6、境内の魔物
階段を登り切り境内が見えてくると、そこにはガスのようにモヤモヤと浮遊している紫色のもやが見えた。
ちょっと観察しただけでも、コードが非常に乱れているのが分かる。『0』と『1』が規則正しく並んでいない。『Ω』や『Δ』などのコードが、ところどころに混ざり込んでいる。
まるで、何かを探しているかのように、常にウネウネしている。
「あいつが、お前が言っていたバグか?」
ふぅ、と膝に手を当てて息をついた後で田所に確認をすると、彼女は拳をギュッと握りしめてから頷いた。
「はい、あれが境内に住み着いてしまった魔物です。神社の者が退治を試みたのですが、いかんせんガスのような身体をしているため、物理的な攻撃が通らないのです」
「……なるほどな」
俺の攻撃手段も基本的には剣による物理的なものだが、そこにはコード解析・修正という異能力が組み込まれている。単なる物理攻撃ではないから、問題はないと思う。
傍ではアリスがいつになく真剣な表情で魔物を見ている。田所に聞こえないようにアリスに尋ねる。
「お前の見立てはどうだ?」
確認してみると、アリスは表情を和らげ俺に笑ってみせた。
『女神は多くは語らないのよ』
「……そうかい」
期待するだけ時間の無駄だな。
何はともあれ、ここまで来た以上は魔物を倒さなければ、今までの俺の努力が無駄になる。
田所の補助はあったが、千段の階段を登り切った。
眠たい気持ちを押し殺して、アリスの尻拭いに来たんだ。とっとと魔物を倒して、さっさと家に帰って昼寝をしよう。
「よし——」
「新堂さんちょっと待ってください! あの魔物は、形状を自在に変化させることができるんです!」
「おい、急に大きな声出すんじゃねえよ。気づかれたじゃねえか!」
俺が、よしと言ってしまったのがいけなかったのか?
魔物に特攻でもするかと思ったのか、田所が制してきた。とても大きな声で。
そのせいで、魔物に気づかれた。
……俺はただ、よしと意気込んだだけなのだが。
魔物は俺たちの存在に気づくと、ガス状の身体を無数の触手のように変化させた。その先端は鋭く尖っている。
とりあえず剣で迎え撃とう。ポーチから剣を取り出し、大きさのコードを元に戻す。その合間に、田所を俺の背後に庇うように下がらせた。
田所は背後で何かを言っているが、気にしている余裕はない。
触手が一斉に伸びてくる。すぐに剣で迎撃するが、数が多すぎる。防ぎきれず、腕や頬をかすめていく。
「……いってえな」
だが、剣でコードを書き換えた瞬間、魔物は驚いたように触手を引っ込めた。
「あれ? 魔物の大きさが少し小さくなりましたか」
背後で田所が不思議そうな声で言ってきたから、頬を拭ってから頷いた。
「ちょっとコードを修正したから、バグが小さくなったんだろ」
「……なるほど」
納得している田所に、俺は苦言を呈する。
「つーか、魔物を前に大声出してんじゃねえよ。危ねえだろ」
「すみません、新堂さんが何も考えずに動いてしまうものかと思いまして。思わず……」
思った通りの内容に思わずため息が出る。
「はぁ……。お前の役割は邪魔じゃなくて、俺のフォローだろ? 次はしくじるんじゃねえぞ」
「……はい!」
妙に活気のある声色だと思い、チラッと背後を見やる。田所はやる気満々といった様子で立ち上がり、懐からお札を取り出していた。
「では、サポートさせていただきます!」
そう言って、田所は背中にお札を貼り付けてきた。
「【走力向上】【筋力向上】【防御向上】……」
田所の呟きと同時に力がみなぎってくるのを感じる。
「それから、傷も癒しておきますね」
先ほど攻撃された頬や腕の痛みが一瞬にして消えた。腕を見ると傷も消えている。頬も同様だろう。さすがは【大神官】だ。
「サンキュ」
剣を構えて魔物を見やる。ガスのようにゆらめいているだけだから感情を読み取ることはできない。だが、コードが勢いよく動いているあたり、警戒している様子だ。
「よし。じゃあ今度こそ、本番だ」
「はい! 魔物の攻撃は私の結界で防ぎますので、思う存分攻撃してください!」
頷いてから俺が駆け出すと、魔物は先ほどと同じように身体を無数の触手に変化させて打ち出してきた。
「任せてください!」
田所の投げたお札が触手に触れると、触手が弾かれた。魔物の攻撃が俺に届くことはない。
魔物が驚いている隙に、魔物の背後へと回り込み、剣で一閃を入れる。攻撃と同時に解析を行うと、少しこいつの正体が読めてきた。
詳しくはわからないが、何だかすごく怒っているように感じる。声として聞こえるわけではないが、叫んでいるようだ。
……同時に寂しさも感じる。
まるで、どうにもならない現状に不満が爆発して癇癪を起こした子供のようだ。
何がバグってこんな霧状の魔物になったのか、今の俺の力量ではわからない。こんな姿になってまでして、こいつが何をしたいのか……。
俺が一歩魔物に近づくと、さらに小さくなったバグが攻撃しようとする俺に触手を向けて迎撃してくるが、先ほどまでの勢いはもう全くない。
「新堂さん! 魔物の勢いが弱くなってます!」
「……あぁ。もう大丈夫だ」
田所のサポートも不要だな。触手を剣で薙ぎ払う。その間にも俺はこいつの怒りや寂しさを感じ取る。
あまり人とかの怒りとか寂しさとか気にする質じゃない。こいつが何に怒って、どうして寂しく思っているのかはわからない。
ただまぁ——コードを書き換えて、怒りや寂しさを紛らわせてやることはできる。
「……こんなところで暴れてないで、ゆっくり寝てろ」
魔物を一刀両断。
紫色だったガスは一瞬だけ淡い黄色に輝くと霧散して、あたりは静寂に包まれた。
『固定化は任せて』
アリスはニヤリと笑いながら呟いた。




