襲撃
ターケシたちの馬車は、分かれ道で北へ続く街道から東の街道へ進路を取る。
「どうして北へ行くのに東の道を使うんですか?」
荷台からシフォンが尋ねる。
「ああ。」
ターケシは頷く。
「あの北への道を真っ直ぐいくのが、エルフ王国への近道だ。」
「はい。」
「だが、あの道は、旧ハリントン領を通る。」
「はい。」
「ロザリアたちハリントン家の人気は、四年経っても衰えていない。むしろ王宮公認闘技大会で更に高まっている。」
「はい。」
「それが旧ハリントン領に入ったらどうなると思う?」
「…みんな喜びます。」
シフォンには辺境伯領での歓迎と送別が浮かんでいるのだろう。
「…民衆はな。だが、領主は喜ばない。自分より人気者が現れたら自分の人気が落ちるからだ。」
「でも通り過ぎるだけですよ?」
「そうなんだけどな。」
ハリントン家はまだ正式に復権していない。
王宮公認闘技大会優勝。
辺境伯の歓迎。
北部の民の支持。
それらは確かに力になる。
だが。
今のハリントン領には、別の領主がいる。
余計な火種は作らない方がいい。
『焦るな。』
辺境伯の言葉を思い出す。
『ハリントン領は逃げん。』
ロザリアは静かに頷いた。
◇
日が傾き始めた頃。
一行は、小さな村へ辿り着いた。
東への街道沿いにある小さな村。
石造の家々。
畑。
井戸。
そして、一軒だけある宿。
「いらっしゃい。」
出てきた宿の主人は、無愛想な老人だった。
「四人だな。」
この村にも先触れは来ていたはずだ。
「部屋はある。」
「飯は出す。」
「愛想がないな。」
何も言わず、主人は奥へ引っ込んでしまった。
村人たちも、どこか様子がおかしい。
視線を向けてくる。
だが、近づいてはこない。
「何だか変ですね。」
シフォンが耳を伏せる。
「私、何かしちゃいましたか?」
「お前じゃない。」
フィリアが小さく呟く。
「見ているのは、ロザリアよ。」
ロザリアは居心地悪げだ
シフォンが耳をしゅんと寝かせて言う。
「…みんな、恥ずかしがり屋なんですよ。」
「…そうだといいな。」
◇
夜。
宿は静まり返っていた。
月明かりだけが、窓から差し込んでいる。
五つの影が、音もなく村へ入り込んだ。
慣れている。
そう分かる動きだった。
宿の裏手。
鍵には、あらかじめ油が差されている。
蝶番も同じ。
音一つしない。
「……。」
リーダーだろう、一人の仕草に他の四人が頷く。
計画どおり。
部屋には四つの寝台。
膨らみが見える。
それぞれが短剣を構えた。
一。
二。
三。
同時に振り下ろす。
――軽い。
「何!?」
藁だった。
次の瞬間。
「炎よ、照らせ。」
ぱっ。
ロザリアの魔法で、光球が天井へ浮かび上がる。
突然の光に、刺客たちが目を焼かれた。
「ぐっ!」
「なっ!?」
「俺たちは人気者なんだ。」
声は、窓の外から聞こえた。
「会いたきゃ予約してくれ。」
次の瞬間。
バァン!!
窓が内側へ吹き飛ぶ。
ターケシが盾を構えたまま、窓枠から部屋へ侵入。
そのまま一人を盾で殴り飛ばす。
ワイバーンの鱗の盾は見た目以上に重く衝撃力がある。
「いったん撤収――」
「捕まえた。」
「!?」
シフォンの腕が、叫ぼうとしたリーダー格の首へ巻き付く。
そのまま、裸絞め。
「ぐ……っ!」
「静かにしてください。」
「みんな寝てますから。」
その間にも。
ヒュン。
ヒュン。
二本の矢。
刺客二人の足が、床へ縫い付けられた。
「ぎゃあああっ!!」
「痛い!痛い!」
「動かないで。」
フィリアが三本目の矢を番える。
「次は膝よ。」
「ひっ……!」
残る一人が窓から外へ。
「逃げるぞ!」
だが。
窓枠に足をかけた瞬間、その足が止まった。
「な……。」
そこには。
数十人の村人たち。
松明。
農具。
猟弓。
そして、宿の主人。
「降参しろ。」
老人が低い声で言った。
「お前たちに、逃げ場はない。」
◇
一時間後。
縛り上げられた刺客たちは、何も語らなかった。
「誰の差し金だ。」
「……。」
「現ハリントン領か?」
「王都か?」
「……。」
沈黙。
「…拷問するのもな。」
「こいつらは、この辺りの者じゃない。言葉が違う。」
宿の主人が話す。
「主人、知らせてくれて助かった。」
「お前さんたちは北部の人気者だ。ここで死なれちゃあ、おれたちが除け者になっちまう。」
村人たちも気まずそうに頭を下げる。
「申し訳ありません。」
「ロザリア様。」
「え?」
「私たちは、あなたを知っています。」
「……。」
「ハリントン家に、助けていただいたことがあるのです。」
「だから。」
「今度は、私たちの番です。」
ロザリアは何も言えなかった。
ただ、唇を噛む。
「本当に。」
「北部って、優しいんですね。」
シフォンがぽつりと呟く。
「ああ。」
ターケシは小さく頷く。
「ロザリアは、ここでも一人じゃないんだな。」
我知らず、大きな政治的陰謀に巻き込まれかけている。
内心ため息をついた。




