↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奴隷市場から始まる異世界冒険譚―第二部エルフ王国編  作者: たーけし
攻防

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/66

逃走と懺悔

戦いは、一方的だった。

「西側だ! 西側の柵が破られた!!」

「敵が入り込んでる!」

「囲まれてるぞ!!」

「退路を絶ちに来てる!!」

怒号と悲鳴が、夜の森へ響き渡る。

火矢によって燃え上がる見張り台。

鋼のぶつかり合う音。

北の灯火は精鋭だった。

だが。

赤牙の数は、それを凌駕していた。

「命を捨てるな!!」

ローズの怒声が飛ぶ。

「子供たちを守れ!!」

「生きて会おう!!」

ガシャア!

ターケシの大刀が、敵を砕く。

「シフォン! 左へ!」

「はい!!」

灰色の少女が駆ける。

両手に握られたオーガの短剣が、闇を走った。

一閃。

二閃。

襲い掛かってきた男たちが、血飛沫を上げて倒れる。

「まだ来るのか!!」

北の灯火の男が叫ぶ。

「……数が多いな」

ローズが低く呟く。

その声に焦りはない。

むしろ、こうなることを予想していた者の声だった。

その時にはすでに、マリナが子供たちを集め始めていた。

「みんな! 二人一組で手を繋いで!」

フィリアが、樹上から一瞬だけその姿を見る。

「総員、撤退準備!」

ローズの怒声が飛んだ。

「抜け穴を使う!」

「備蓄は捨てろ! 隠れ里も捨てる!」

「ローズ様!?」

「聞こえなかったか!」

「生きていれば、また戻れる!」

静寂。

誰も反論しなかった。

彼女が何年も北部で戦い、生き残ってきたことを知っていたからだ。

「走るわよ!!」

マリナが子供たちを促す。

ターケシが声をかけた。

「シフォン、ロザリア。一緒に行ってあげてくれ」

二人が頷く。

シフォンが先頭へ。

ロザリアが最後尾の子供を抱き上げる。

ターケシとローズが殿に立つ。

フィリアは、樹上から四方を見渡した。

燃え盛る隠れ里。

森を埋める松明の灯。

包囲網。

追跡に備えて待機する兵。

そのすべてを、エルフの瞳は静かに捉えていた。

「フィリア!」

「今行きます」

小さく答える。

そして最後に、もう一度だけ振り返った。

赤い獣が牙を剥いた夜。

フィリアだけは、最後まで戦場から目を逸らさなかった。

南の抜け穴から里の外へ出て、森の中を歩く。

「足元をよく見て歩いてね」

「もう少しだから」

子供たちは涙を浮かべながらも、懸命に歩いていた。

ロザリアが最後尾から人数を確認する。

「ひい、ふう、みい……全員いますわ!」

「よかったわ。あと少しで集合場所よ」

やがて、一際大きな大樹の麓にたどり着いた。

樹齢千年に及ぶその木は、自らの根元へたどり着いた子供たちを労うように、葉の茂った枝を揺らした。

マリナは安堵して、小さく息を吐いた。

シフォンも、ロザリアも、ほっとした表情を浮かべる。

フィリアも追いついてきた。

ローズとターケシは、まだだ。

「マリナさん、話が」

静かな声だった。

子供たちの監督をシフォンとロザリアに任せ、フィリアがマリナに話しかける。

「フィリアさん?」

「少しだけ離れましょうか。子供たちに聞かれないように……」

エルフの少女は声を潜めながら、真っ直ぐマリナを見つめた。

「いつからですか」

マリナの足が止まった。

「何のことかしら」

「北の灯火の情報を赤牙に流していたのは、いつからですか」

沈黙が流れる。

フィリアの声は静かだった。

「確信は持てませんでした」

「あなたは非戦闘員です。それなのに、身のこなしが慣れすぎている」

「足音が静かすぎる」

「いつも部屋の出入口と人数を確認している」

「何より――夜中に一人でどこかへ行く」

フィリアは短剣を抜いた。

「そして、今回の襲撃」

「敵の狙いは完璧です」

「見張り台」

「備蓄庫」

「包囲」

「投入された兵の数」

「多すぎれば動きを隠せず、少なければ北の灯火を押し切れない」

抜いた短剣を、マリナへ突きつける。

「それに、襲撃が始まった時、あなたは驚かなかった」

「ローズさんが撤退を命じる前から、子供たちを南の抜け穴へ集め始めていた」

マリナは何も答えない。

「教えてください」

「あなたは、何者ですか」

長い沈黙。

やがて。

「……ウフフ」

「さすがエルフね」

マリナは諦めたように、小さく笑った。

「ごめんなさい」

「北の灯火の場所を教えたのは、私」

「備蓄庫の場所を教えたのも、見張りの位置と人数を教えたのも、私」

フィリアは責めない。

「理由はあるんでしょう?」

「娘がいるの」

マリナは、ぽつりと呟いた。

「私の、本当の娘」

「二十年前」

「十歳の時、私も赤牙に捕まった。シフォンちゃんのように」

「赤牙から貸し借りされるように、いろんなところで働かされたわ」

「途中で子供を産んだ。十四年前よ」

「子供を人質にされながら、働かされたわ」

「それから、十年前」

「私を解放し、『抵抗勢力の情報を流せ。そうすれば娘を生かしておいてやる』って」

「私が潜入した抵抗勢力は、ローズ様を旗頭とする北の灯火に合流したわ。私は、その初期からの構成員になった」

その声は、淡々と続いた。

「でもね」

その顔は、いつもの柔らかな笑顔だった。

「あなたたちを家族だと思ってたのは、本当なの」

「ローズ様のことも」

「子供たちのことも」

「シフォンちゃんのことも」

「全部、本当」

「だから」

「だから、苦しかった」

フィリアは、ただ黙って見ていた。

「フィリアさん」

いつの間にか近づいてきていたシフォン。

震える声で尋ねる。

「マリナさんは……敵なんですか?」

「聞いてしまったのね」

フィリアは答える。

「いいえ」

静かに首を振り、短剣を鞘へ戻した。

「敵ではありません」

「少し利用されてしまっただけよ」

フィリアのいたずら気な笑みは、月夜に映えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。