反撃 後編
「かかれ!!」
ローズの号令とともに。
北の灯火の戦士たちが襲いかかる。
「なんだこいつらは!」
赤牙の叫び。
剣と剣がぶつかる。
槍が、斧が繰り出される。
「押せ!」
「下がるな!」
怒号が飛び交うが、不意打ちが効いていた。
突然の至近距離での一斉射に、それまで少数の敵を追撃し包囲するつもりだった赤牙は、完全に態勢を崩されている。
「この!!」
ローズが長剣を振るう。
ガキンッ!!
敵の剣を弾く。
胴を薙ぐ。
「ぐあっ!」
赤牙の男が崩折れる。
みるみるうちに赤牙の先頭が下がっていく。
北の灯火の戦士たちが前へ出る。
「戦列を保て!」
「深追いするな!」
ローズは剣を構えたまま叫ぶ。
「敵はまだ百人以上いる!」
赤牙は退いている。
だが、総崩れしているわけではない。
森の奥には、まだ無数の人影が見える。
「負傷者を後ろへ!」
「弓兵! 次に備えろ!」
声が次々と飛ぶ。
北の灯火の戦士たちが素早く動く。
飛び出していた者が戻る。
負傷者が後方へ運ばれる。
弓を持つ者が木々の間に散る。
剣や槍を持つ者が、その前へ立つ。
押し返しただけで戦果だ。
ローズは赤牙の向こうを睨んだ。
「まだ来るぞ。」
◇
赤牙の兵たちが後退する。
「前列を下げろ! 後列を出せ!」
声が飛ぶ。
「隊列を組み直せ!」
混乱していた兵たちが、徐々に動きを取り戻していく。
その後方。
リリアは剣を抜いていなかった。
黒髪を後ろで束ね。
左頬の古傷を動かすこともなく。
戦場を見ている。
「…五十。」
呟く。
マリナから聞いていた数と違う。
西へ逃げたのは三十前後。
その多くは負傷者。
そう聞いていた。
だが。
目の前にいるのは。
明らかに闘志にあふれた戦士たちが五十近く。
「隊長!」
兵の一人が駆け寄る。
「伏兵です! 北の灯火が――」
「見れば分かる。」
「はっ。」
リリアは森を見る。
追撃により隊列が乱れていた。
そこへ至近距離から一斉射を受けた。
さらに敵は、その混乱を利用して反撃してきている。
こちらが押し返されるのは当然。
深追いしてくれば包み込んでやろう。
だが。
「…突っ込んでは来ないな。」
リリアが呟く。
北の灯火は、こちらを追撃していない。
森の奥へ下がりながら戦列を整えている。
「ローズ。」
小さく名前を呼ぶ。
伏撃が成功し、こちらの先頭を崩した。
兵数差を考えれば、一気に畳みかけたいと思ってもおかしくない。
それでも、勝ちを急がない。
「厄介だ。」
だが。
数はこちらが圧倒している。
その事実は変わらない。
「弓兵。」
「はっ!」
「前へ。」
「一斉射の準備。」
伝令が走る。
「弓兵前へ!」
「前列、射線を開けろ!」
赤牙の兵たちが身をかがめ、あるいは数歩横へずれて射線を開ける。
その後方。
弓を持った兵たちが並ぶ。
リリアが手を上げた。
「射て。」
弦が鳴った。
◇
「矢が来る!」
誰かが叫んだ。
ザザザザッ!!
空気が鳴る。
矢が森へ降った。
枝。
葉。
木の幹。
無数の障害物が、飛来する矢を阻む。
バキッ!
一本が枝を折った。
別の一本が木の幹へ突き刺さる。
何本もの矢が葉に触れ、軌道を変える。
それでも、何割かは地表へ、北の灯火の戦士たちへ降り注ぐ。
「ぐっ!」
男が肩を押さえた。
「大丈夫か!」
「腕だ! まだ動ける!」
「うっ!」
女が膝をつく。
腿に矢が刺さっている。
「下がれ!」
「肩を貸せ!」
二人が負傷者を抱える。
「第二射が来る!」
また誰かが叫んだ。
「木の陰へ! 伏せろ!」
ローズの号令。
戦士たちが一斉に散る。
再び。
ザザザザッ!!
矢が降る。
カンッ!
ターケシの大盾に矢が当たった。
一本。
二本。
三本。
盾を傾ける。
その陰へシフォンが滑り込んだ。
「ありがとうございます!」
「頭出すな。」
「はい!」
矢が木々を叩く。
葉が散る。
枝が落ちる。
森そのものが雨に打たれているようだった。
威力は削がれている。
命中率も高くない。
だが。
数が違う。
一本。
また一本。
北の灯火に傷を増やしていく。
ローズは周囲を見る。
このまま射たれ続ければまずい。
「後退する!」
声を張り上げる。
「負傷者から下げろ!」
「弓兵は交互に射て!」
「前列! 敵を近づけるな!」
北の灯火が動く。
走らない。
背中を見せない。
互いに庇いながら。
少しずつ。
西へ下がる。
「下がれ!」
「そっちの負傷者を先に!」
「慌てるな!」
「戦列を崩すな!」
ローズは前線に残る。
「ローズ様!」
仲間の一人が振り返る。
「先に下がれ!」
「しかし――」
「殿には私も加わる。お前たちは負傷者を連れて下がれ。」
仲間は命令に従った。
ローズは長剣を構える。
その横へ。
大刀と大盾の男が並ぶ。
「俺も。」
「働き者だな。」
「働き者の奴隷商人なんて聞いたことないだろう?」
「どうかな。」
ターケシが大盾を、ローズが長剣を構える。
カンッ!!
