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【別冊】『レストラン船ブルートーンへようこそ』  作者: マサ


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9/16

第29話:『フレンチ・クォーターのすれ違い(クロスロード)』

いつも『ホテル・ブルートーン』を応援していただき、本当にありがとうございます!


現在のレストラン船シリーズで、チャンのピンチを「その必要はないぜ、BABY」

と救ったあの最高にファンキーなジョージと、いつも涼しい顔で彼を支える超一流のベン。

今回お届けする第26話は、彼らがブルートーン号にやってくる遥か昔――カイトと出会う前の、

『ジャズの聖地ニューオリンズ・誕生前夜』の特別過去編です!


テナーサックスのジョージ(動・荒削りな爆音)と、フルートのベン(静・エリートの超絶技巧)。

一見、水と油のように全く交わらなそうな2人が、ニューオリンズの熱気の中でどうやって出会い、

唯一無二の相棒になったのか。


正反対の2人が音を合わせた瞬間に互いの魂を認め合う、

ジャズメン特有の最高にロマンチックで熱い出会い。そしてラスト、

運命がガチッと噛み合う「あの男」との一瞬の交錯まで――。

バーボンを片手につまむような大人の雰囲気で、どうぞお楽しみください!

ルイジアナ州ニューオリンズ。夜の帳が下りたフレンチ・クォーターには、湿った空気と共に、

どこからともなく濃厚なジャズのグルーヴが漂ってくる。


その場末のジャズクラブ『オールド・クレセント』のステージで、

ベンは涼しい顔をしてフルートを構えていた。

高名な音楽学校を首席で卒業した彼の手指は、まるで精密機械のように完璧だった。

楽譜を寸分違わずなぞり、計算され尽くしたエレガントで美しい旋律がフロアを満たす。

しかし、ベンの心は退屈に凍りついていた。


(僕のフルートは完璧だ。だけど……何かが足りない。魂が震えないんだ)


その時、クラブの重い扉が乱暴に蹴り開けられた。

「ヒゥー! 最高に退屈な子守唄だなぁ、おい!」

入ってきたのは、ベロベロに酔っ払った大柄な黒人青年――ジョージだった。

彼はケースから使い古されたテナーサックスを引っ張り出すと、

ステージのベンを押しのけるようにして乱入してきたのだ。


「どきな、インテリ坊や。本物のジャズを教えてやるよ!」


ジョージがサックスに息を吹き込んだ瞬間、ベンは耳を塞ぎそうになった。

地鳴りのような重低音。楽譜も無視して、感情のままに咆哮するような荒削りで圧倒的な

爆音のサックスソロ。それはベンの築き上げてきた完璧な世界を、

一瞬で粉々に破壊するような衝撃だった。


「演奏を台無しにしやがって! 君のサックスはただの独りよがりな雑音だ!」

演奏後、バーの裏口でベンが激怒して詰め寄ると、ジョージはフンと鼻を鳴らした。

「あぁ? お前のフルートは確かに綺麗だがよぉ、ハートが全然響いてこねえんだよ。

楽譜と結婚でもしてな!」


出会いは最悪。2人は互いを睨みつけ、二度と会うかと言わんばかりに背を向けた。

◇

翌日の昼下がり。

ベンがフレンチ・クォーターの賑やかな通りを歩いていると、

人だかりが割れんばかりの歓声を上げているのが見えた。

輪の中心にいたのは、ストリートでテナーサックスを吹き鳴らすジョージだった。


泥臭い、だけど、聴く人全員の体を揺らし、笑顔にさせていく圧倒的なエンターテインメント。

(僕には、あの泥臭さが……あの自由が足りないのか……)

