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奴隷市場から始まる異世界冒険譚―第二部エルフ王国編  作者: たーけし
攻防

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33/63

青天の銀狼

「駆け抜けろ!!」

クラウスが剣を振り下ろした。

ドドドドドドッ!!

十一騎が森を駆ける。そのすぐ横を、ロザリアも遅れずについていく。

「騎兵だ!!」

「後ろだ!!」

赤牙の弓兵たちが叫んだ。

つい先ほどまで、彼らが見ていたのは後退する敵だった。前方を進む味方、そのさらに先を退いていく北の灯火。敵は前にしかいない。そう思っていた。

弓を構えたまま振り返った時には、青地に銀狼の旗がすぐそこまで迫っていた。

弓兵の指揮官が何か叫ぼうとしたが、もう間に合わない。

ある者は矢を番え、ある者は弓を捨てて剣へ手を伸ばし、ある者は逃げようとする。そのいずれよりも早く、騎士たちが襲いかかった。

ガキンッ!!

弓を構えていた男が、咄嗟に抜いた剣で騎士の一撃を受ける。だが、馬上から叩きつけられた衝撃を支えきれず、身体ごと弾き飛ばされた。

その横を別の騎士が駆け抜けざまに剣を薙ぐ。

「ぐあっ!」

悲鳴が上がり、弓が落ち、矢筒が地面を転がる。弓兵の隊列は、わずかな時間で崩れ始めた。

「駆け抜けろ! 前へ!」

クラウスが叫ぶ。

騎士たちは倒れた者へとどめを刺すことも、逃げる者を追うこともない。目的は弓兵を殲滅することではなく、その先にいる赤牙の主力を後ろから突くことだった。

「止めろ!!」

赤牙の男が槍を向ける。

クラウスは手綱を引き、馬体を僅かに横へ流して穂先をかわした。そのまますれ違いざまに剣を走らせる。

「がっ!」

男が倒れる。

その横では、ロザリアの馬が別の兵へ迫っていた。赤牙の男が剣を振り上げるより早く、レイピアが閃く。

「ぐあっ!」

腕を斬られた男が崩れ落ちる。

さらにもう一人。

ロザリアが左手を向けた。

「水の斧よ…!」

ドンッ!!

水の塊に胸を打たれ、男の身体が後方へ吹き飛んだ。

「離れないでください!」

クラウスの声が飛ぶ。

「はい!」

ロザリアが応える。

十一騎とロザリア。十二の騎影は勢いを落とすことなく、赤牙の弓兵を突き破っていった。

「何だ!?」

赤牙の前衛が振り返った。

後方から聞こえてくるのは、悲鳴と怒号。そして森の地面を震わせる蹄の音だった。

「後ろだ!」

「後ろから敵だ!!」

「騎兵だぞ!!」

「何だと!?」

北の灯火を追っていた兵たちの足が止まる。

木々の向こうでは弓兵たちが逃げ惑い、その中から青地に銀狼の旗が飛び出してきた。

「辺境伯の騎士団だ!!」

誰かが叫んだ。

前方には北の灯火。後方には騎士団。

赤牙の兵たちに動揺が走る中、クラウスは剣を掲げた。

「このまま行くぞ!!」

「応!!」

ドドドドドドッ!!

騎士たちは木をかわし、岩を避け、倒木を越えながら駆ける。平地のような密集突撃はできない。それでも森と雪山で鍛えられたヴィンターベルグの騎士たちは、一騎、二騎と木々の間隔に合わせて隊形を変えながら、赤牙の後背へ迫っていった。

「槍を出せ!」

赤牙の指揮官が叫ぶ。

「騎兵を止めろ!!」

兵たちが慌てて向きを変え、後方へ槍を構える。

その瞬間、彼らの意識は前方から離れた。

蹄の音を聞き、ローズが顔を上げた。

「…騎兵?」

ターケシも振り返る。

「味方か?」

「分からん。」

ローズは目を凝らした。

木々の向こうに旗が見える。

青地に、銀狼。

その紋章を認めた瞬間、ローズの目が見開かれた。

「青天の銀狼…!」

その旗を、北部の民で知らぬ者はいない。

北の街道を守り、魔物を討ち、冬の雪原を駆け抜ける。北部で何かが起これば真っ先に駆けつける、ヴィンターベルグ辺境伯家の狼たち。

「騎士団だ!!」

「青天の銀狼だ!!」

「来てくれたぞ!!」

北の灯火から歓声が上がる。

だが、ローズは喜んでいるだけではなかった。すぐに戦場へ目を戻す。

赤牙の前衛は新たな脅威に気を取られ、もうこちらを見ていない。後方へ槍を向ける者、騎兵の数を確かめようと振り返る者、何が起きたのか分からず立ち止まる者。戦列が乱れている。

