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奴隷市場から始まる異世界冒険譚―第二部エルフ王国編  作者: たーけし
攻防

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30/67

救援

朝日は、すでに森の梢を越えていた。

宿場村の外れ。

街道を押さえるように建てられた小さな石造りの砦では、慌ただしく人が行き交っていた。

本来は北方からの侵攻に備えた街道防衛のための砦である。

平時の守備兵は多くない。

だが今は、ロザリアたちの捜索拠点としてヴィンターベルク騎士団が駐屯していた。

低く重い角笛の音が、森の向こうへ消えていく。

散開している騎士たちへの、緊急集結の合図だった。

「全員が戻るまで、どれくらいですか?」

ロザリアが尋ねる。

クラウスは地図から目を上げなかった。

「近い班なら半刻。」

指が地図の上を動く。

「だが、全員を集めるなら一刻以上はかかります。」

「一刻……。」

ロザリアは唇を噛んだ。

長い。

あまりにも長い。

ターケシたちは今も森の中にいる。

赤牙を西へ引きつけるために。

三人だけで。

「待てませんわ。」

「ああ。」

クラウスは即答した。

「待ちません。」

「え?」

ロザリアが顔を上げる。

クラウスは地図から離れ、砦の中庭へ視線を向けた。

すでに馬へ鞍を載せ、出撃準備を整えている騎士たちがいる。

「現在、この砦にいる騎士は?」

「私を含めて十一騎です。」

「十一……。」

赤牙は約二百。

そして偽情報を信じたなら、その相当数が西へ向かっている。

ロザリアは思わず首を振った。

「ですが、十一騎では――」

「敵を倒しに行くのではありません。」

クラウスは遮った。

指先が地図の西を叩く。

「ターケシ殿たちを助けます。」

「……。」

「敵はローズ殿たちが西へ逃げたと思っている。」

「はい。」

「そして、ターケシ殿たちは敵をさらに西へ誘導している。」

「そのはずです。」

クラウスは頷いた。

「ならば赤牙は、我々に背を向けています。」

ロザリアは地図を見る。

赤牙の前線拠点。

そこから西へ向かう敵。

そのさらに西で、ターケシたちが戦っている。

「後ろから叩くのですね。」

「はい。」

「ですが……。」

ロザリアは不安そうにクラウスを見る。

「敵は、百を超えるかもしれません。」

「でしょうね。」

クラウスはあっさり認めた。

「十一騎で百五十人を倒すことなど考えていません。」

その言葉に、ロザリアは僅かに目を見開いた。

「我々の目的は敵の撃破ではない。」

クラウスは地図上の西の森を指した。

「追撃を止める。」

「その間にターケシ殿たちを離脱させる。」

「それだけです。」

森の中で百五十人もの兵が、一つの塊になって動けるはずがない。

木がある。

岩がある。

沢がある。

道は狭い。

追撃が長くなればなるほど、隊列は伸びる。

前衛と後衛の距離も開く。

まして赤牙は、逃げる敵を追っている。

自分たちの後方から騎兵が来るとは考えていない。

「最後尾を叩きます。」

クラウスが言った。

「混乱させればいい。」

「辺境伯軍が来たと分からせれば、少なくとも今までのようには追えなくなる。」

「その隙に救出する……。」

「ええ。」

勝つための戦いではない。

助けるための戦い。

そして。

生きて帰るための戦いだった。

ロザリアは地図の南へ視線を落とした。

「姉様たちは……。」

クラウスも頷いた。

「そちらが問題です。」

ローズは子供たちを連れて南へ逃げている。

老人もいる。

負傷者もいる。

戦える者の多くは西の偽装拠点へ向かわせた。

戦闘になれば、もっとも脆い集団だった。

「残りの騎士は、どうしますの?」

「南へ向かわせます。」

クラウスは即答した。

「集結した三十九騎は、そのままローズ殿たちの救援へ。」

ロザリアが息を呑む。

「三十九騎すべてを?」

「はい。」

「しかし、そうすればあなたは十一騎だけで……。」

「だからこそです。」

クラウスは静かに答えた。

「我々十一騎は、戦うために行くのではありません。」

「ターケシ殿たちを連れて帰る。」

「そのためだけなら、十一騎でもやりようはあります。」

だが。

子供たちは違う。

逃げ切れなければ戦うしかない。

ならば、戦力はそちらへ集中させるべきだった。

クラウスは近くにいた伝令を呼んだ。

「伝令!」

「はっ!」

「散開中の各班へ命令!」

騎士が姿勢を正す。

「捜索任務は終了。」

「集結した者から南へ向かえ!」

「ローズ・フォン・ハリントン率いる避難民を捜索!」

「発見次第、保護せよ!」

「はっ!」

「子供、老人、負傷者がいる。」

「戦闘より保護を優先しろ。」

「赤牙の追撃部隊と接触した場合は?」

伝令が尋ねる。

クラウスの表情が変わった。

「排除しろ。」

短い命令だった。

「はっ!」

伝令が馬へ飛び乗る。

蹄の音が遠ざかっていった。

ロザリアは、その後ろ姿を見送る。

「……ありがとうございます。」

クラウスが振り返った。

「何がです。」

「姉様たちを。」

「礼は、全員を連れて帰ってからにしてください。」

「……はい。」

クラウスは兜を被った。

顎紐を締める。

そして、自分の馬へ跨った。

十人の騎士たちも次々と馬上の人となる。

ロザリアにも一頭の馬が用意されていた。

鞍へ足を掛ける。

疲労は残っている。

脚も痛い。

それでも。

今度は一人ではない。

「ロザリア殿。」

クラウスが声をかける。

「はい。」

「西への道は分かりますか?」

「おおよそなら。」

「十分です。」

クラウスが剣を抜いた。

朝日を受け、刃が白く輝く。

「十一騎。」

十人の騎士たちが、一斉にクラウスを見る。

「目的は敵の撃破ではない。」

静かな声だった。

「我々の客人が、今も森で戦っている。」

「彼らを見つける。」

「敵を止める。」

「そして――」

クラウスは剣を西へ向けた。

「味方を連れて帰る。」

「忘れるな。」

「はっ!!」

騎士たちの声が重なった。

「開門!」

重い音を立てて、砦の門が開いていく。

その向こう。

西へ続く街道。

さらに先には、深い森が広がっている。

クラウスが剣を振り下ろした。

「出るぞ!」

蹄が地面を蹴った。

一騎。

また一騎。

十一騎が砦の門を駆け抜ける。

ロザリアも、その中にいた。

目指すは西。

百五十の赤牙が集まりつつある森。

そのさらに向こうで。

ターケシ。

シフォン。

フィリア。

三人の仲間が、今も戦っている。

そして。

十一騎とは別に。

北部各地から集まりつつある三十九騎には、すでに新たな命令が走っていた。

――南へ。

――ローズ・フォン・ハリントンを探せ。

――子供たちを守れ。

散り散りになった者たちを救うため。

ヴィンターベルクの銀狼は、二つの方向へ走り始めた。

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