北部鳴動
「ふざけるな!!」
執務室に怒声が響いた。
報告に訪れた騎士たちは思わず背筋を伸ばす。
「余が送り出した客人だぞ!」
「それも、王国の英雄だ!」
「ロザリア嬢は、ようやく帰ってきたのだぞ!」
「それを何だ!」
「刺客だと!? しかも宿場町で襲われ、その後消息不明だと!?」
老辺境伯エドゥアルト・ヴィンターベルクは、拳を机へ叩きつけた。
「北部の治安は、そこまで落ちたのか!!」
机の上の書類が跳ねる。
「騎士団を動かせ!」
「街道を封鎖しろ!」
「森を捜索だ!」
「辺境伯領へ来た客人を失ったなど、余の名にかけて許さん!!」
「はっ!」
騎士たちが一斉に頭を下げる。
一人が恐る恐る口を開いた。
「しかし閣下。ターケシ殿ならば……。」
「馬鹿者!!」
怒声が部屋を震わせた。
「刺客が送られて大丈夫などあるか!」
「確かに、あの男は強い。ロザリア嬢も強くなった。シフォンという獣人の少女も、エルフの女も、簡単には死なんだろう!」
辺境伯は立ち上がる。
「だがな!」
「それは何度も死地へ送り込んでよい理由にはならん!」
「客人を守るのは、迎え入れる側の務めだ!」
老将の眼光は、若き日のまま鋭かった。
「絶対に見つけ出せ!」
「長男ハインリヒ、次男ジークフリートも呼べ!」
「ヴィンターベルク辺境伯家の総力を挙げるのだ!」
「赤牙か、王都の陰謀かは知らん!」
「余の客人を奪って、ただで済むと思うな!!」
「はっ!!」
その日、北部全域へ伝令が駆けた。
街道の警備が倍増し、森には捜索隊が放たれる。
昨日まで静かに眠っていた北部が、途端に鳴動する。
◇
「クラウス。父上は大層な剣幕だそうだな。」
低い声に、クラウスは姿勢を正した。
執務室へ入ってきたのは、長男ハインリヒ・ヴィンターベルク。
四十を越えた壮年の男であり、父に似た鋭い灰色の瞳を持っている。
その隣には、大剣を肩へ担いだ大男がいた。
「はっ。兄上方にまでお越しいただくことになり、申し訳ありません。」
「気にするな。」
ハインリヒは小さく息を吐く。
「ああなった父上は、ロザリア嬢本人になだめてもらうまで収まらん。」
「違いねえ。」
次男ジークフリートが豪快に笑った。
「昔、王都の使節が吹雪で遭難した時も三日三晩寝なかったからな。」
「今回は王国の英雄だ。しかもロザリア嬢までいる。」
「今頃、『余がもっと護衛をつけるべきだった』とか言って自分を責めてるぞ。」
クラウスは苦笑した。
あまりにも、その通りだったからだ。
「しかし。」
ハインリヒの表情が引き締まる。
「宿場町で刺客。偶然ではあるまい。」
「だな。」
ジークフリートが窓の外を見る。
「誰だか知らねえが、うちの客人に手ぇ出したんだ。」
「見つけたら、父上より先に俺が殴る。」
クラウスは思わず額へ手を当てた。
ハインリヒが静かに手を挙げた。
「だが、誰の仕業であれ、我々の敵は一つではない。」
「軽挙は慎むべし。」
ジークフリートが鼻を鳴らす。
「分かってるさ。」
「赤牙をぶっ飛ばせば済む話じゃねえんだろ?」
「ああ。」
ハインリヒは頷いた。
「父上が兵を動かせば、北部諸侯も動く。」
「北部が動けば、王都も警戒し兵を集める。」
「理由が何であれ、大軍が動けば、それに備えるのが国家というものだ。」
クラウスが息を呑む。
「まさか、王国軍まで……。」
「可能性はある。」
「国家は善意で動かん。」
「宰相クラウゼンならば、必ず口を出す。」
ジークフリートが顔をしかめる。
「面倒くせぇな。」
「北部で客人が行方不明になっただけだろ。」
「だからこそだ。」
「英雄が行方不明なのだ。」
「しかも、第二王子と親しい英雄がな。」
外にはエルフ王国という仮想敵を抱え、内では王都が事あるごとに勢力を削らんとしている。
国内外に常に脅威を抱えている――それが、北部貴族たちの共通認識だった。
「王都の奴らに付け入る隙を与えてはならん。」
「赤牙がまた活動し始めたと言うぞ。」
せめて父上の癇癪を鎮めねば…そう思うクラウスだったが、目下状況が好転する見込みはなかった。




