしょう。」
「そうですけどぉ……。」
女王がまた小さく笑った。
最後に、フィリアはロザリアへ向き直った。
「そして、こちらがロザリア・フォン・ハリントン。」
ロザリアが一歩前へ出る。
旅装のままだったが、その礼には幼い頃から身につけた貴族の作法が自然に現れていた。
「お目にかかれましたこと、光栄に存じます。陛下。」
「ハリントン家のご息女ですね。」
「はい。」
フィリアが続ける。
「エルドラシア王国ハリントン子爵家の次女です。四年前に家が没落し、その後は奴隷として暮らしていましたが、エルドラシア王国一の戦士を決める王宮公認闘技大会で、シフォンとともに王宮直属の騎士やエルフの魔法使いを含む並み居る強敵を打ち破り、褒美として国王陛下よりハリントン子爵家の復興を認められた女傑です。」
「ま、まだ復興の途上ですわ……。家の復興も、ターケシさんの交渉のお陰ですし……。」
ロザリアが赤くなり、もじもじとする。
「確定事項です。」
フィリアが、いたずら気な笑みを浮かべる。
そして続けた。
「剣術の素養があり、レイピアを得意とします。水魔法にも優れ、火魔法も扱えます。古王国の遺跡では、無数のスケルトンを水魔法で打ち砕き、火魔法で焼き尽くすところを見ました。」
ロザリアがまた少し身じろぎした。
「ターケシ殿から柔道をはじめとする武術も学び、打撃から投げ、関節技へつなぐなど、貴族にありがちな型どおりの戦法だけではない、多彩な戦い方を身につけています。」
そして。
フィリアの声が、少しだけ柔らかくなった。
「ですが、彼女について申し上げるべきことは、戦闘の強さだけではありません。」
ロザリアがフィリアを見る。
「家の没落から、様々なことがありました。それでも、自分が何者であるかを失わなかった者です。」
ロザリアの目が、わずかに見開かれた。
「芯が強く、聡明で、信頼できる者です。」
部屋が静かになった。
女王はターケシを見る。
シフォンを見る。
ロザリアを見る。
そして最後に、フィリアを見た。
「なるほどね。」
「以上でございます、陛下。」
「ありがとう。思ったのだけれど――」
女王の口元に、いたずらな笑みが浮かんだ。
「あなたが誰かに夢中になっているのを、初めて見たわ。本当にこの者たちのことが大好きなのね。」
「……へ?」
「私の方が付き合いが長いのに。あなたから、そんな愛の告白のような言葉をもらったことはないもの。」
女王が、わざとらしく少し頬を膨らませる。
「私、嫉妬しちゃうわぁ。」
フィリアの頬が、見る間に赤くなっていく。
「へ、陛下。私は、別に、そのような……。」
侍女たちが声を抑えきれず、笑い始めた。
ターケシが目を瞬く。
シフォンはフィリアを凝視する。
ロザリアは口元に浮かぶ笑みを隠すように視線を伏せている。
フィリアが、なんとか言葉を絞り出した。
「お、お言葉ですが……お戯れは、そのくらいになさってくださいませ。」
「ごめんなさいね。」
女王はそう言ったが、その口元にはまだ笑みが残っていた。
ターケシはフィリアを見る。
森でも。
戦場でも。
赤牙に囲まれた時でさえ。
いつもどこか余裕のあった女だった。
そのフィリアが、女王の一言で頬を赤くしている。
長い付き合いなのだろう。
それだけは、よく分かった。
女王はターケシへ視線を移した。
「アルフォンス殿下から、私宛ての書を預かっているそうですね。」
「こちらです、陛下。」
ターケシは大切に保管していた書状を取り出した。
「エルドラシア王国第二王子、アルフォンス殿下よりお預かりしたものです。」
侍女が進み出る。
ターケシから書状を受け取り、女王へ差し出した。
女王は封蝋を確認してから受け取った。
「確かに。」
そして、ターケシたちへ目を向ける。
「遠いところを、よく届けてくださいました。」
「それが依頼でしたから。」
女王が、わずかに笑う。
「フィリアから、困難がたくさんあったと先に報告を受けています。」
「まあ……たくさんありました。」
「たくさんありましたねぇ……。」
シフォンがしみじみと頷く。
ロザリアも苦笑した。
フィリアだけは、先ほどのことなどなかったかのように澄ました顔へ戻っている。
女王は、そんな一行を見渡した。
「ご苦労様でした。」
その声は穏やかだった。
「人間の王都に比べれば小さな街ですが、どうかゆっくりなさってください。」
「ありがとうございます。」
ターケシが頭を下げる。
「フィリア。」
「はい、陛下。」
「明日から、あなたが世界樹とこの街を案内してあげなさい。」
「承知いたしました。」
フィリアは恭しく頭を下げた。
「それでは、本日はもうお休みなさい。部屋を用意させています。」
「ありがとうございます、陛下。」
ロザリアが礼を取り、シフォンも慌ててそれに倣った。
「ありがとうございます!」
ターケシも一礼する。
一行は侍女に導かれ、部屋を後にした。
扉が閉じる。
世界樹の中を通る廊下へ出たところで。
「はぁぁぁぁ……。」
シフォンが大きく息を吐いた。
「どうした。」
「女王様でした……。」
「そうだな。」
「本物の女王様でした……。」
「だから、そうだな。」
「でも、気さくな方でした。」
シフォンはまだ興奮している。
ロザリアも、さすがに緊張していたのか、小さく息を吐いた。
その隣を、フィリアだけが何事もなかったように歩いている。
ターケシは、その横顔を見た。
七年ぶりに帰った故郷。
聞き飽きたという帰還の曲。
幼馴染だというリュシアン。
親しげに言葉を交わす女王。
ターケシたちが知らなかったフィリアの顔が、この国へ来てから次々と現れている。
明日からは、彼女自身が世界樹とこの都を案内してくれる。
エルフ王国へ着いた。
その実感が、ようやく少しずつ湧いてきた。




