働かざる者食うべからず
フィリアが言う。
「朝食からシチューだなんて贅沢な注文ね。」
木剣を返しながら面倒くさそうにターケシが応える。
「腹減ってるんだよ。」
「私もシチュー大好きです!」
シフォンは耳をぴんと立てる。
「マリナさん! 私、お手伝いしてきます!」
「あら、ありがとう。」
「今日はパンも焼くのよ。」
「本当ですか!?」
シフォンは駆け出していった。
「…シチューは昼だ。」
ローズが不機嫌そうに答えた。
「……。」
「何だ。」
「朝からシチューだと思ってた。」
「子供か。」
北の灯火の住人たちから小さな笑いが漏れる。
「朝はパンと野菜スープだ。干し肉も少し付く。」
「まあ、飯が出るだけありがたいか。」
「腹に入れば大体何でもいい。」
「不思議な奴だ…。」
「ご主人様ー!」
シフォンが元気よく駆け寄ってくる。
「マリナさんがお手伝いしてって言ってます!」
「…飯を賭けたのに労働が付いてくるとは思わなかった。」
「働かざる者食うべからず、だそうです!」
「正論だな。」
ターケシは諦めたように肩をすくめた。
「何をやればいい。」
「子供たちの相手です!」
「何でだ。」
「一番向いてそうだからって!」
「雑な人選だな。」
だが、反論する間もなかった。
「おじちゃーん!」
「巨人倒したって本当!?」
「オーガってどれくらい大きいの!?」
「盾見せてー!」
気が付けば、五、六人の子供たちがターケシを取り囲んでいた。
「すごーい! 盾おっきい!」
「これ僕にも持てる!?」
「無理だ。」
「じゃあ、おじちゃん何で持てるの!?」
「鍛えたからだ。」
「鍛えたら巨人倒せる!?」
「どうかな。」
「倒せないの!?」
「巨人は倒せても、お前たちの質問は倒せそうにないな……。」
ターケシは苦笑した。
実のところ、子供の相手は嫌いではない。
少し離れた場所で、その様子をローズ、マリナとロザリアが座って眺めている。
「……。」
「どうしました?」
「いや。」
ローズは腕を組んだ。
「あれが奴隷商人に見えるでしょうか?」
「見えんが…。」
「だが、奴隷を買ったんだろう。」
意を決したように、ロザリアが語る。
「…姉様。私は、あの時奴隷市場で私を買ってくださったのが、ターケシさんで本当に良かったと思っています。」
「…私は、もっと早く助け出せればよかったと今も思っている。」
ローズは俯いて話す。
「お前が四年前、奴隷商人に売られたとわかってから、方方に手を尽くして捜索した。北の灯火は、奴隷売買ネットワークに通ずるようになった。何人もの奴隷を解放した。そのまま仲間になった者も多くいる。だがお前を見つけることはできなかった。」
懺悔するような響き。
ロザリアも俯く。
姉様は何も悪くない。そう言って姉の心が軽くなるのか分からず、言い淀む。
「姉様。」
「何だ。」
「私、四年間で、洗濯は、少しだけ上手になりましたわ。」
「……。」
「料理も。」
「裁縫も。」
「掃除も。」
「全部、できるようになりました。」
「ロザリア、その話は」
「…でも、全部一緒にやってくれたのは、ターケシさんだけなんです。」
「……。」
「名前で呼ぶことを、許してくださったのも。」
「……。」
「だから、ターケシさんを、信じてあげてください。」
「考えてみる…。」
とてとてと足音がする。
「ご主人様ー!」
パン籠を抱えたシフォンが駆けてくる。
「パン焼けました!」
「焦げてるぞ。」
「ちょっとだけです!」
「ほとんどだ。」
「えへへ。」
「笑って誤魔化すな。」
フィリアは木陰でお茶を飲みながら、その様子を眺めていた。
「ここは、良いところですね。」
「ああ。」
ローズは小さく頷いた。
子供たちに囲まれて困った顔をする男。
焦げたパンを自慢げに見せる獣人の少女。
穏やかに笑うエルフ。
妹の笑顔。
気付けば、北の灯火の食堂は笑い声で満ちていた。
「……本当に。」
「何だ?」
「家族みたいですわね。」
少しだけ表情を緩める。
その時。
「で、シチューはいつだ。」
「まだ二時間です。」
「長いな。」
「やっぱり子供では?」
「腹が減ってるだけだ。」
英雄。
元闘技奴隷。
奴隷商人容疑者。
ローズは、子供たちに囲まれて焦げたパンを齧る男を見た。
奴隷商人。
そう呼ぶには、あまりにも似合わなかった。
「……考えてみる、か。」
ぽつりと呟く。
昼のシチューの匂いが、ゆっくりと食堂へ広がり始めていた。