矢を盾に当てて弾く。
その横から接近した赤牙の兵へ、ローズが踏み込む。
ガキンッ!!
剣を弾く。
返す刃を肩口に打ち込み、前蹴りで倒す。
敵はひっくり返った。
「少しずつ下がるぞ。」
「ああ。」
下がる。
追いすがる敵に向き直って斬り伏せる。
また下がる。
戦線は再び西へ移りつつあった。
◇
「敵が後退していきます!」
報告を聞いて。
リリアは目を細めた。
北の灯火は崩れてはいない。
負傷者を下げ。
弓で牽制し。
前列を交代させながら後退している。
見事なものだ。
だが。
後退は後退。
そして。
こちらには数がある。
「前衛をさらに前に。」
「追撃ですか?」
「ああ。」
「弓兵は?」
リリアは前方を見る。
北の灯火との距離が開きつつある。
このまま森の奥へ逃げ込まれれば。
また追跡のやり直しになる。
「後方から援護させろ。」
「はっ!」
リリアが手を上げる。
「追え!!」
号令が響いた。
赤牙が動く。
剣を持つ者。
槍を持つ者。
次々と西へ走り始める。
「逃がすな!」
「押せ!」
「北の灯火の奴らをここで潰せ!」
再び。
赤牙の主力が前へ出る。
北の灯火を追って。
さらに西へ。
さらに前へ。
後方には。
弓兵たちが残った。
弓を番え。
前方へ注意を向け。
追撃する味方を援護する。
彼らにとって、敵は前方にしかいないはずだった。
◇
遠く。
微かに。
鋼のぶつかる音が聞こえた。
クラウスが右手を上げる。
馬が速度を落とした。
後ろの騎士たちも続く。
ロザリアも手綱を引いた。
「音が…聞こえますわ。」
「ああ。」
剣戟。
怒号。
時折。
矢の飛ぶ音。
間違いない。
戦闘が行われている。
「遠くないな。」
クラウスは馬上から森の奥に目を凝らす。
街道ではない。
獣道ですらない。
木々が不規則に並ぶ北部の森。
普通ならば、騎兵が速度を出せる場所ではない。
しかし、この騎士たちは違う。
北部で育ち。
森を走り。
雪原を越え。
山道を馬で駆ける訓練をしてきた。
馬もまた。
この土地で育っている。
「音を抑えろ。」
クラウスが低く言った。
騎士たちが頷く。
速度を落とす。
木を避け。
岩を回り。
柔らかな地面を選ぶ。
ロザリアとクラウスを含めた十二騎が。
森の中を静かに進む。
やがて。
木々の向こうに人影が見え始める。
赤牙。
ロザリアの表情が変わる。
「…いましたわ。」
クラウスが手で制した。
「まだです。」
ロザリアは頷く。
前を見る。
弓兵。
二十。
三十。
さらにその向こう。
赤牙の兵たちが西へ走っている。
何かを追っている。
そして。
そのさらに先。
木々の隙間。
一瞬。
長い金髪が見えた。
剣を振るう女。
「…姉様…!」
ローズが戦っている。
ロザリアはクラウスを見る。
その若き指揮官は、手をかざして目を細める。
「あれがハリントン子爵家のご長女、ローズ殿か。四年前の事件から消息不明と聞いていましたが、本当に生きておられたのですね。」
感慨にふけるだけではもちろん、ない。
赤牙の隊列を観察している。
弓兵。
全員が西を向いている。
その前方。
赤牙の主力はさらに遠ざかっていく。
「追え…!」
遠くからの女の号令。
赤牙の指揮官だろう。
赤牙の兵たちが、さらに西へ走る。
クラウスは待った。
赤牙の前衛が前方へ離れていく。
弓兵たちは、もちろんこちらに気づいていない。
クラウスが片手を前に出す。
十一騎が静かに動き始める。
常歩。
速歩。
そして。
駈歩。
蹄が地面を蹴る。
トッ。
トトッ。
トトトトトッ!!
木々の間を。
馬が走る。
迫る枝に、クラウスとロザリアは身体を伏せる。
頭上を枝が掠めていった。
大きな木の根や岩は、馬体を傾けてかわす。
倒木には、手綱を引く。
馬が跳び越える。
着地してそのまま加速。
後続も続く。
一列。
二列。
木々の間隔に合わせて形を変えながら。
十一騎が森を駆ける。
ロザリアも遅れない。
赤牙の弓兵の一人が。
ようやく異変に気づいた。
「…何だ?」
蹄の音。
それも近い。
男が振り返る。
木々の間から。
青地に銀狼の旗が現れた。
男の顔から血の気が引く。
「き、騎兵だとぉ――」
「抜刀!!」
クラウスが剣を抜いた。
十一騎が応える。
「応!!」
ロザリアも剣を抜く。
赤牙の弓兵の指揮官が振り返った。
その時には。
もう遅かった。




