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奴隷市場から始まる異世界冒険譚―第二部エルフ王国編  作者: たーけし
北の灯火

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北部鳴動

「ふざけるな!!」

執務室に怒声が響いた。

報告に訪れた騎士たちは思わず背筋を伸ばす。

「余が送り出した客人だぞ!」

「それも、王国の英雄だ!」

「ロザリア嬢は、ようやく帰ってきたのだぞ!」

「それを何だ!」

「刺客だと!? しかも宿場町で襲われ、その後消息不明だと!?」

老辺境伯エドゥアルト・ヴィンターベルクは、拳を机へ叩きつけた。

「北部の治安は、そこまで落ちたのか!!」

机の上の書類が跳ねる。

「騎士団を動かせ!」

「街道を封鎖しろ!」

「森を捜索だ!」

「辺境伯領へ来た客人を失ったなど、余の名にかけて許さん!!」

「はっ!」

騎士たちが一斉に頭を下げる。

一人が恐る恐る口を開いた。

「しかし閣下。ターケシ殿ならば……。」

「馬鹿者!!」

怒声が部屋を震わせた。

「刺客が送られて大丈夫などあるか!」

「確かに、あの男は強い。ロザリア嬢も強くなった。シフォンという獣人の少女も、エルフの女も、簡単には死なんだろう!」

辺境伯は立ち上がる。

「だがな!」

「それは何度も死地へ送り込んでよい理由にはならん!」

「客人を守るのは、迎え入れる側の務めだ!」

老将の眼光は、若き日のまま鋭かった。

「絶対に見つけ出せ!」

「長男ハインリヒ、次男ジークフリートも呼べ!」

「ヴィンターベルク辺境伯家の総力を挙げるのだ!」

「赤牙か、王都の陰謀かは知らん!」

「余の客人を奪って、ただで済むと思うな!!」

「はっ!!」

その日、北部全域へ伝令が駆けた。

街道の警備が倍増し、森には捜索隊が放たれる。

昨日まで静かに眠っていた北部が、途端に鳴動する。

「クラウス。父上は大層な剣幕だそうだな。」

低い声に、クラウスは姿勢を正した。

執務室へ入ってきたのは、長男ハインリヒ・ヴィンターベルク。

四十を越えた壮年の男であり、父に似た鋭い灰色の瞳を持っている。

その隣には、大剣を肩へ担いだ大男がいた。

「はっ。兄上方にまでお越しいただくことになり、申し訳ありません。」

「気にするな。」

ハインリヒは小さく息を吐く。

「ああなった父上は、ロザリア嬢本人になだめてもらうまで収まらん。」

「違いねえ。」

次男ジークフリートが豪快に笑った。

「昔、王都の使節が吹雪で遭難した時も三日三晩寝なかったからな。」

「今回は王国の英雄だ。しかもロザリア嬢までいる。」

「今頃、『余がもっと護衛をつけるべきだった』とか言って自分を責めてるぞ。」

クラウスは苦笑した。

あまりにも、その通りだったからだ。

「しかし。」

ハインリヒの表情が引き締まる。

「宿場町で刺客。偶然ではあるまい。」

「だな。」

ジークフリートが窓の外を見る。

「誰だか知らねえが、うちの客人に手ぇ出したんだ。」

「見つけたら、父上より先に俺が殴る。」

クラウスは思わず額へ手を当てた。

ハインリヒが静かに手を挙げた。

「だが、誰の仕業であれ、我々の敵は一つではない。」

「軽挙は慎むべし。」

ジークフリートが鼻を鳴らす。

「分かってるさ。」

「赤牙をぶっ飛ばせば済む話じゃねえんだろ?」

「ああ。」

ハインリヒは頷いた。

「父上が兵を動かせば、北部諸侯も動く。」

「北部が動けば、王都も警戒し兵を集める。」

「理由が何であれ、大軍が動けば、それに備えるのが国家というものだ。」

クラウスが息を呑む。

「まさか、王国軍まで……。」

「可能性はある。」

「国家は善意で動かん。」

「宰相クラウゼンならば、必ず口を出す。」

ジークフリートが顔をしかめる。

「面倒くせぇな。」

「北部で客人が行方不明になっただけだろ。」

「だからこそだ。」

「英雄が行方不明なのだ。」

「しかも、第二王子と親しい英雄がな。」

外にはエルフ王国という仮想敵を抱え、内では王都が事あるごとに勢力を削らんとしている。

国内外に常に脅威を抱えている――それが、北部貴族たちの共通認識だった。

「王都の奴らに付け入る隙を与えてはならん。」

「赤牙がまた活動し始めたと言うぞ。」

せめて父上の癇癪を鎮めねば…そう思うクラウスだったが、目下状況が好転する見込みはなかった。

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