「総員構え!」

ローズが叫んだ。

後退していた北の灯火の戦士たちが止まり、剣、槍、斧、弓を赤牙へ向け直す。

ローズは長剣を振り下ろした。

「押し返せ!!」

「応!!」

今度は北の灯火が走った。

「北の灯火が戻ってくるぞ!!」

赤牙の兵が叫んだ。

前には北の灯火。後ろにはヴィンターベルグ騎士団。

「槍は後ろだ!」

「前からも来るぞ!!」

怒号が交錯する。

ガキンッ!!

ローズが敵の剣を弾き、間髪を入れず踏み込んで長剣を薙ぐ。敵が倒れると、その横ではターケシの大刀が別の兵を斬り伏せ、大盾がさらにもう一人を弾き飛ばした。

「ご主人様! 右です!」

シフォンが低く駆け込む。敵が振るった剣の下へ潜り、二本の短剣を走らせる。

「ぐっ!」

男が膝をつく。

ヒュンッ!

その後方から飛んできた矢が、別の兵の肩へ突き立った。フィリアはすでに次の矢を番えている。

そして再び、蹄の音。

「来るぞ!!」

赤牙の兵が振り返った。

木々の間から銀狼が現れる。

騎士が駆け抜けざまに剣を振るい、赤牙の兵がよろめく。騎士たちは密集した敵の中央へ無理に突っ込まず、木々の間を駆けながら外側から隊列を削り、乱していった。

赤牙が騎士団へ向き直れば、北の灯火が押す。北の灯火へ向き直れば、騎士団が後ろから迫る。

数ではなお赤牙が上回っている。それでも、前後から同時に圧力を受けた戦列は、次第に一つの隊として動けなくなっていった。

リリアは戦場を見ていた。

「…ヴィンターベルグ騎士団…か。」

左頬の古傷が僅かに動く。

騎士団は十二騎。数だけを見れば、多くはない。

だが、問題はそこではなかった。

「隊長!」

兵が駆け寄る。

「後方の弓兵が破られました! 北の灯火も反転、前衛が挟撃を受けています!」

「見えている。」

リリアは戦場を見渡した。

乱れた前衛。散らされた弓兵。反転した北の灯火。そして、背後から戦列を切り崩しているヴィンターベルグ騎士団。

何より問題なのは、マリナから受けた報告との食い違いだった。

西へ逃げたのは三十前後。ローズを含め負傷者が多く、子供たちもいる。

違った。

「…やられたな。」

リリアが呟く。

「騎士団は十二騎だけか?」

「確認できているのは十二騎です!」

「そうか。」

リリアは森へ目を向けた。

十二騎。

だが、十二騎しかいないという意味ではない。

ヴィンターベルグ辺境伯は、すでに赤牙を敵と定めて動いているのだろう。ここにいるのが十二騎でも、別働隊がいる可能性は高い。後続がこちらへ向かっていることも考えなければならない。

