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奴隷市場から始まる異世界冒険譚―第二部エルフ王国編  作者: たーけし
世界樹の国

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世界樹の都

世界樹ヴァエルシア。

峠から見た時でさえ、その大きさは理解しがたいものだった。

だが、近づけば近づくほど、ターケシにはますます分からなくなった。

天を突く梢。

山ひとつはあろうかという幹。

根は大地を這うというより、巨大な丘陵そのものとなって森の中へ伸びている。

その根と根の間に家々が建ち、道が通り、水路が流れていた。

そして、幹の麓に開いた巨大な洞。

遠くから町ひとつが収まっているように見えたそこには、本当にエルフたちの都があった。

石造りの建物。

木造の家。

巨大な根をそのまま壁や屋根の一部として利用した建物。

枝から吊られた橋。

幹に沿って上へ伸びていく階段。

どこまでが自然で、どこからが人の手によるものなのか、ターケシには見分けがつかなかった。

「すごいですねぇ……。」

前に座ったシフォンが、先ほどから同じ言葉ばかり繰り返している。

「それ、何回目だ。」

「だって、すごいんですもん。」

灰色の耳が忙しなく動いている。

ターケシの前に乗せてもらっていることなど、今はもう気にならないらしい。

ロザリアも周囲を見回していた。

王都で貴族の娘として育った彼女でさえ、初めて見るものばかりなのだろう。

一方、フィリアだけは静かだった。

七年ぶりの故郷。

その顔には懐かしさこそあったが、ターケシたちほど周囲を見回すことはない。

彼女にとっては、これが日常だったのだ。

やがて、先頭を進んでいたリュシアンが片手を上げた。

女王近衛隊の隊列が整う。

前後左右を守っていた兵たちが位置を変え、客人であるターケシたちを中央に置いたまま、整然と進み始めた。

そして。

音楽が聞こえた。

低く響く管楽器。

それに重なる弦。

やがて太鼓が一定の歩調を刻み始める。

荘厳でありながら、どこか晴れやかな旋律だった。

近衛隊の兵たちが背筋を伸ばす。

先頭を進むリュシアンの姿にも、どこか誇らしげなものがあった。

「わぁ……。」

シフォンが振り返る。

「ご主人様、この曲、気に入りました!」

「俺に言われてもな。」

「フィリアさん!」

少し前を進んでいたフィリアが振り返る。

「何?」

「この曲、気に入りました!」

「そう……。」

あまりにも素っ気ない。

シフォンが首を傾げた。

「嫌いなんですか?」

「いいえ。」

フィリアは前へ向き直った。

「聞き飽きただけよ。」

「こんなにいい曲なのに……。」

シフォンには理解できないらしい。

ターケシもフィリアの背中を見た。

聞き飽きた。

つまり、それだけ何度も聞いたということだ。

それ以上は聞かなかった。

近衛隊は音楽に迎えられながら、世界樹の都を進んでいった。

世界樹の内部に、宮殿はあった。

そう説明されても、ターケシにはしばらく意味が分からなかった。

巨大な洞のさらに奥。

ヴァエルシアの内部へ入り込むように、広大な空間が作られている。

ただ木をくり抜いたというものではない。

巨大な幹そのものと、石や金属、磨かれた木材を組み合わせ、長い年月をかけて造り上げられた場所だった。

高い天井。

太い柱。

壁面には植物を思わせる彫刻が施され、淡い光を放つ魔法具が一定の間隔で並んでいる。

ターケシは、かつて見たドワーフの街と近いものを感じた。

自然の中へ建物を押し込むのではなく、巨大な自然そのものを都市の一部として利用している。

その最奥。

広間には、多くの者が居並んでいた。

武官。

文官。

儀礼を司る者。

華美ではないが、明らかに高い地位にあると分かる衣服をまとったエルフたち。

シフォンの歩みが露骨に小さくなった。

「ご、ご主人様……。」

「何だ。」

「すごい人がいっぱいいます……。」

「そうだな。」

「私、変なことしてません?」

「今のところは。」

「今のところって何ですかぁ……。」

小声でそんなことを言いながらも、シフォンは必死に背筋を伸ばしている。

