英雄は戦う。朝食をかけて。
ロザリアとシフォンは、奴隷市場での出会いから始まる長い旅路を語った。
奴隷商人に並べられていた少女たち。
自由を得た日のこと。
森で巨大オーガと戦ったこと。
神話に語られる巨人を討ったこと。
赤牙に連なる組織の拠点を焼き払い、職人街を救ったこと。
地下格闘技大会。
王宮公認闘技大会。
そして、優勝。
エルフ王国へ向かう旅路の途中で、この隠れ里へ辿り着いたこと。
食堂は静まり返っていた。
誰も口を挟まない。
片腕の男は口を半開きにし、子供たちは目を輝かせている。
マリナは何度も「まぁ……」と呟き、ローズは腕を組んだまま微動だにしなかった。
やがて。
「――というわけで、エルフ王国へ向かうところだったんです。」
ロザリアが締めくくる。
「なるほど。」
ローズは静かに頷いた。
そして、隣のマリナへ目配せをする。
マリナは困ったように苦笑した。
「つまり、その男は奴隷を買った。」
「はい。」
「だが、自由にした。」
「はい。」
「命を懸けて巨大オーガと戦い。」
「はい。」
「神話の巨人を討ち。」
「はい。」
「赤牙の拠点を壊滅させ。」
「はい。」
「王宮公認闘技大会で優勝した。」
「はい。」
「……。」
ローズは腕を組んだ。
「実に素晴らしい。」
「ですよね!? ですからターケシさんを解放――」
「実に素晴らしい物語だ。」
「姉様?」
「まるで吟遊詩人の英雄譚のようだ。」
「ですけど、事実ですわ。」
「しかも、元闘技奴隷。」
「はい。」
「盾を持ち。」
「はい。」
「料理ができ。」
「はい。」
「子供の面倒も見て。」
「はい。」
「奴隷たちのために戦う。」
「はい。」
「……。」
「……。」
ローズは深々とため息をついた。
「ロザリア。」
「はい。」
「本当にお前たち、洗脳魔法をかけられていないか?」
「姉様!!」
「マリナ! 浄化魔法だ! 解呪薬を!」
「どちらもここにはありませんよ……。」
「なぜだ!」
「普通は常備しません。」
「では誰か魔法の使える者を呼べ!」
「そんな理由で夜中に起こされたら、今度は私たちが怒られます。」
ローズは頭を抱えた。
「そんな男が存在してたまるか……。」
「存在してます!」
「しかもエルフが同行している。」
「してますわ!」
「王子とも知り合い。」
「知り合いです!」
「子オーガまで育てている。」
「育ててますわ!」
「意味が分からん!!」
食堂中にローズの叫び声が響いた。
◇
翌朝。
がちゃん。
待ち望んだ、鉄格子の鍵が開く音で、ターケシは目を覚ました。
「おい、奴隷商人。」
「……。」
聞き覚えのある声だった。
「何だ。ロザリアの姉さんか。」
「そうだ。ローズという。」
「おはよう。」
「お、おはよう……いや、挨拶はいい!」
思わず返してしまい、ローズは顔を赤くした。
隣の牢では、フィリアが毛布にくるまったまま小さく肩を震わせている。
「笑うな。」
「ふふ。」
ローズは咳払いをした。
「お前、私と勝負しろ。」
「あ?」
「本当に吟遊詩人の歌う英雄譚に相応しい男か、この私が見極めてやる。」
「まじか。」
ターケシは面倒くさそうにため息をついた。
「また幸運が逃げるとか言われるわよ。」
「この状況でまだ逃げる幸運があると思うか?」
「確かにないかも。」
「ええい! 私語を慎め!」
ローズが怒り出す。
「牢屋で雑談しているだけなんだが。」
「そこが気に入らん!」
ターケシは諦めたようにローズに向き直る。
「ちなみに、断ったら?」
「疑いは深まる。」
「勝ったら?」
「疑いは少し薄まる。」
「負けたら?」
「疑いは確信に変わる。」
「おれに得がないな。」
「黙れ奴隷商人。」
ターケシはしばらく考えた。
「ところで朝飯は?」
「出ると思うか?」
「出ないのか。」
「……。」
「……。」
ローズは尊大に腰に手を当て、胸を張る。
「勝ったら考えてやる。」
「よし。」
ターケシは立ち上がり、大きく背伸びをする。
「表へ出るか。」
「何だ、その軽さは。」
「飯がかかってるからな。」
「お前、本当に英雄なのか?」
「知らん。」
隣の牢から、くすりと笑い声が聞こえた。
「頑張ってね、英雄様。」
「うるさい。」
こうして。
北の灯火のリーダー、ローズ・フォン・ハリントンと。
元闘技奴隷にして、現・奴隷商人容疑者ターケシの朝の決闘は始まった。
とりあえず朝食をかけて。