このまま戦闘を続ければ、いつ、どこから新手が現れるか分からない。さらに、ここはエルフ王国との国境にも近い。時間をかけるほど状況は悪くなる。

「退く。」

兵が顔を上げた。

「ですが、まだ数はこちらが――」

「騎士団が十二騎だけだという保証がどこにある。」

「…!」

「ここに十二騎いるなら、後続がいると考えろ。」

リリアは剣を抜いた。

「前衛へ伝えろ。順次後退。散った弓兵を集めろ。いったん拠点へ戻る。」

「はっ!」

兵が走り出そうとする。

「待て。」

伝令が足を止めた。

リリアは淡々と言った。

「負傷者を拾え。動けない者は――」

一瞬。

「楽にしてやれ。」

「…はっ!」

伝令の顔に一瞬だけ戦慄が浮かんだ。それを押し殺し、男は走り出す。

やがて森の各所で命令が復唱された。

「撤退!!」

「拠点へ戻れ!!」

「前衛から順次下がれ!!」

赤牙が動き始める。

「敵が下がるぞ!」

北の灯火から声が上がる。

「追うな!!」

ローズが即座に止めた。

赤牙は敗走しているわけではない。乱れた部隊をまとめながら、森の奥へと後退している。ここで追えば、今度はこちらが戦列を崩しかねなかった。

ターケシが大きく息を吐く。

「助かったな。」

「ああ。」

ローズもようやく剣を下ろした。

その時、蹄の音が近づいてきた。

ローズが振り返る。

青天の銀狼。

先頭にいるのは、赤髪の若い騎士。

そして、その隣。

ローズが動きを止めた。

馬上の少女も、姉を見ていた。

「…姉様。」

「ロザリア…。」

ロザリアが馬から飛び降りた。

「姉様!」

駆け寄ってきた妹を、ローズが強く抱きしめる。

「よく戻った!」

「…はい。」

ロザリアの声が震えた。

「遅くなって…すみません。」

「そんなことないぞ。」

ローズは妹を抱きしめたまま、もう一度言った。

「よく戻ってきた。」

「…はい。」

それだけでよかった。

しばらくして、ローズは妹の肩を掴んで身体を離し、その顔を確かめる。

「怪我はないか?」

「大丈夫ですわ。」

「そうか。」

ようやく、ローズの表情が緩んだ。

「よかった。」

少し離れたところでシフォンが嬉しそうに笑い、ターケシも何も言わずに姉妹を見守っている。フィリアも弓を下ろした。

クラウスが馬から降りると、ローズが振り返った。

「助かった。」

「あれが我々の任務です。」

クラウスは短く答え、退いていく赤牙へ目を向ける。

「ですが、敵はまだ健在です。」

「ああ。」

ローズも森の奥を見る。

赤牙は崩壊してはいない。まだ終わってはいなかった。

西の戦いが終わった後、南へ向かったヴィンターベルグ騎士団本隊も、森を移動していた北の灯火の一団を発見した。

負傷者、老人、子供たち。そして彼らを守っていた戦士たちは、全員が騎士団の保護下へ入った。さらに森の各所へ分散していた騎士団の別働隊も順次合流し、夕刻までには捜索に出ていた兵力の大半が再集結していた。

その日の夜。

森の一角に設けられた野営地で、クラウスは焚き火を挟んでローズと向き合っていた。

「我々は赤牙の前線拠点を攻撃します。」

ローズが顔を上げる。

「奴らも今日の戦いで損害を受けています。何より、まだこちらの兵力を正確に把握できていないはずです。」

クラウスは膝の上に広げた地図へ目を落とした。

「態勢を立て直す時間を与えるべきではありません。奴らをこの森から追い払うなら、今です。」

ローズは少し考えてから頷いた。

「ああ。場所は分かる。」

「ご存じなのですか?」

「うちの『密偵』が掴んでいた。」

そう答えたローズの表情が、僅かに曇る。

「その本人は、今は赤牙に囚われている。できれば助けてくれ。」

焚き火が、ぱちりと鳴った。

クラウスは何も問い返さず、ただ頷いた。

「わかりました。」

再び、狼たちが動き始める。

「俺たちも一緒に行く。」

ターケシが声をかけると、クラウスが振り返った。

「馬は乗れますか?」

「俺とフィリアは乗れる。シフォンは俺の前に乗せる。」

「では、予備の馬を。」

騎士の一人が馬を引いてきて、ターケシに手綱を渡す。

「私も行きますわ。」

今度はロザリアが手を挙げた。

ターケシが顔をしかめる。

「走り詰めだろ。休んだ方がいい。」

「戦い詰めなのは皆同じですわ。それに――」

ロザリアは一度言葉を切り、ターケシたちを見回した。

「私だけ別行動は、もうごめんですわ。」

そう言って、不敵に笑う。

ターケシは少しだけ目を細めた。

大人びた、自信に満ちた笑みをするようになった。

「うぅ…。」

その横から、情けない声が聞こえた。

シフォンが馬を見上げ、灰色の耳を垂らしている。

「私だけ、一人で乗れないなんて…子供みたいですぅ…。」

「お前は子供だろ。」

「ひどいです!」

昼間まで戦場だった森に、小さな笑い声が響いた。

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