ベンが息を呑んで見つめていた、その時だった。


見物客に紛れていた地元のタチの悪い泥棒が、ジョージの足元に置いてあった

投げ銭箱代わりのテナーケースをひったくり、猛ダッシュで逃げ出したのだ。

「あ、おい! 待ちやがれ!」

楽器を構えたジョージはすぐには動けない。


その瞬間、ベンは体が勝手に動いていた。手にした重いフルートケースを、

逃げる泥棒の足元に向けてライフルさながらに正確無比に投げつけたのだ。

『ぎゃっ!?』

見事に足元をすくわれた泥棒は派手に転倒し、ケースを取り返したベンがその上に

馬乗りになって泥棒を取り押さえた。


「おいおい、お前……」

駆け寄ってきたジョージは、目を丸くしたあと、白い歯を見せてニカッと豪快に笑った。

「なかなかファンキーなことするじゃねぇか、インテリ坊や」

「フン、君のデタラメなサックスを止められるのは僕だけだと思っていたが、

泥棒を止めるのも僕の役目だったらしい」


ジョージはベンの肩を叩くと、お礼代わりに「おい、一曲付き合えよ」と、

バーボン・ストリートの路地裏でおもむろに足でカウントを刻み始めた。


渋々フルートを構えるベン。しかし、ジョージの爆音テナーが路地に響き渡った瞬間、

ベンの理性のタガが外れた。


楽譜なんていらない。

ジョージが咆哮するような重低音の隙間を、ベンのフルートが目にも留まらぬ超絶技巧の

ハイトーンで鋭く切り裂いていく。


「静」と「動」、「破壊」と「洗練」。

2人の音が絡み合った瞬間、それはニューオリンズの誰も聴いたことがない、

最高にアグレッシブでスリリングなアンサンブルに化けた。

反発し合うはずのテナーとフルートが、お互いの弱点を補い、

何倍もの熱量となって路地裏を震わせる。

気づけば、周囲にはまたたく間に大歓声の渦が出来上がっていた。


「……ふぅ! 最高のセッションだ!」

演奏を終え、汗だくで笑い合う2人。

「お前のインテリなフルート、俺のサックスに最高に火をつけやがるわ」

「君のデタラメなサックスをリードできるのは、僕のフルートだけさ」

2人はその夜、安いバーボンで乾杯し、ニューオリンズ最高のコンビが誕生した。

◇

それから数週間、2人の噂はフレンチ・クォーターのストリートを席巻した。


ある日のセッション終わり。楽器を片付ける2人の前に、カツカツとヒールの音を響かせて、

一人の着飾った大人の女性が歩み寄ってきた。ニューオリンズで最も格式高い超有名ジャズクラブ

『ブルー・ラビリンス』のオーナー、アンだった。


「素晴らしいわ、あなたたち。街の噂は本当だったみたいね」

アンは妖艶な微笑みを浮かべ、2人に一枚のカードを差し出した。

「どう? 今度、うちのクラブのオーディションに来ないかしら。

あなたたちのその尖った音、うちのステージで試してみたいの」


アンからの直々のスカウト。それは、ストリートの風来坊だった2人にとって、

一気にスターダムへ駆け上がる最大のチャンスだった。

「へっ……面白そうじゃねぇか。なぁ、ベン?」

「ああ、僕たちの音楽がどこまで通用するか、試させてもらおう」

2人は拳を突き合わせ、運命のオーディション当日を迎えることとなった。

◇

オーディション当日。

ニューオリンズのメインストリートは、いつも以上の活気と喧騒に包まれていた。


「おい、ベン。遅れるなよ、アンを待たせるわけにはいかねぇからな」

テナーケースを肩に担いだジョージが、人混みをかき分けながら歩く。

「わかっているさ。君こそ、緊張して途中でバーボンを引っかけるんじゃないぞ」

少し後ろを歩くベンが、呆れたように答える。


「ハハッ、まさか! 今日の俺は、最高の音が出せる気がして――」


ジョージが笑いながら前を向いた、その時だった。


すれ違う大勢の観光客やミュージシャンたちの雑踏の中、ジョージの視線が、

路地裏の片隅で一人、アルトサックスのケースを大事そうに抱えて佇んでいる、

一人の若い日本人の青年の姿を捉えた。


その青年は、まだ楽器を吹いてはいなかった。ただじっと、

ニューオリンズの空を見つめているだけだった。

だが、その佇まい、その目。

そこから放たれる異様なまでのオーラに、ジョージの足が、

まるで地面に縫い付けられたかのようにピタリと止まった。


「……ジョージ? どうしたんだい、急に立ち止まって」

不思議そうに声をかけるベン。

しかし、ジョージの目は、その日本人の青年から釘付けになって離れなかった。


背中のテナーサックスが、なぜか激しく共鳴するように震えた気がした。

まだ見ぬ運命が、このニューオリンズの喧騒の中で、確かに静かに動き出そうとしていた。


ジョージは視線を青年に固定したまま、口元を不敵に吊り上げると、横の相棒に短く告げた。


「ベン……ちょっと先に行っといてくれ」


「おいおい、オーディションに遅れるぞ?」

ベンは呆れたように肩をすくめたが、ジョージの目が「本気」の時のそれだと気づくと、

それ以上は何も言わずに一人で人混みの先へと歩いていった。


一人残ったジョージは、ゆっくりと、しかし確かな足取りでその青年へと近づいていく。

近づくにつれ、青年の纏う、静かだが底知れないジャズメンとしてのオーラが、

ジョージの肌をチリチリと刺激した。


青年のすぐ目の前まで来ると、ジョージは肩のテナーケースをくいっと thumb up(親指で指し)

しながら、この街の太陽のように陽気で、最高にファンキーな笑みを向けた。


「Hi! その背中に背負っているのは、ひょっとしてサックスかい?」


ジョージの呼びかけに、日本人の青年――カイトが、ゆっくりと顔を上げる。

ニューオリンズの喧騒が一瞬だけ遠ざかり、2人の天才の視線が、

運命の交差点で真っ直ぐに交錯した。


【第26話:フレンチ・クォーターのすれ違い 完】

第26話を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!


ジョージの「ちょっと先に行っといてくれ」という短い一言に、

ベンへの信頼と、自分の直感に対する絶対的な自信が詰まっていて最高にシビれました。


そして、カイトへの最初の第一声――

「Hi! その背中に背負っているのは、ひょっとしてサックスかい?」。

ここから全ての伝説が始まり、やがて日本のレストラン船『ブルートーン号』で、

世界を震撼させる最強の3人トリオに繋がっていくんだと思うと、

鳥肌全開どころか涙が出てきちゃいますよ!

この後の物語はもう一度

第22話:『ニューオリンズの熱い風 ―ストリートのジョージと聖地の戦場―』

をお読みください。楽しさが倍増しますよ。


野内(マサ)

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