ロザリアはさすがだった。

驚いてはいる。

だが、幼い頃から貴族社会で育っただけあって、歩き方も視線も崩れない。

そしてフィリアは。

無表情だった。

荘厳な広間にも。

居並ぶ者たちにも。

ほとんど興味を示していない。

やがて、一行は広間の中央で足を止めた。

その先。

幾段かの階段の上の玉座に、一人のエルフが座っていた。

エルフ王国の女王。

流れるような銀髪が、それ自体装飾であるように輝いている。

金色の王冠は控えめで、派手に光り輝くものではなかったが、その銀髪によく映えていた。

年齢はよく分からない。

ただ、人間の目には妙齢の女性に見える。

顔立ちは端正で気品がありながら、どこか愛らしさもあり、穏やかな微笑を湛えていた。

緑の葉や蔓を象った刺繍が施された白い衣服は、高位聖職者のそれを思わせる宗教的な威厳と落ち着きを持っている。

シフォンが息を呑む音が聞こえた。

ターケシも礼を取る。

ロザリアがそれに続き、シフォンも慌てて頭を下げた。

フィリアは誰より自然に、そして深く頭を垂れた。

女王が客人を歓迎する。

遠路を越えて訪れたことへの労い。

エルドラシア王国との友好。

第二王子アルフォンスからの使者を迎えられたことへの喜び。

整った言葉が、広間に響いた。

それに応じて、居並ぶ者たちが一斉に礼を示す。

壮麗だった。

少なくとも、ターケシにはそう見えた。

シフォンなど、感動しているのが横からでも分かる。

ロザリアも、この規模の歓迎を受けるとは思っていなかったのだろう。わずかに驚きを隠せていない。

フィリアだけが、静かに頭を下げていた。

しばらくして。

フィリアは一人、別室へ通されていた。

先ほどの大広間とは違う。

十分に広い部屋ではあったが、居並ぶ臣下はいない。

女王と、数人の侍女だけだった。

フィリアは女王の前で恭しく頭を下げた。

「ただいま戻りました、陛下。」

女王はしばらく答えなかった。

ただ、フィリアを見ていた。

顔。

髪。

旅装。

七年前に送り出した臣下が、本当に目の前にいることを確かめるように。

やがて、女王の表情が柔らかくなった。

「……お帰りなさい、フィリア。」

「はい。」

「本当に、長い任務になりましたね。」

フィリアは少しだけ笑った。

「そうかもしれません。」

七年。

数百年を生きると言われるエルフにとって、その重みは人間とは少し違う。

それでも、待つ時間まで短くなるわけではない。

女王はフィリアの姿を改めて見た。

「それにしても、この度は奴隷にまで身をやつせとは。大層な苦労だったでしょう。」

「少しは骨のある任務でした。」

「少し、ですか?」

「はい。少しは苦労いたしました。」

女王は困ったように微笑んだ。

「……ひどいことはありませんでしたか?」

フィリアは一瞬だけ考えた。

「特には何も。」

女王はそれ以上、尋ねなかった。

「そう。」

それだけ言って、小さく息を吐いた。

「無事に戻ってくれて、何よりです。」

フィリアは静かに頭を下げた。

「ご心配をおかけいたしました。」

先ほどの謁見の場には、本当に国を動かしている長老たちは誰もいなかった。

あれは茶番だ。

外国から来た使者を盛大に歓迎していると示すための、古くから続く儀礼。

フィリアにとっては、女王と侍女しかいないこの場こそ、本当に長旅を労ってもらえる場所だった。

女王は親しげに続ける。

よほど、この臣下に気を許しているのだろう。

「人間の国の様子は、また詳しく聞きたいわ。でもまず、この後、一緒に連れて来た者たちを紹介してくれるかしら。」

フィリアも恭しく頭を下げながら、笑みを浮かべた。

「赤牙や奴隷制度のことは、また報告にまとめます。」

「そんな話は長老たちへしてあげてくださいな。自分で撒いた邪な種がどんな悪果を得ようとしているかなんて、自分で見に行けばいいのに。」

威厳ある女王が、つんと斜め上を向いて口を尖らせる。

そんな我儘な表情を見たことがある者が、どれほどいるだろうか。

フィリアは、その姿を見て。

ようやく肩の荷が下りる思いがしていた。

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