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奴隷市場から始まる異世界冒険譚―第二部エルフ王国編  作者: たーけし
森の中で

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エルフの森

旅に出て十一日目。

街道は再び北へ向かっていた。

空は高く、夏の日差しは穏やかだ。

「最近、馬の匂いが減ってきました。」

シフォンが鼻をふんふんと鳴らす。

「馬?」

「うん。」

「人も少ないです。」

確かに。

王都から離れれば離れるほど、旅人の数は減っていた。

代わりに増えているものがある。

「森だな。」

ターケシの言葉に、フィリアが頷く。

「エルフ王国との国境が近いもの。」

左右を見れば、背の高い木々が街道を覆っている。

どこか静かだった。

まるで、森そのものが旅人を見ているような気さえする。

「フィリア。」

「何?」

「帰ってきた気分か?」

「まだよ。」

フィリアは小さく笑った。

「故郷っていうのはね。」

「近づくほど、遠く感じるものなの。」

「そういうものか。」

「そういうもの。」

その横顔は、どこか寂しそうだった。

十二日目。

昼食のため、街道脇で馬を休ませていた時だった。

「ご主人様。」

「何だ。」

「木が大きいです。」

「木だしな。」

「違います。」

シフォンは真剣な顔で森を指差した。

「すごく、大きいです。」

ターケシは改めて森を見る。

確かに。

北部の森とも違う。

一本一本が、まるで何百年もそこに立ち続けているようだった。

フィリアが木の幹へ手を触れる。

「エルフは長命なので。家を建てる時も、千年先を考えろと言われます。」

「千年か。」

「実際には考えても百年程度よ。」

「……お前、本当はいくつだ?」

「百年も生きてる。」

「やっぱり五十年くらい引いてないか?」

「秘密です。」

フィリアは悪戯っぽく笑った。

「ご主人様。」

「何だ。」

「フィリアって、おばあちゃんなんですか?」

「シフォン。」

「はい。」

「それは言ってはいけない。」

「もう言ってるじゃない。」

フィリアの笑顔が少しだけ怖かった。

十三日目。

夕暮れ。

野営の準備を終えた頃だった。

「……ご主人様。」

「何だ。」

「静かです。」

シフォンが耳を伏せる。

鳥の声が少ない。

風の音だけが、木々を揺らしている。

「エルフの森が近いからよ。」

フィリアが焚き火へ薪をくべる。

「昔から、この辺りの森は特別だった。」

「魔物が少ないのか?」

「ええ。」

「でも、その代わり。」

「代わり?」

「森が人を見ている。」

「……。」

ターケシは思わず森へ視線を向けた。

フィリアは、本気か冗談がわからないことをよく言う。

「怖いことを言うな。しかも逢魔が時だぞ。」

「おうまがとき、って何ですか?」

「おばけがたくさん出る、今見たいな夕暮れのことだ。」

「ひぃぃ…なんてこと言うんですかぁ…。」

森を見てシフォンが怖がる。お前、闘技大会優勝者だろ。

「ふふふ。」

「お前の故郷、怖くないか?」

「怖いわ。」

フィリアは即答した。

「七年ぶりだもの。」

「エルフにとっては短いのだけれど。」

焚き火が、ぱちりと音を立てる。

「知り合い、多いんだろ?」

「ええ。」

「嫌になるくらい。」

「会うのが嫌な奴でもいるのか?」

「たくさん。」

「そうか。」

「それに。」

フィリアは少しだけ言葉を探した。

「帰るのが怖い。」

「……。」

フィリアが不安を口にしたことが、今まであったろうか。  

「エルフの七年はつい最近。でも七年あれば何でも変わりうるのも事実。」

「みんな、変わっているかもしれない。」

「私だけ、変わっていないかもしれない。」

「あるいは、その逆かも。」

ターケシは何も言わなかった。

ロザリアは故郷を見つめた。

シフォンは故郷を探している。

そして、フィリアは故郷へ帰ることを恐れている。

帰る場所があるというのは、案外難しいものなのかもしれない。

「まあ。」

ターケシは焚き火へ薪を放り込む。

「帰ってみないと分からんだろ。」

「……それもそうね。」

フィリアが小さく笑った。

「ご主人様。」

「何だ。」

「みんな、故郷があるんですね。」

「お前にもあるだろ。」

「あります。」

シフォンは頷いた。

「だから、見つけます。」

灰狼族の村、グラエヴァル。

その名を知った日から、少女は一度も忘れたことがない。

「そうか。」

「はい。」

「…今夜、一人で起きてられそうか?」

「あああ…むりですぅ…」

森の中に笑い声が響いた。

北の空には、夏の星が瞬いていた。

そして、その先。

木々の向こうには、まだ見知らぬエルフ王国が待っていた。

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