5、大神官の異能
巫女というのは筋力があるのか。それとも、単純に登り慣れているだけなのか。真偽は不明だが、軽快に階段を登っていく田所の背中を見ながら、俺はため息を吐きながら登っていく。
「……どうなってんだよ」
俺は、特段体力がないわけではない。学校では六年間冒険者になるにあたって、剣術や基礎的な筋力トレーニングも行ってきた。
だが、千段もの階段を登ることに対する面倒くさいという気持ちが前面に押し出されてくる。どうにも登る気力が湧かないから、自然と足取りも遅くなってしまう。
依頼に対するやる気がないわけじゃない。だが、階段を登るのは話が別だ。どうしても面倒くさいと思ってしまう。
『ほら、橙綺くん頑張って! 階段を登り切らなきゃ魔物を倒せないんだから』
俺の隣を悠々と飛んで移動しているアリス。階段を頑張って登る必要のないアリスに不満が募る。
「……お前は楽してるからずるいな」
『悪態をつけるならまだ余裕そうね』
「本当にうっせえなぁ」
とはいえ、俺が依頼されたのは、階段を登った先に住み着いてしまった魔物を倒すことだから、アリスの言う通りではある。
階段の先——視界には見えてこない境内の方を見上げる。乱れたコードが存在する雰囲気を感じ取ることはできるが、そこまで複雑なバグではないように感じる。
まぁ、疲れていたとしてもどうにかできそうだとは思うが。
『それよりも、田所ちゃんは、私の異能力を色濃く受け継いでいるわねぇ。補助異能の効力は相当なものよ』
「何だって?」
あまり見ない方がいいと思うが、田所のステータスを見る。そこには【筋力向上】【体力向上】などの補助効果が付け加えられているのが見て取れる。
巫女がすごいんじゃない。巫女の異能が優秀なのか。
そんなことよりも、だ。
「……おい田所、お前一人だけ楽してんじゃねえよ。異能で強化してるんだろ? 俺にもかけてくれよ」
「えっ、どうして!? きゃっ!」
先を行く、田所が驚いたように振り返ったかと思うと、バランスを崩して倒れてきたからすぐさま支える。
「危ねえなぁ、何してんだよ」
「ご、ごめんなさい。驚いてしまいまして」
顔を赤くした田所が、慌てて俺から離れていく。
『さすがは無自覚勇者。フラグを簡単に折っていくわね』
アリスが何やら言っているが、無視していると、田所が俺の方を向いて首を傾げる。
「どうして私が異能力を使っていたってわかったんですか?」
「そりゃ、こんな長ったらしい階段を軽快に登っていけばおかしいと思うだろ」
「なるほど、それもそうですね」
手を打って納得してしまった様子の田所。こんなことで納得しても良いものかと、逆に不安に思う。
それに、ステータスを勝手に見てしまった後ろめたさもある。本当のことを伝えた方がいいだろう。ため息を一つ、俺は口を開く。
「……いや、冗談だ。俺は、世界を構築しているコードを見ることができる異能があるんだ。この世界の物は全てコードで構築されているだろ? その視認や解析、書き換えができる」
きょとんとしている様子の田所には、どうやらもう少し説明が必要なようだ。
「例えば——」
俺はそばに生えている雑草を引っこ抜いた。神社のものを勝手に引っこ抜いてしまったが、田所は特段何も言わずに雑草をじっと見ているから気にせずに続ける。
「お前にはこれが何に見える?」
「植物です。正確にはカラスノエンドウですね」
そこまでは知らん。草の名前までは知らないから、咳払いをして誤魔化す。
「俺にも雑草にしか見えないが、集中してみると『0』と『1』でできたコードに見えてくる。それを少しいじるぞ」
コードの中で、雑草の花の色のコードをいじる。うっすらと淡く輝くと——
「えっ!? 花の色がピンクから青に変わりました!」
「コードの中でこの植物の色彩のコードをいじった。色彩だけじゃなくて、大きさも変えられる」
「今度は、小さく……」
小さくした草を放り投げる。
「まぁ、コードを書き換えられると言っても、できるのはせいぜいこれくらいだ」
「それって——」
と言った後で、田所は俺の眼前に顔を近づけてきた。どういうわけか、目がキラキラと輝いているように見える。先ほどまでの落ち着いた、清楚な印象はどこへやらだ。
「——すごい異能力じゃないですか! この世界の根幹を覆してしまう能力ですよ!」
すごいと言われたのは嬉しいが、気恥ずかしくなって身体が熱くなってくる。気持ちを落ち着けるために俺は頬をかく。
「そ、そんな大それたもんじゃない。俺にできるのは、単純なコードを見ることと、単純なコードを書き換えることだけだ。それに、世界の根幹なんて興味ねえ。自由にのんびりできればそれでいいよ」
階段を登って疲れたから、あくびをする俺の傍でアリスがため息を漏らす。
『本当に、田所ちゃんが言っているくらいの能力なんだよね。もっと自覚持って欲しいものだわ』
そんな風に言っているが、俺には世界をどにかしたいなんて思わない。
まぁ、俺がのんびりしていられないことが起これば話は別だが、そうならない以上はのんびりできればいい。
「なるほど……。でも、この能力が宿ったのが新堂さんで良かったのかもしれないですね」
「なんでだよ」
今度は俺が首を傾げる番だ。田所を見ていると、クスッと笑い出した。
「その力が悪い人に宿ってしまったら、世界征服でもできそうじゃないですか。あっ、でも新堂さんがそんなことをしないなんて、初対面ですからまだわからないですし……」
「はっきりと失礼なことを言うもんだ。面倒くせえから、俺はそんなことしねえよ」
「そうですよね。先ほどまでのやりとりから、新堂さんは少々面倒くさがりな方とお見受けしていました」
安堵した様子で、胸に手を当てる田所。
これは、ポジティブな意見として捉えていいのか?
俺が腕を組んで考えていると、アリスが頷いている。
『そこに関しては同感なんだよねぇ。橙綺くん以外にコード書き換えの能力が宿ったと考えたら恐ろしいもの』
どこまでも失礼な奴らだ。
この話は終わりにしよう。俺は咳払いをする。
「つーか、雑談はいいから俺に補助の異能をかけろよ。自分だけ楽しようとすんなよな」
「あぁ、そうでしたね。もしかしたらお分かりかもしれませんが、私には【大神官】の異能力があります。ちょっとした傷の回復や、新堂さんの攻撃の補助は請け負います」
アリスはなんだか含んだ笑いを浮かべている。
「何笑ってんだよ」
『なんでもありませーん』
そんな俺たちのやりとりにきょとんとした様子の田所であったが、追求するつもりはないようで、彼女は上着の裾からお札を取り出した。
白い紙に赤いインクで、何か紋様が描かれている。複雑なコードで書かれているから、今の俺には解析は難しい。
「こちらのお札を貼ることで【筋力向上】【体力向上】【走力向上】の効果をもたらすことができます。それでは、失礼します」
「……普通顔に貼るか?」
「えっ、あっ、ごめんなさい。そうですよね、失礼しました!」
そう言いつつも、どこに貼ればいいのかわからない様子でいたので、胸元にでも貼り付けるように促した。
もしかして、こいつ天然か?
「……おぉ」
ただ、貼られた瞬間に力がみなぎって来たように感じる。見上げると、階段の数はまだまだあるが、田所のおかげで幾分か登り切るイメージがついた
「……少しは頑張れそうだ」
「よかったです——では、参りましょうか」
俺は頷いて、不穏な雰囲気のする境内を見据えた。




