シフォンの夜番
「それじゃ、最初は私が見張りますね。」
十三日目の夜。
焚き火の前で、シフォンは胸を叩いた。
「おう。無理するなよ。」
「大丈夫です!」
元気よく答えたものの。
「……。」
ターケシたちが寝息を立て始める頃には、少しだけ後悔していた。
静かだった。
とても、静かだった。
ざぁ……。
夜風が木々を揺らす。
『森が人を見ている。』
冗談か比喩だと…思うのだが…。
びくっ。
耳がぴんと立つ。
「だ、大丈夫です。」
誰に言うでもなく呟く。
カサ。
「ひぃっ。」
足元で虫が這っただけだった。
「む、虫でした。」
胸を撫で下ろす。
しばらくして。
ほぅ……。
遠くで鳥が鳴く。
びくっ。
「と、鳥です。」
また少し経つ。
アォォォォ――。
「ひぃぃっ!?」
今度は遠くの獣の遠吠えだった。
シフォンは膝を抱える。
「ご主人様……。」
灰狼族の村の祭は、夜通しあることもあった。
でも子供だったから寝ていた。
とはいえ、夜の火の番は初めてではない。
虫の音。
鳥の声。
風の匂い。
何度も経験した。
でも。
この森は違った。
鼻をふんふんと鳴らす。
土の匂い。
木の匂い。
草の匂い。
その奥。
何かがいる。
「……。」
何かが見ている。
そんな気がした。
「フィリアさんの嘘つき……。」
『森が人を見ている。』
冗談だと思っている。
でも。
今は、少しだけ信じてしまう。
ざぁ……。
また木々が揺れた。
「ひっ。」
シフォンは思わず毛布を頭まで被る。
「……。」
夜番とは。
こんなに怖いものだっただろうか。
「ご主人様、起きてますか。」
返事はない。
「起きてませんよね。」
当たり前だ。
起こしたら怒られる。
たぶん。
きっと。
「……。」
カサ。
「ひぃっ!」
もう無理だった。
そろそろ交代の時間ではないだろうか。
いや、まだ三十分しか経っていない気がする。
何故だ。
さっきから全然時間が進まない。
「ごしゅじんさまぁ……。」
その時だった。
不意に、後ろから毛布が掛けられる。
「ひゃっ!?」
「静かにしろ。」
聞き慣れた声だった。
「ご、ご主人様!?」
「さっきから全部聞こえてる。」
「うぅ……。」
ターケシは欠伸をしながら、焚き火の隣へ腰を下ろした。
「夜の森なんてそんなもんだ。」
「でも、何かいます。」
「いるだろ。」
「えっ。」
「虫も鳥も獣もな。」
「そうじゃなくて!」
ターケシは小さく笑った。
「ほら。」
毛布ごと、シフォンの肩を引き寄せる。
「ひゃっ。」
「……。」
「少しは落ち着いたか?」
「……はい。」
不思議だった。
さっきまであんなに怖かったのに。
今は、少しだけ眠い。
「ご主人様。」
「何だ。」
「エルフの森って、怖いですね。」
「ああ。」
「でも。」
「うん?」
「ご主人様がいるなら、大丈夫な気がします。」
「そうか。」
それだけ言って、ターケシは焚き火へ薪をくべる。
ざぁ……。
夜風が吹く。
でも、もう怖くなかった。
毛布の向こう。
大きな背中が、すぐ隣にあったから。
翌朝。
「夜番、どうだった?」
フィリアが尋ねる。
「……内緒です。」
「何かあったの?」
「ありません!」
「でも、ご主人様に抱きついて寝てましたよ?」
「なっ!?」
「お陰で暑かったぞ。」
「言わないでくださいぃー!!」
エルフの森には、朝からシフォンの悲鳴と仲間の笑い声が響いていた。




